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第12話 悲劇の元凶



「な、光魔法ですって!? 陛下とドルウェグお兄様しか扱えない特殊属性の魔法式を、どうしてあんたが!」


 閃光でカッサンドラの影を消し去ると、エリザベートは納得がいかないと声を荒らげた。


 魔法式には、火、水、風、土から成る基本属性のほかに、光と闇の特殊属性が存在し、この六つにも該当しないものが独自属性に部類される。


 名前の通り、ほとんどの魔導師は基本属性の魔法式しか扱えず、光と闇の魔法式を理解し習得できる者は極端に限られていた。


 さらに独自属性は、基本属性と特殊属性とは異なり、血が滲むような努力を重ねても適性がなければ扱うことは不可能な属性だと言われている。


 実はこれまでに使った浮遊魔法、催眠魔法は、この独自属性に該当する。

 私の場合、もともと『全知の紋章』を宿して生まれてきたことで、魔法式を理解さえできれば適性に関係なく扱うことができた。

 というより、『全知の紋章』が宿っているから、すべてに適性があるといったほうが正しいのかもしれない。


「あ、あんたが……光魔法ですって。嘘よ、まだあたしも習得できていないのに」

「嘘で闇魔法が打ち消せると思う?」


 シュトラウス王家に生まれた子供たちは、物心がつくと王家専属の魔導師らによって熱心な教育が施される。

 それに国王や王太子ドルウェグの光魔法を近くで見たことがある王女たちには、私が発動させた魔法が基本属性に該当しない『光』であることぐらい分かるはずだ。


「……な、なにかの間違いだわ! ずっと無能だったあんたが、いきなり魔法を使えるようになっただなんてっ」


 それでも認めたくない様子のエリザベートは、悔しそうに顔を歪めながら強く反論した。


「そ、そうよね。きっと仕掛けがあるんだわ。ほら、先ほど言っていたソルディアの皇太子。彼からこっそり魔導具を受け取ったのではないかしら」

「ええ、考えられるわ。でなければ、無能がいきなり光魔法を扱うなんてできっこないわ」


 ほかの王女たちも、いつもならばすでに庭園を逃げ回っている私がこのように反発するとは夢にも思っていなかったらしく、困惑しながらもエリザベートの発言に同調していた。


「使役魔法式、展開――べスティア、いらっしゃい」


 そのとき、ざわざわと不穏な空気が立ち込め始めた談話室に、カッサンドラの声が響いた。

 グルルル、という威嚇のような鳴き声が庭園のほうから聞こえた途端、草陰から飛び出したのは、一匹の黒豹だった。


 覚えてる。この黒豹は、カッサンドラの使役獣だ。

 王女たちの中で唯一、独自属性の『使役魔法』を巧みに操れるカッサンドラは、多くの魔獣や動物を従えていた。

 第一王女という立場以前に、カッサンドラの魔導師の才は国王や王太子も認めていた。だからこそある程度の好き勝手が許されていたのだ。


「ちょうどいいわ。今日のおまえは随分と無駄吠えが多いようだから、似たような獣と戯れてはどう?」


 そう口にしたカッサンドラの隣で、黄金の瞳が獲物に狙いを定めるようこちらをじっと見つめていた。


 たぶん、カッサンドラも内心では動揺しているに違いない。そして自分の思い通りに進んでいないこの状況に相当苛立っている。


「……使役魔法は、あなたの専売特許でしたね」


 とくに気に入っていた黒豹のべスティアを使い、妹王女の魔法の的として必死に逃げる私を、さらに恐怖の底に突き落とした。

 逃げても逃げても後ろから追ってくる恐ろしい獣。あの頃の私は、いつも死と隣り合わせの状況を意図的に作られ、弄ばれていた。


「でも、もう違うわ。使役魔法は、あなただけの魔法じゃない」

「なに?」


 ここへ来てカッサンドラの顔色があからさまに変化する。

 私は片手に持ったロッドをカッサンドラへと向け、そして声を張り上げた。


「――使役魔法式、展開!」

「なっ、嘘でしょ!?」

「独自属性まで!?」

「おまえ……」


 その光景を目の当たりにし、カッサンドラはぎりりと奥歯を鳴らした。

 たった今、カッサンドラが使役していたはずの黒豹が、彼女のそばを離れて私を守るように前に立っていたからだ。


「…………っ」


 だけど、ちょっとまずいかも。

 牢で気を失ったとき少しの睡眠は取れたといっても、プルノツ森林で蓄積された疲労は全く回復していない。

 それなのにまた魔素を多く使ってしまったため、私はひどい目眩に襲われた。


「一体どんな醜い手を使ったのか、すべて吐かせる必要があるわね」


 カッサンドラから今まで感じたことのない凄まじい敵意を向けられ、体がびくりと震える。

 人として相手にされず、私のことを虫けら同然だと虐げていたときの目とはあきらかに違っていた。


 この瞬間から私は、カッサンドラの敵になったのだ。


「お前たち、これは一体何の余興だ?」


 この場にいる誰のものでもない声が聞こえた途端、私の背筋はぞわりと粟立った。

 談話室の扉がゆっくりと開かれ、現れたのは背後に侍従を連れたひとりの青年。


「ドルウェグお兄様……」


 王女の誰かが静かにつぶやいた。

 金の髪と青い瞳、整った風貌は、やはり最後に見た姿よりもいくらか幼く見える。

 しかし、それだけだ。幼く見えるだけ。


 まだ子供で十六歳の少女だからと、カッサンドラに対してあった少しの心の余裕が、あの人からはまったく生まれてこない。

 怖い。どんなにあの頃より若くても、底知れない威圧感は全く変わっていない。


『お前は本当に、どうしようもなく弱く、愚かだな』


 ふと、幻聴が聞こえた。

 その言葉は彼が言ったもの。


 北ソルディア帝国の滅亡に絶望し、クラウド様に先立たれ、涙を流すしかできなかった無力な私に、そう嘲笑ったのはほかでもない彼だった。


『いつまで亡骸を抱いているつもりだ。そいつはもうただの死人。未練がましく泣きつこうが一生目覚めることはないというのに』

『いや、やめて……お願い、もう傷つけないで! お願いします、どうか、お願いします……っ』


 どくん、どくんと、心臓の音が激しくなる。


『どけ。北ソルディア帝国皇帝の首を掲げてこそ、この戦はすべて終わる。南カルトの連中が最も欲する首だ』

『やだ、そんな、クラウド様っ……いやああああ!』


 この先の未来、南カルト帝国と結託し北ソルディア帝国を滅ぼすシュトラウス国王――王太子ドルウェグの姿を目にした私は、情けないことにその場で意識を失ってしまったのだった。



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