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SS―10.アントニオとの対面

「わあ、凄いです。キラキラしています♡」


ルルに手を引かれたどり着いた精霊の泉。


清涼な空気が充満している。

泉は湧き水のようで、透明度が高く美しい魚がゆったりと泳いでいる姿が確認できる。

この場所にいるだけで悪いものを浄化するほど聖なる気配に満ちていた。


その恩恵だろう、泉の周りには多くの精霊が楽しそうに過ごしている姿が見えた。


もっとも普通の人にはキラキラと輝いて見えるだけなのだが……

俊則は目を輝かせる。


「凄い……うん?えっ、うん。……ねえルル、君は加護とか持っていたりするかい?」

「加護?ですか?……特には無いと思います。というか普通そういう物はないですよ?」


ルルはキョトンとした顔を俊則に向ける。

彼女のあどけない表情はまた破壊力がすさまじい。


「おう!?……そ、そうなんだね。……あのね、今目の前に『水の大精霊アクリーナ』がいるんだけど……加護をくれるって言っているんだよ。俺はそれ以上がすでにあるから……ルルにあげたいかなって……」


俊則に抱き着き頬にキスをする大精霊。

何故かやたら気に入られてしまった俊則は顔を赤らめつつも困惑してしまう。

さらに集まる精霊たち。

精霊は見た目が非常に美しい。


「???シュラド様?顔が赤いです……えっ?加護を頂けるのですか?」

「う、うん。……水の加護だって。……健康状態も良くなるみたいだね。あっ?!」


突然ルルの体が光を放つ。

どうやら加護を授けてくれたようだ。


「はう!?か、体が……ああ、心が安らいでいきます……これが、加護…っ!?凄い、精霊様がたくさん……ああ、なんて美しい……」


加護を得たことでルルにも精霊が見えるようになったようだ。

どんどん集まり今目の前には10体近い精霊たちが居た。


「ありがとう。……えっ?もっと!?……うーん、沢山あっていいものなのかな?」


俊則は知らないが『勇者の誕生』に喜んでいるのは人間だけではない。


精霊たちもまた悪神からの嫌がらせを受けている。

いや、この世界の万物が多くの影響を受けていた。


まさに俊則は世界の希望だった。


「シュラド様、ロナリアお姉さまやミリーさんにも上げられませんか?」

「あー、舞奈は神様だから必要ないかな。絵美里もなんだかんだで聖女だからね。加護かどうかは分からないけど特殊なスキルとかあるんだよね」


腕を組み俊則は考え込む。


そんな二人に突然若い男性が乱入してきた。

大声で問いかけられ、俊則とルルはビクッと体を震わせてしまう。

精霊たちも泉の後ろのほうへと隠れてしまった。


「おいっ、い、今……『ミリー』といったか?」


興奮したかのように顔を赤く染め、若い男性がルルに詰め寄ってきた。

余りの勢いに俊則はルルを背に守り、男性を訝し目に見つめた。


「いきなりなんですか?……貴方は?」

「そんな事より、ミリーは?くそっ、どけよっ!!おいっ、女、今お前……」


男は俊則を避けようと体をねじり込み、後ろに隠れたルルに手を伸ばす。

目は血走り、明らかに常軌を逸している。

睨み付ける表情にルルは小さく悲鳴を上げてしまう。


俊則はルルを掴もうとする男の腕をつかんだ。


「ぐあっ!?な、なにをする!?くっ、は、放せ!!」


暴れる若い男。

だが俊則は掴んだ手を放さずに男に言い放つ。


「貴方が誰で、目的は何なのか分かりません。でもルルを、俺の大切な彼女を怖がらせる貴方を俺は許さない」

「っっ!?」


俊則の魔力が周辺の空気を薄くさせる。

若い男性、アントニオはその魔力に当てられ、ヘナヘナとその場に崩れ落ちた。


※※※※※


「どうぞ」

「ああ、すまない……その……ありがとう」


目を回し卒倒したアントニオはベンチに座りルルからお茶を受け取った。

つめよってきたときの表情があまりに常軌を逸していたため、倒れているときに俊則は『浄化』を施していた。


先ほどの激高が嘘のように彼は落ち着きを取り戻し、理知的な雰囲気を醸し出していた。


「えっと、アントニオさん?改めて、ご用は何ですか」


落ち着いた様子に俊則は問いかける。

実はかなり悪神の影響に侵食されていたのだが……

まずは話を聞こうと俊則は思った。


「……オボルナ男爵令嬢の名前が聞こえたので……私は彼女を探していたのです」

「オボルナ…ミリー嬢の事ですか?」

「っ!?……はい」


俊則とルルは思わず顔を見合わせる。


「……彼女に何か御用でしょうか」


舞奈に聞いたことがある。

彼は宰相の息子で『シナリオ登場キャラ』だ。

絵美里、ミリー嬢と『関係』を持っている設定だ。

俊則は奥歯をかみしめる。


「俺、いや、私は彼女を……??……あれっ……えっ……なぜ私は???」


アントニオは急に意味が分からないといった表情を浮かべた。

(どういうことだ……さっきまでの激情が全くなくなっている?……あれ、ミリー?……彼女、どんな顔だったっけ……)


