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第5話 怒濤の一日の終わり



 悪魔は攻撃を食らいながらも、何度も腕を再生させて攻めて来ていた。しかしその再生速度は、徐々に遅くなっている。鞭の威力も、最初ほどではなくなってきた。


天の罰雷ドンナー・ヒンメル!」

「グ℃ォ§ッ!」


 戦闘のピリオドが見えてきているが、ペトロを守りながら戦うユダは全方向に神経を研ぎ澄ませる。

 攻撃と防御との両立なので集中力が削がれるが、シモンがユダへの負担を考えて前衛に出てくれているので、あとは悪魔がトリッキーな攻撃をしないことを願った。


闇世への帰標ベスターフン・ニヒツ!」

「@ア%ゥッ!」


 悪魔は、シモンが光の玉から放出した光線を食らう。身体に開いた穴がなかなか塞がらない。悪魔の力がだいぶ弱くなっている。それはつまり、憑依した女性からのエネルギー供給が減少していることを意味した。


「……ワタ、§……ノ、¢∈イデ……」

(しゃべった!?)

「∅オ#$ッ!」


 悪魔は突然、無計画に無闇やたら四方八方に鞭を振るう。建物の外壁は削られ、地下鉄の看板が切断され落下する。

 ところがその攻撃は無計画ではなく、ユダの死角にいるペトロを狙っていた。


「ユダ! 後ろ!」


 シモンの叫びでユダとペトロは同時に振り向く。鞭の腕がペトロを襲い掛けた、その時。


防御フェアヴァイガン!」 


 ペトロは教えられてもいないのに、咄嗟に自身で防御を展開した。


「すごいじゃないかペトロくん。初戦なのに上出来だよ! だけど。私の死角を狙ったのは、ちょっと許せないかな」


 ユダは悪魔を見据え、メガネを僅かにギラッとさせた。


祝福の光雨リヒトリーゲン・ジーゲン!」

御使いの抱擁ウムアームン・エンゲル!」


 シモンの攻撃に続けて、ユダが仕掛けた。光が悪魔を包み込んだ瞬間、爆発するように弾ける。「グ&オ@¿ッ!」悪魔は致命的なダメージを負い、身体の再生もままならない。


「私が自由に動けないからって、悪魔でもそのやり方は反則だよ」

「ユダ、なんか怒ってる?」


 悪魔を追い詰めたタイミングで、憑依された女性の深層に潜入していたヨハネが戻って来た。


「そろそろ戻って来ると思ってたよ。大丈夫?」

「大丈夫です。ユダこそ、守りながらは大変じゃありませんでした?」

「でも、内面を鍛えるにはちょうどいいよ」「じゃあ、今度からローテーションでやってみる? 精神鍛練」

「いや。僕は普通に戦いたいかな」


 あとは悪魔を祓うだけだ。ヨハネとシモンは、自身のハーツヴンデを具現化させる。


心具象出ヴァッフェ・ダーシュテーレン───〈苛念ゲクイエルト〉!」

「〈恐怯フルヒト〉!」


 ヨハネは長槍のハーツヴンデで、女性と悪魔を繋ぐ鎖を断ち切った。そして、弓矢のハーツヴンデを手にしたシモンが悪魔に照準を合わせ構える。


「天よ。濁りし魂に導きの光を!」


 光の矢はきれいな直線を描き、悪魔のど真ん中を貫いた。


「ヴォ$¥ア¢ァ……!」


 悪魔は足掻くも、エネルギー源を断たれ為すすべもなく塵となって消滅した。

 一部始終を超至近距離で見届けたペトロは、圧倒された。


「……すごい」

(これが、使徒の力……)


 教会の神父のように十字を切るのではなく、人間を食い物にする悪しき存在を容赦なく無に還す力。それは、平穏を望む全ての人たちの願いの形であり、その道を開くために自身の痛みを伴うことを顧みない覚悟の戦いだった。


「これで、憑依された人のトラウマはなくなるのか?」

「完全にトラウマが消える訳じゃないよ。痛みや悲しみが軽減されて、前を向きやすくなるだけだよ」

「トラウマを完全に消し去れば楽に生きられる。けど、僕たちがやってることはそういう救いじゃないんだ」


 戦闘が終わり領域が開放されると、戦いの行方を気に掛け待っていた人々が駆け寄って来た。憑依された女性の友人たちは彼女を抱き起こし、その無事に安堵して涙した。


「友達を助けてくれて、ありがとうございます!」

「やっぱりすごいな、使徒は!」

「今日もカッコよかったよ!」


 と、恒例の感謝の拍手とハグの嵐が始まった。慣れたユダたちは一人一人に対応するが、ペトロは巻き込まれた感じでオロオロする。


「オレ、何もしてないのに……」

「じゃあ。ご褒美の前借りだね」


 そう言ってユダは微笑んだ。

 怒涛の展開となった仲間入り初日だが、使徒の思いの強さと覚悟、そして人々からの信頼の厚さを実感したペトロだった。




 その晩。ペトロの歓迎会も兼ねて食卓を囲み、ライ麦パンとハム・ソーセージやモッツァレラチーズのサラダをあてに乾杯した。ヨハネは賭けの景品のビールを開け、未成年のシモンだけはグレープフルーツジュースだ。

