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第13話 偽り悪女




「……!? はっ、はあ、はあ」


 全身がビクッと痙攣し、驚いた私はすぐさま飛び起きた。


 なんだかまたひどい悪夢を見ていた気がする。

 ぼんやりとした意識を徐々に覚醒させながら、私は周囲をゆっくりと確認した。


「ここは……」


 視界に広がるきらびやかな室内にぱちぱちと瞬きを繰り返す。

 どうやら私は寝台に寝かせられていたらしい。だけど、どうしてこうなっているのか記憶があやふやだった。


「ようやくお目覚めか」

「!?」


 寝台横から聞こえた声に、すぐさま視線をそちらに向ける。

 そこにいたのは、備え付けの柔らかそうなソファに深く腰を下ろしたドルウェグだった。


「ド……ルウェグ……さ……ま」


 口の中が乾いた状態で発せられた声は、自分でも驚くほど弱々しく、頼りない。

 そんな私にドルウェグはそっと目線を送った。


「なぜ俺がここにいるのか、そもそもここは一体どこなのか、と言いたげな顔をしているな?」

「……っ」

「ここは第三王女宮の主寝室。三日前に共有宮の談話室で倒れたお前が運び込まれた場所だ。俺はお前の意識が戻るのを待っていた」


 シュトラウス王家では、王子、王女に専用の王宮が譲渡される。王子なら王子宮、王女なら王女宮と区別され、さらに第一王女宮、第二王女宮と居住者の肩書きによって名称付けられていた。


 でも、無能な王女である私には専用の王宮が与えられることはなく、旧管理塔が寝起きする場所だった。


「……第三王女宮なんて、このシュトラウス王宮にはないはずです」


 私はおそるおそる口を開く。

 ドルウェグと目を合わせるだけでも体が硬直してしまう。だけど状況を理解するには、私が目覚めるのを待っていたという彼に尋ねるのが今は一番いい。


「ああ、第三王女宮など今まではなかった。だが、お前がシュトラウス王家にふさわしい人間となったからには、相応の待遇を用意する義務がある」

「私が、シュトラウス王家にふさわしい……?」


 ちょっと……いや、すごく嫌である。不快だ。


「王女たちからある程度の話は聞かせてもらった。光魔法に加え、あのカッサンドラが使役していた黒豹の意識を覆し味方につかせるほどの強力な使役魔法を発動させたと。特殊属性に独自属性、王族ならば属性は三つ以上の習得が理想だが、すでに基本属性三つ以上の価値に値する」

「……」

「すでに陛下の許可は得ている。お前はシュトラウス王家の第三王女として正式に認められた」


 魔導師至上主義のシュトラウス王国にとって、魔法の実力は地位に大きく影響する。


 今までは無能だったから冷遇するしかなかったが、魔導師としての実力が発揮された以上はそうする必要もなくなったと、そう言いたいんだろう。


 ああ、嫌になる。

 こんなにも嬉しくない手のひら返しがあるだろうか。


「だが、実に不可解だ」


 ドルウェグはソファから立ち上がると、一歩前に出て私を見下ろす。

 探りを入れるような瞳に捉えられ、私はぎゅっとシーツを強く握った。


「無能であったお前がなぜ、あれほどの魔法式を扱えた? どこで習得した? いつからそれを隠していた?」

「それは……」


 本当のことを言う気はない。でも、納得させるための理由は必要だ。


「……夜な夜な、王宮図書館で魔法式の理解を深めておりました。ロッドがなかったので実戦形式での練習はできませんでしたけど、学ぶための材料は豊富にありましたから」

「無能の身でありながら、独学で学び、習得できたというのか」

「ドルウェグ様もお分かりのはずです。魔法式の理解、習得とは、すなわち円型に浮き出る模様の配置や質量、魔素の練り込み具合。全部を知るということ。いくら魔素量に優れ、素質が十分にあるからとはいえ、根本的な知識がなければ魔法式の展開は不可能です。だから私は、長い月日をかけて、魔法式の理解に全力を尽くしました。無能と、そう言われないために……」


 そこで、ふと強い視線を感じ、私はドルウェグの様子を窺う。

 彼はただ、静かに笑みを浮かべていた。

 それは穏やかなものではなく、どこか意味深な表情で、口元を上げている。


「そして三日前に側仕えのロッドを奪い、魔法式の展開を実践したと。そういう訳だな」

「そう、です」


 声が震える。ドルウェグの浮かべた笑みの理由が分からず、ただただ不気味で恐ろしかった。


 理由が納得できるものではなかったのだろうか。夜な夜な王宮図書館で勉強していたからといって、そううまく魔法が使えるはずがないと、そう思われているのかもしれない。


「ご納得、いただけましたか」


 ドルウェグの反応を確認する意味も込めて、私は冷静を装いながら尋ねた。


「――……やはり、血筋か」


 こちらを見据えたドルウェグが何か言葉をこぼす。けれど、私には全く聞こえず、思わず首をかしげた。


「いや、ただのひとりごとだ。お前の努力の末に習得した力だというのなら認めてやろう。無断で王宮図書館に入り浸っていたことについては褒められたものではないが」


 ……あなたになんて褒められなくて結構だわ。


 人としてはとても怖いけれど、そんな悪態を吐けるくらいには私も成長したと思う。これもソルディアで過ごした日々のおかげだ。

 私を強くさせてくれるのは、いつだってソルディアの思い出なのだから。


「無断で図書館を利用していたことについては申し訳なく思っております。改めてお詫びいたします」

「……随分と人が変わったが。もしや、何か企んでいるつもりではないだろうな」


 平静を装い過ぎたのが逆に怪しくなってしまったらしく、ドルウェグが訝しげな眼差しを向けてきた。


 ギクッと胸の奥が嫌な音を立てる。問われてから思わず数秒黙ってしまったので、さらに怪しさが増してしまった。


「なんだ、本当に謀り事があったというのか」


 ドルウェグの声音がだんだんと低くなるのを感じて、いよいよ冷や汗が背中を伝った。


 確かに彼の言う通り、企みなら大いにある。

 もう二度と北ソルディア帝国に悲劇が降りかからないように、その原因の一つとなったシュトラウス王家を内部から弱体化、または何かしらの変革を起こさなければという考えが。