その様子に俊則は大きくため息をついた。

ルルは困ったような顔をしている。


「貴方は悪神の影響で心が侵食されていました。今さっき私のスキルで浄化しましたが」

「っ!?……」

「伝えないつもりでした。でも、あなたは今明らかに困惑している」


アントニオは軽く頭を振り、大きく息を吐きだした。

そして真剣なまなざしを俊則に向ける。


「勇者シュラド様。それからルル嬢、大変なご無礼を……申し訳ありません」


膝をつき首を垂れる。

どうやら自身の行動に大きく反省しているようだった。

俊則はアントニオの手を取り立ち上がらせる。

そしてまだ見ぬ悪神に対し怒りを覚えていた。


「顔を上げてください。まずは話を聞きたいのですが……いいですか?」

「はい」


※※※※※


結果彼は何も知らなかった。

だがどうやらほかの二人、ロローニとエスペリオも『彼の中にある記憶』と違い粗暴になっているようだった。


「あの事件の後、私たちはドレスト侯爵閣下にお世話になっているのですが……ああっ、今思えばなんと恐れ多い事か!……八つ裂きにされてもなお許されざることをしたというのに……わ、私は……なんて……」


通常爵位のない彼らにとってドレスト侯爵はまさに天上人だ。

いくら父親が有力者だとしても彼ら個人に地位はない。

話しかけるだけで不敬に処されても文句ひとつ言えないほどの身分格差がある。


すっかり青ざめ頭を抱える彼に俊則はため息をつく。


「ふう。恐ろしいな。……悪神の影響とはこれほどなのか。……そこのあなた、承知の上でしょうか?」


俊則は空間を見つめる。

そこには先ほどから気配を消し一部始終を見ていた侯爵家の隠密がいるのだが、俊則は最初からその存在を把握していた。


「……手荒なことはしたくないのです。姿を見せてはくれませんか」


俊則は魔力を込める。

瞬間彼の目の前で膝をつき首を垂れる女性が姿を現した。


「申し訳ありません。……最初から……ですよね」

「……ええ。とりあえず害意がないから放置していたけど……貴方の意見も聞きたいと思ったので」


隠密である彼女にとって、これは屈辱だ。

しかし……


彼女「ルアーナ」は改めて勇者シュラドを見る。

桁が違う。

まさに今のシュラドは化け物そのものだった。


「ふふっ、御屋形様も人が悪い。……わかる範囲ならすべて隠さず話すと誓います」

「ありがとう」


ドレスト侯爵の情報収集能力は国随一だ。

当然今日勇者シュラドがここに来ることも織り込み済みだった。

もっともそのことについて俊則は知らないのだが。


※※※※※


幾つかの情報を得て、隠密であるルアーナとアントニオは帰っていった。

俊則は話を聞くうちにアントニオが再び悪神の影響を受けないように精霊の加護を与えた。

アントニオが泣きながら感謝を表したことにはびっくりしたが……


これで取り敢えず安心だろう。


「ふう。ルル、ごめんね?せっかくのデートだったのに……」


俊則は顔を伏せる。

楽しいデートに邪魔が入ってしまった。

申し訳ない気持ちが俊則の表情を暗くする。


ふわりと芳香のような優しいルルの匂いに包まれる俊則。

顔を上げるとそこには太陽のような溢れる笑顔のルルが俊則を見つめていた。


「ルル?」

「もう、そんな顔しないでください。私はとても嬉しいのですよ?……シュラド様、私を本当に大切に思ってくれている事、分かっているから」

「……」


ルルは少し離れるとポンと手を鳴らす。


「シュラド様、お腹すきませんか?お弁当食べましょう?一生懸命作りました。喜んでくださいますか?」

「あ、ああ。もちろんだよ」


精霊の泉の近くの芝生の上で準備を始めるルル。

俊則はルルを手伝いながら改めて自分は恵まれていると実感していた。

(ああ、ルルは本当に可愛い。そして尊いな……俺もしっかりしなくちゃ)


こうして二人の初デートは色々あったものの楽しい時を過ごす事が出来た。

ルルの手作りのお弁当は幸せの味がしたんだ。


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