 ちなみに食事当番があり、今日はヨハネが準備した。


「ペトロ。戦闘領域レギオン・シュラハトに入ってみてどうだった?」


 ヤコブが若干先輩ヅラして感想を訊いた。


「どうだったって訊かれても、始終訳わかんなかった。行きはジェットコースターだったし」

「ジェットコースターな。わかるわー!」

「でも驚いたことに、ペトロくん防御したんだよ」

「マジかよ。まぁ、俺だって防御くらいすぐにできたし。そのくらいで鼻を高くしてもらっちゃ困るけどな」


 摂取したアルコールが顔に出始めているヤコブは、先輩マウントを取って新人のペトロと張り合い始めた。


「してないし。咄嗟にできただけで、あとはユダに守ってもらってただけだし」

「まぁでも。早く慣れてもらった方が助かるけどな。ユダとヨハネは事務所の仕事があるし、シモンも学校あるし、俺もバイトとモデル業やってるからさ、人手があるようでないんだよ」

「モデル業って言ったって、今はバイトのシフト入ってる方が多いだろ」

「だからお前は余計なこと言わなくていいんだよ、ヨハネ」

「ムダに先輩風吹かしたいのか張り合いたいだけなのか知らないけど、お前のせいでペトロが辞めたらどうするんだよ」

「新人イジメはダメだよヤコブ。コンプラに引っ掛かっちゃうから」


 ヨハネだけでなく、最年少のシモンにまで注意されるヤコブ。ユダは一応フォローしてあげる。


「ヤコブくんはヤコブくんなりに、ペトロくんを気に掛けてるんだよね。でもコンプラに抵触すると、きみの仕事を制御することになるからやめておこうか」

「それ、遠回しに圧力掛けてねぇか、ユダ。社長だからって権力に物言わせる気か?」

「うちの事務所は多少ゆるいけど、コンプラに関しては目を光らせてるからね」


 ユダは目の代わりにメガネをキラッと光らせた。


「でもやっぱり、守りながらは大変ですよね。僕だったら、集中力切れてたかもしれません」

「怪我させたら辞めるって言われちゃうかもしれないから、私も必死だったよ」

「ユダの必死はクールだから、信用できないけどね」

「記憶喪失でも普通に戦えるからって余裕こいて、そのうち足元掬われんなよ?」

(記憶喪失?)


 気になるワードが耳に入ってきて、ペトロは隣のユダをちらりと見た。少し気にはなったが、出会って間もないこともあり、一歩下がった。


「万が一ユダがピンチの時は、僕がフォローするから大丈夫だ」

「おお? やる気満々じゃんヨハネ。副社長なら、社長の女房役みたいな感じだもんなー」

「だっ……誰が女房だ!」


 ヤコブのイジりに顔色を変えて動揺するヨハネ。


「よかったな、ユダ。戦闘中にヨハネに全任せしても大丈夫だぞ」

「じゃあせっかくだし、鍛練ローテーションやってみる?」

「鍛練ローテーション? なんだよ、それ」

「ローテーションはやりません! 集中力は自分で鍛えて、自分の身は自分で守ってください!」

「ヨハネ、赤くなってるよ?」

「何か恥ずかしくなることでもあったのか?」

「何もない! これはビールのせいだ! それ以外に理由はないっ!」


 ヤコブとシモンのイジりにヨハネは全力で抵抗する。

 盛り上がりに付いて行けず輪に入れないペトロは、仲が良い雰囲気を二〜三歩引いて眺めた。それに気付いてユダが話し掛ける。


「ペトロくん。ビール足りてる?」

「うん……。いつもこんな感じなのか?」

「時々ね。ちょっとヤコブくんが絡んできたけど、きみのことを歓迎してない訳じゃないから」

「だいぶ賑やかだな」

「苦手?」

「ううん。こういうのかなり久し振りだから、なんか懐かしいというか……」


 色白の肌がほのかに染まるくらいには、ペトロもビールが進んでいた。けれど、ユダから見たその表情は戸惑っているように感じた。


「ペトロくん。ちょっと向こうで話そうか」


 他の三人はヨハネを中心に話が盛り上がっているので、グラスを持ってソファーに移動した。




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