「なぁ、奈央ってさ。林田が嫌いだったりする?」
俺の部屋でまったり過ごしていた時。思い切って奈央に訊いてみた。
「⋯⋯別に」
だが、返ってきたのは、林田と全く同じの素っ気ない反応。
「ねぇ、そんなことより」
二人の関係をもう少し探りたかったが、奈央が話題を転じたために、早々に打ち切られてしまう。
「夕飯、これからは毎日私が作るから」
「え、何で?」
奈央が作ったり俺が作ったり。ほとんど毎日のように、二人一緒に夕飯を摂ってきた俺たち。
でもここにきて俺が忙しくなり、帰宅が遅くなることもあったために、奈央を待たせたくなくて別々に食事を摂る日が何度かあった。
「慣れないことさせられてるからじゃないの?」
「何がだ?」
「最近の敬介、疲れてるように見える」
予想もしなかった指摘に、僅かに目を見開く。
確かに疲れている。林田のことだけじゃなく、三年と言う大事な一年を預かったせいか、嫌でも生徒たちと向き合う日が続く。
でも、疲れはしても、不思議と苦痛には感じなかった。
「心配してくれてんのか?」
「誰もそんなことは言ってないでしょ。どうせ忙しい時は、コンビニ弁当で済ませてんでしょ、って哀れんでるの」
そりゃ図星だけど。疲れて帰って来てまで自炊する余力はなかったし。
「だけど、奈央? 俺、遅くなる時もあるし――」
「だから待ってなんてあげない。作っといてあげるから、後は勝手に食べたら?」
「毎日だと、奈央だって大変――」
「ごちゃごちゃ煩いな。嫌なら無理にとは言わないけど。私一人なら、サラダで済ませればいいだけだしね」
サラダって⋯⋯。
コイツのことだ。本当にサラダだけで済ますだろう。
けど多分、奈央はわざとそれを口にした。俺が断れないように。サラダだけ食べさせるわけにはいかない! って、俺が騒ぐのを見越して、俺が奈央の手料理を食べるよう仕向けた。疲れている俺を心配して⋯⋯。
「サラダばっか食うな! ちゃんと飯を作れ! んで、俺の分もよろしく」
だから俺は、奈央に誘導されるまま、こう答えるしかない。
「うん」
「けど、無理はすんなよ。俺に気を遣うな」
「無理もしなければ、気だって遣うはずないでしょ。ついでよ、ついで」
可愛げのない言葉は聞き流して立ち上がると、引き出しのある所へと向かい、そこから取り出した物を奈央へと手渡した。
「なに、これ」
「見りゃ分かんだろ。この部屋の合鍵」
家に居る時は、行き来しやすいよう鍵は開けっ放しだが、流石に留守にする時はしっかり施錠している。
「俺が遅いときは部屋に食事運んどいて。お前は勉強もあんだし、俺に合わせないでいいから」
「合わせません。自惚れないでよね」
文句を言いながらも、奈央は渡した鍵を小さな手の中に収めた。
――――翌朝。
コーヒーを飲みに来た奈央が、徐に
「はい、あげる。敬介の鍵だけ預かるのもなんだし」
渡されたのは、可愛いらしい赤いリボンで飾られた奈央の部屋の鍵だった。
隣人関係にあると知ってから数ヶ月。俺たちの奇妙な関係は、お互いの合鍵を持つまでになっていた。