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第14話 シュトラウスの悪女




「レティシャ様、ドロワース子爵が――」

「可」

「レティシャ様、先日の処断について――」

「不可」

「レティシャ様、スアロ子爵家の氏族の者が――」

「不可よ」


 シュトラウス王室直下の機関、王室魔導院にはさまざまな厄介事が持ち込まれる。


 その中でも私は"違法魔導師の粛清"を請け負うことが多い。

 現在王族に振り分けられる責務のうち、審議の場に国王を呼び立てる権利をいただく重要な役目であった。


「牢にいるスアロ子爵だが、今もレティシャ様の名を叫び続けているようだぞ。魔導師法に違反したとはいえ、一族諸共処断とは……明日は我が身だな」

「しっ、聞こえるぞ。高潔な魔導師家門でありながら愚行を働いたスアロ氏が悪いんだ」

「しかし、さすがは"王太子殿下のお気に入り"だな。カッサンドラ様を差し置いて今や陛下にも目をとめていただいている。シュトラウスの悪女の名は伊達ではない」



 ――自分の中で決意を固めて、四年過ぎ。この冬を越して春を迎えれば五年になる。


 今ではどこにいても誰かが私の話題をあげている。


 王族、貴族、自国の民、他国の民。それが好意的であれ、否定的であれ、数年前までは『無能な亡霊王女』と存在すら不確かだったのに、もはや比べ物にならない。


 自分で決めた道ではあったけれど、こうも堂々とシュトラウス王宮を我が物顔で歩くことになるとは、逆行前を含めても想像していなかった。


「スティ、おいで」

「グルル」


 第三王女宮へ戻る私のすぐそばには、黒豹が喉を鳴らして寄り添うように歩行していた。

 この子はカッサンドラの使役獣だった、べスティア改め、スティである。


「――わたくしのお下がりを随分と甘やかしているようね、レティシャ。魔導院や王宮でも歩かせているだなんて、陛下の居城はおまえの散歩道とでも言いたいの?」


 カツン、と高いヒールの音に振り返る。


「カッサンドラ姉様、そんなつもりは一切ありませんわ」


 臣下を数人引き連れたカッサンドラと視線が交わり、私はにこりと笑みを浮かべた。


「スティは私の護衛獣。その辺の兵士らより力がありますし、なにより私利私欲で意見が左右される人間よりもよほど信頼におけます。ねえ、スティ」

「グルルル」


 私の言葉を理解しているかのように、スティは小さく鳴いた。


「その獣が元はわたくしのものだったということをもう忘れたのかしら。まさに信頼とは無縁の、低い知能ゆえにいつかは噛みつかれるのではなくて?」


「ご冗談を。スティはとても頭がいいんですよ。だからこそ、魔法で押さえつけなくても私を守ってくれているんです。カッサンドラ姉様、あなたの綻びだらけだった使役魔法とは違って」


 言い終えたあと、私はさらに笑みを深めてカッサンドラの横を通り過ぎる。

 一瞬のことなのに、とても長い時間のように思えた。


「ところで…………角砂糖は、しっかり溶けるまで混ぜられた?」

「……」

 背後から聞こえたつぶやきに、私は無反応のまま第三王女宮へ帰るのだった。




 私財を示すためにある多くの装飾品。貴重な宝石が惜しみなく散りばめられたドレス、ローブ、手袋に、靴。


 すべてが煩わしくて、重い。


 第三王女宮の主寝室に戻ってすぐ、私は肩の凝る装いを解き、湯浴みを済ませて夜着に着替えた。

 メイドを全員下がらせ、広い部屋にはいつも通り私とスティだけになる。


「…………疲れた」

「グル」


 気疲れで鉛のように重くなった体をソファに沈める。

 とてとて、と微かな足音とともに近寄ってきたスティは、ソファに乗り上げると私の横に寝転がった。


「あなたもお疲れ様、スティ。今日も私を見守ってくれてありがとう」


 お礼を告げると、スティの耳がぴくぴくと反応する。

 それから長い尻尾を動かし、私の膝に乗せて上下に動かした。

 これは、存分にどうぞ、という意思表示だ。


「もう、本当に……スティがいてくれてよかった……」


 私はスティの体に飛び込んで、もふもふとその艶やかで柔らかい毛並みに身を預けた。

 スティは満更でもなさそうに喉を鳴らし、慣れた様子で大人しく寝転がっていた。


「…………はああああ、本っ当に怖かった」


 王宮の廊下ですれ違ったカッサンドラを思い出し、ぶるりと体が震える。


 数年前よりもさらに強く感じるようになった敵意。

 顔を合わせればすぐさま腹の探り合いが始まって、弱みを見せずにあしらうのにはいつも苦労していた。


 それでもなんとか毅然と振る舞い続けた結果、私は『シュトラウスの悪女』と呼ばれるようになっていた。


 悪女という異名に初めこそ戸惑いはしたけれど、他者に畏怖を抱かれていたほうがこのシュトラウス王宮では優位に立てる。


 なによりも『あの王女に手を出したら危ない』という印象をつけることで、私を疎み排除したいと目論む貴族連中は下手に動けずにいた。


 それでも例外は多くある。



「…………角砂糖なら、とっくに混ぜて飲んでしまったわ」


 それが毒入りの贈り物と知ったのは、紅茶に一粒投入して飲みきったあとのこと。完全に油断していた。もう三日前のことだけれど。



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