 そのためには、無能な亡霊王女のままではなにも行動に起こせない。だから王女たちの前で魔法を使った。もう今までのようにはいかないと知らしめるために。


(私はソルディアの滅亡を阻止して、愛する人たちの未来を守りたい。でも、今の状況では夢のまた夢。私には何の後ろ盾もない。すべてを叶えるための基盤も、味方もいない。それなら……)


 ごくりと唾を飲み込み、私はある考えにたどり着く。

 それからドルウェグに向き直り、姿勢を正して言葉を発した。


「私の企みを聞いてくださいますか、ドルウェグ様」

「…………」


 あえて笑みを浮かべた私に、ドルウェグが無言の許可で返す。


「実は、常々思っていました。ここ数年、朝刊の記事に載る政策の取り組みを拝見していましたが、どう考えてみてもシュトラウスの王に最もふさわしいのは、ドルウェグ様だと」

「なんだと……? お前、自分がどれほどのことを口にしているのか分かっているのか」

「ええ、もちろんです。ですが、ドルウェグ様もそうお考えなのでは?」


 大丈夫。私の発言をドルウェグが国王の耳に入れることはない。

 だってそれは、十年後の彼が教えてくれたことなのだから。


 国王はドルウェグを、そしてドルウェグは国王を、お互いがお互いを軽んじている。

 なによりこの先、国王に手をかけるのはほかでもない彼であると、私は知っているのだ。


 ドルウェグは近い将来、国王の暗殺を決行し、血塗られた玉座を自分のものとした。それによって急遽即位が決定し、水面下で手を組んでいた南カルト帝国と共に北ソルディア帝国へ侵攻を開始する。


(全部、全部、あなたが声高々に教えてくれたこと。だからプライドの高いあなたは絶対に、私を駒として利用する選択を取る)


 目には目を歯には歯を、悪には悪を。

 それはとある物語で読んだ文言。このシュトラウス王家では、私はそれをなぞらえないと生きてはいけない。

 弱さにつけ込まれ、足元をすくわれる訳にはいかないから。


 本心を無理に偽ってでも新しい自分を作り上げなければ、愛するすべてを救うことなどできない。


 幸いにもそのお手本になる人たちは、時が戻る前に受けてきた経験を含めて、目の前にはたくさんいた。

 高圧的な口調も、堂々とした仕草も、他人を下に見る態度も。すべて心と体に深く残っている。



『君が考え抜いて決めたことを、俺がとやかく言う気はない。いくらでも話は聞くが、決意を揺らがせるようなことはしない。……ん、なぜそこまで言い切れるかって? 分かりきったことを言うんだな』


 ……クラウド様、ごめんなさい。


「今はまだ、私のことなど信じられないでしょう。分かりきった世辞や媚び売りだと思っていただいても構いません。ですが、これだけは胸に留めて欲しいのです。私がこの先、シュトラウスの王に望むのはドルウェグ様であると」


 あなたの命を救いたいがために、あなたの命を奪った者の下につくことを、どうか許してください。


『君が下す決断はいつも誰かを慮ったものだからだよ。だから俺は、レティシャを信じている』




 ***


 ――ルスタン大陸歴714年、冬。

 シュトラウス王国王城、玉座の間。


「ち、違う! 違うんだ! これはなにかの間違いだ! 私は後ろめたいことなどなにもしていない!!」

「後ろめたいことなど、なにもしていない? それは本当? スアロ子爵、ここをどこだとお思いです?」

「え……」

「ここは、シュトラウス王国です。魔導師至上主義、魔法の才ある者が何よりも尊ばれる我が国において、由緒ある魔導家系のスアロ子爵ともあろう者が非魔導者の女と関係を持ち、あろうことか秘密裏に子をもうけた事実。王国魔導師法では第二級クラスの重罪にあたります」


 手足を拘束され、床に這いつくばるスアロ子爵は、こちらをキッと睨みつける。


「なぜ、愛するものと結ばれたいと願うことが罪になる。なぜ、愛する子を育てることが罪になる。この国は狂っている。何が魔導師至上主義だ!」

「…………発言の証拠は十分ね。陛下、ご覧の通りスアロ子爵はシュトラウス王国を担う魔導師家門当主としてふさわしくはありません。妻子共々、私のほうで処分する許可をくださいますか?」

「許す」


 国王はすでに興味をなくした様子でスアロ子爵から目を逸らした。

 その後、脇に控えていた兵士らにスアロ子爵を牢へ連行するように指示を出す。


「待て! お前がいなければ私たちは今も平穏に過ごせていたんだ! お前のような悪女さえいなければ…………レティシャ・クレプスキュル・シュトラウス!!」


 背後から聞こえる叫びを無視して、私は玉座に座る国王を見上げる。


「あの者、無礼にも私を呼び捨てました。気分が悪いので今の発言も王族侮辱罪として加えてよろしいですか、陛下?」

「ふ、よかろう」


 にっこりと笑みを浮かべる私に、国王は仕方がないと言いたげな顔をしながらも、機嫌よく頷いた。





《第一章 終》



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