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第51話

「なぁ、奈央ってさ。林田が嫌いだったりする?」


 俺の部屋でまったり過ごしていた時。思い切って奈央に訊いてみた。


「⋯⋯別に」


 だが、返ってきたのは、林田と全く同じの素っ気ない反応。


「ねぇ、そんなことより」


 二人の関係をもう少し探りたかったが、奈央が話題を転じたために、早々に打ち切られてしまう。


「夕飯、これからは毎日私が作るから」

「え、何で?」


 奈央が作ったり俺が作ったり。ほとんど毎日のように、二人一緒に夕飯を摂ってきた俺たち。

 でもここにきて俺が忙しくなり、帰宅が遅くなることもあったために、奈央を待たせたくなくて別々に食事を摂る日が何度かあった。


「慣れないことさせられてるからじゃないの?」

「何がだ?」

「最近の敬介、疲れてるように見える」


 予想もしなかった指摘に、僅かに目を見開く。


 確かに疲れている。林田のことだけじゃなく、三年と言う大事な一年を預かったせいか、嫌でも生徒たちと向き合う日が続く。

 でも、疲れはしても、不思議と苦痛には感じなかった。


「心配してくれてんのか?」

「誰もそんなことは言ってないでしょ。どうせ忙しい時は、コンビニ弁当で済ませてんでしょ、って哀れんでるの」


 そりゃ図星だけど。疲れて帰って来てまで自炊する余力はなかったし。


「だけど、奈央? 俺、遅くなる時もあるし――」


「だから待ってなんてあげない。作っといてあげるから、後は勝手に食べたら?」


「毎日だと、奈央だって大変――」


「ごちゃごちゃ煩いな。嫌なら無理にとは言わないけど。私一人なら、サラダで済ませればいいだけだしね」


 サラダって⋯⋯。

 コイツのことだ。本当にサラダだけで済ますだろう。


 けど多分、奈央はわざとそれを口にした。俺が断れないように。サラダだけ食べさせるわけにはいかない! って、俺が騒ぐのを見越して、俺が奈央の手料理を食べるよう仕向けた。疲れている俺を心配して⋯⋯。


「サラダばっか食うな! ちゃんと飯を作れ! んで、俺の分もよろしく」


 だから俺は、奈央に誘導されるまま、こう答えるしかない。


「うん」

「けど、無理はすんなよ。俺に気を遣うな」

「無理もしなければ、気だって遣うはずないでしょ。ついでよ、ついで」


 可愛げのない言葉は聞き流して立ち上がると、引き出しのある所へと向かい、そこから取り出した物を奈央へと手渡した。


「なに、これ」

「見りゃ分かんだろ。この部屋の合鍵」


 家に居る時は、行き来しやすいよう鍵は開けっ放しだが、流石に留守にする時はしっかり施錠している。


「俺が遅いときは部屋に食事運んどいて。お前は勉強もあんだし、俺に合わせないでいいから」

「合わせません。自惚れないでよね」


 文句を言いながらも、奈央は渡した鍵を小さな手の中に収めた。



 ――――翌朝。


 コーヒーを飲みに来た奈央が、徐にてのひらを差し出してくる。そこには、昨日俺が渡したのと同じものが乗せられていた。


「はい、あげる。敬介の鍵だけ預かるのもなんだし」


 渡されたのは、可愛いらしい赤いリボンで飾られた奈央の部屋の鍵だった。


 隣人関係にあると知ってから数ヶ月。俺たちの奇妙な関係は、お互いの合鍵を持つまでになっていた。

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