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SS―11.ウッドストック領の市場事情

トラブルはあったものの俊則とルルのデートは問題なく終了した。

やはりデートはお互いの距離を近づけるのだろう。


帰りの馬車の中見つめ合う二人は、お互いを思いやり指を絡ませあい、優しくキスを交わしていた。

確かに以前、体は重ねていた。

だけど……馬車の中での優しいキスは、今までで一番彼女を愛おしく思えたんだ。


目を潤ませ、幸せそうに笑う可愛いルル。

天使だ。


……あれから俺はついルルを目で追ってしまう。


※※※※※



「……むう。俊則、聞いてるの?」

「っ!?あ、ごめん。……聞いていないかも……」


ふと目が合うルルはしょうがないですね、みたいな視線を俺に向けている。

でも薄っすら頬を上気させる様に俺はトクンと鼓動を跳ねさせてしまう。


「もう。……ねえ、ルル可愛かった?」

「う、うん。……凄く可愛かった……あ、えっと……ご、ごめん」


舞奈は大きくため息をつきジト目を俺に向ける。

でもすぐに優しい表情に変わり、俺を見つめてくれた。


「まったく。……でもそうだよね。ルルは可愛い。私も大好きだもん。……良かった。俊則がルルの事を本当に好きになってくれていて。まあ、ちょっと妬けちゃうけどね」


「うあ、その……うん……ありがとう舞奈」

「ふふっ、私とのデートも楽しみにしていてね」

「!?も、もちろんだよ」


にっこり微笑む舞奈。

っ!?かわいい……


ああ、俺は本当に恵まれている。

こんなに可愛い舞奈とルルと……そして絵美里まで。


こりゃ大切にしないと絶対天罰が下るよね。


※※※※※


「先輩、明日の予定なんですけど……」


絵美里とのデートを控えワクワクしていた俺に彼女が訪ねてきてくれた。

夜の帳がおり、窓の外はもう真っ暗だ。


仕事を終えすぐに来てくれたのだろう。

彼女によく似合う侍女服姿に、俺は改めて見蕩れてしまう。

本当に美しい。


彼女はそんな俺を見つめ、目が合うと徐々に顔を赤く染めていく。


「あの、先輩?……その……えっと」

「うん?」

「……待ち合わせしてほしいんです。そ、その……領都のカフェ『ミナラーズ』で10時に待ち合わせでいいですか?」


舞奈が言う通り、絵美里はこの世界の主人公なのだろう。


この世界美男美女率が異常なほど高いけど、やっぱり絵美里は飛び抜けて可愛い。

そんな彼女が期待の籠った瞳を煌めかせ上目遣いで俺を見つめてくる。


「う、うん。わかった。……楽しみにしているね」


こう答えるほか俺に選択肢などあるわけがなかった。


「ありがとう先輩。私嬉しいです。明日、とっても楽しみです。おやすみなさい」

「うん……おやすみ、絵美里」


※※※※※


彼女が退室して静寂が訪れた自室。

優しい残り香が、もういないことを俺に認識させる。


彼女を抱きしめたかった。

そう思ってしまった。


だんだんと育つ自分の中にある独占欲に、ため息をつき俺はベッドに寝ころんだ。



※※※※※



翌日、天候に恵まれた領都の市場通りは多くの人でにぎわっていた。

今日待ち合わせの場所である喫茶店「ミナラーズ」は市場通りの先にある。


明るく活気づき、にぎやかな様子に俺は思わず頬が緩む。

ここウッドストック領は今空前の新商品ラッシュだ。

他領からも連日多くの人が訪れ商人たちは大忙しで、まさに猫の手も借りたいと嬉しい悲鳴があがっていた。


今まで見たことの無いような非常に便利でしかもお手頃価格の魔道具や品質の優れた化粧品。

ここでしか手に入らない品物を求める人たちで、まさに鉄火場のような様相を呈しているのだった。


原因は言わずもがな。

ウッドストック侯爵家の才女ロナリアの発案による数々の新商品だ。


以前の騒動で彼女が開発した『気付け薬』が国を救ったこともその評判を大きく後押しする事となった。


さらには最近特に美しくなったとの『噂の侯爵家の侍女たち』による実演販売という、舞奈の指導による『いまだかつてこの世界にはない斬新な販売方法』が多くの領民の心をがっしりとつかんでいた。


「いらっしゃいませ~。今日はネイルアートの実演を行いま~す。希望者はお並びくださ~い。……あっ!シュラド様。…お出かけですか?」


にぎわう街の様子を横目に待合場所へと歩を進めていた俺をネイルアートの実演販売を行っていた侍女のミイナが声をかけてきた。


「うん。お疲れ様。……うわー、ネイル奇麗だね。ミイナ、才能あるなあ」


俺は既に装飾を施してある彼女の手を取りまじまじと見つめ呟く。

そんなに知識があるわけではないけど、彼女の形の良い可愛い爪がキラキラと可愛らしく煌めく。


「うあ…シュ、シュラド様?!……あう♡……(まつ毛長い!奇麗な瞳…カッコいい♡)」

「あ、ご、ごめん……あんまり可愛くてつい手を取っちゃったよ。……ミイナ?」


真っ赤な顔でうつむくミイナ。

ここは炎天下だ。

もしや!?


「ミ、ミイナ?大丈夫?……ねつは……あつい?!!」


熱中症を疑い俺は彼女の額に触れ表情を確認しようと顔を近づけた。

顔を赤らめ目を回すさまに、俺は慌てて解呪を施す。


キラキラと魔力に包まれるミイナ。

その様子に周辺にいた観衆からため息が漏れる。


「あ、あのっ!……大丈夫です。も、問題ありません」

「そう?良かった……暑いから無理しないでね。君たちにはいつも感謝してるんだ。舞奈を助けてくれてありがとう」

「っ!?……は、はい」


俺は彼女に笑いかけその場を後にし、絵美里の待つ「ミナラーズ」へ向かった。


(はあ。シュラド様……素敵……あの優しいまなざし……ふう)


またひとり、シュラドの『人たらし』にやられてしまったようだ。

ミイナの熱いため息は、周りの雑踏の音に溶けていった。



※※※※※


(……服、大丈夫かな……先輩……喜んでくれるかな?)


絵美里は一人、道行く人々を眺めながらカフェの前で佇んでいた。

時間は9時30分。


約束までにはまだ早いものの、絵美里はどうしても早くここに来たかった。


※※※※※


彼女は男性経験が多い。

思い出して気分が悪くなるような、酷い目にもたくさんあってきていた。


でも彼女は過去の経験で一度たりとも心の底から幸せを感じたことなどない。


転生前はあまりにもむごい初体験を経験させられ。

転生直後には義父に性的虐待を受けた。


その後確かに見た目は良い男たちと深い関係を築いたが、彼女の心に響く事はなかった。


「……本田先輩……」


つぶやく愛おしい彼の名前。

汚い穢れた私を愛してくれる人。

私が唯一愛したい男性。


ミリーは、絵美里は。

普通の恋愛をした事がなかった。


かつて読んだ優しい恋愛物語。

思い合う男女が待ち合わせをする……


憧れだった。


自身に訪れることなどないと諦めていた。


でも―――――



※※※※※


「絵美里、お待たせ。……ごめんね?まった?」


優しい彼の言葉に、絵美里の涙腺が崩壊した。


「うあっ!?だ、大丈夫?……」

「……うん。……嬉しい……先輩?」

「ん?」

「大好き♡」


涙を浮かべにっこり笑う彼女がとても美しかったんだ。


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