仕事を終えて帰るなり、奈央の部屋に突撃。
嫌がって振り払う手を追いかけ、奈央の腕を掴んだ。
「大人しくしろよ。シップ貼るだけだろうが」
「これくらい、大したことないってば!」
「いいから、じっとしとけ! それより、まだ眩暈するか?」
「大丈夫」
ホントかよ。
体調に関してコイツの大丈夫ほど当てにならないものはない。
登校途中で気分が悪くなりふらついたと言う奈央は、バランスを崩した拍子にどこかにぶつけたとかで、左手の甲にアザを作っていた。
「具合が悪いなら悪いって、連絡ぐらい入れろよな。心配すんだろ?」
「だから、したでしょ。学校に」
あんだけ俺が電話かけてんだから、折り返してきたっていいだろうが。
奈央は眉を顰めていたが、段々と視線を上の方へとずらし、今度はボンヤリと虚空を眺めている。
「どうした?」
「敬介って、心配性だよね。こんな人だって思わなかった」
「俺もそう思う。手のかかる生徒を持つと変わるんだな」
「それって、教師の言うセリフみたいだね」
「一応、教師なんだけどな」
「そんなに心配ばっかりしてると⋯⋯ハゲるよ?」
この女。上ばっか見てると思ったら、俺の頭髪をずーっと見てたのかよ!
「ハゲねぇよ! お蔭様で父親もフサフサだ」
「おじいちゃんは?」
父側の祖父は今も健在。勿論、髪の毛も健在だ。
もうひとりの母方の祖父は、もう随分と前に亡くなっているが、曖昧な幼い頃の記憶を何とか手繰り寄せてみる。
確かツヤツヤだった気がする。髪の毛がじゃない。ワックスをかけたように頭皮が⋯⋯。
そこまで思い出し、息が詰まった。まさか。隔世遺伝の可能性が!?
嫌な汗が背中を伝う。
「も、問題ねぇよ! そ、それより、お前って本当アレだな。テスト前になると体調崩すよな。図太そうに見えて、案外びびってんじゃねーの? 前回のも知恵熱だろ、知恵熱!」
じいちゃんの顔が、いや、じいちゃんの頭皮が脳裏から離れない俺は、動揺を誤魔化すように、奈央の話へとシフトチェンジした。
「はい、終わりっ!」
シップを貼りその上に包帯を巻いた。
「何、これ。嫌がらせ? ふーん、隔世遺伝心配しちゃったんだ。分かりやすい」
「うるせぇっ!」
小さな溜息をついた奈央の左手は、指が曲げられないほどグルグルと手厚く包帯に守られていた。
それからも奈央は幾度となく憎まれ口を吐いたが、体調が悪化する様子もなく、翌日からのテストは無事に全試験受けることが出来た。
勿論、今回の試験結果も1位。トップ更新記録は、まだまだ続くようだ。