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第12話 アクセルとブレーキ



 その晩。一同で食卓を囲んでいる時に、どこか嬉しそうなユダからあることが報告された。


「実は今日は、いいお知らせがあるんだ」

「いいお知らせって何?」

「もしかして。俺たちとうとう表彰されるのか!?」

「そうじゃないよ。でも、実は一度、感謝状を贈りたいって連絡が来たことがあったよ」

「マジか!」

「だけど断ったよ」

「何でだよ!」


 目を輝かせたヤコブだったが、一秒でガッカリさせられる。


「だって、その頃は活動を始めたばかりだったし。それに私たちは、褒められるために使徒をやってる訳じゃないからね」

「ごもっともだな。ヒーロー扱いされてるからって調子に乗るなよ、ヤコブ」


 たまにされるイジりのお返しを含めてヨハネが言うと、ヤコブはちょっとムカついてヨハネのグラスビールを奪って一気飲みした。


「それでユダ。どんないいお知らせなの?」

「なんと! ペトロくんに初めて仕事のオファーが来ました!」


 発表に、シモンとヤコブは「おおっ!」と感嘆の声を上げた。


「おめでとうペトロ!」

「と言うか。オレもサプライズなんだけど」

「何だ。まだ本人にも言ってなかったのかよ」

「みんなの前で発表したくて」


 ペトロ本人よりも、なぜかユダが嬉しそうだ。


「どんな仕事なの?」

「炭酸水の広告だよ。昨日の戦闘も少し見ていたらしくて、キリッとしたかっこよさが痺れたらしいよ」

「来たメールを読んでもらえるとわかるけど、熱量が半端なかったですよね」

「十行くらいの長文だったもんね。それだけ熱望してくれてるのは、社長としてとても嬉しいよ」

「どうする、ペトロ。引き受けるか?」

「まだ返事はしてないから、きみが決めていいよ」


 ペトロへ来た仕事なので、社長のユダと副社長のヨハネは受けるかどうかの判断を委ねた。

 ペトロはその場で少し考え、答えを出す。


「やってみたい。引き受けていいよ」

「わかった。じゃあ、明日の朝イチで先方に連絡しておくよ」

「よぉし! せっかくだから乾杯するか!」

「そうだね。ワインでも開けようか。セレクトはヨハネくんに任せるよ」

「しょうがないですね。でも、あんまり飲み過ぎないで下さいよ?」


 ペトロの初オファーの祝杯を上げ、ワインボトルが二本開けられた。またヤコブが先輩風を吹かせてマウントを取り、上機嫌になったユダのペトロとのスキンシップをヨハネが止めたりと、また賑やかな一夜となった。




 お開きになり、静寂が訪れた夜遅く。

 パジャマに着替え、観葉植物を眺めながら紅茶を飲んでリラックスしていたヨハネに、ヤコブから「今から部屋に行っていいか」とメッセージが来た。「いいよ」と返信したその一分後、ビール瓶を一本持ってスウェット姿のヤコブがやって来た。


「よ。ちょっと飲まねえ?」

「さっき飲んだだろ」

「ちょっと飲み足りたくて」

「シモンは、放っておいていいのか」

「もう寝たよ。明日も学校あるのに、夜更しさせねぇよ」


 ヨハネは自分の冷蔵庫にあったつまみのサラミを用意し、なんのためでもない乾杯をしてサシ飲みが始まった。そしてヤコブは、いつもの軽い自慢話をし始めた。


「俺さ、今日バイト行ったじゃん? そしたら、また客に連絡先教えてほしいって言われちゃって。いつも通り上辺の理由で断ったけど」

「大変だな」


 ヨハネは、鉄板話が始まったと思いつつも、ちゃんと相槌を打つ。


「でさぁ、考えたんだけどよ」

「何を?」

「使徒やってる上に企業の広告にも出て外でバイトするの、何気にリスクだと思わね?」

「リスクって?」

「顔バレしてること。たまに仕事になんねぇんだよ」

「じゃあ裏方の仕事をすればいいんじゃないか?」

「ぶっちゃけ、裏方はつまらない」

「注目されないから?」

「そう! どうしたらいいと思う?」

「モデルで食えるようにする」

「それなー。一番シンプルアンサー」


 想像していたように仕事が舞い込んで来ないヤコブは、頬杖を突いて手でサラミを丸めて食べた。

 ヨハネはサラミをフォークで畳んで口に運ぶと、ヤコブのピンポイントを突く。


「なぁ、ヤコブ。ペトロを妬ましく思ってるだろ」

「別に、妬ましくなんか思ってねぇよ。俺の方が先に仕事始めてるし」

「でも。一番最速でオファーが来たけど?」

「それは、ちょっと悔しいけどな。でも、俺が先輩なのは変わんねぇだろ」


 その心の内を見抜いているヨハネに突かれ、ヤコブは苦い顔をするも、マウントで自尊心をセルフディフェンスした。

 ヤコブはサラミの油分をビールで流すと、話を変えた。


「ていうか。こんな話をしに来たんじゃねぇんだよ」

「じゃあ、何を話すために来たんだよ」

「お前さ。いつまで言わないでいるつもりだよ」

「何を?」

「ユダに告らねぇの?」


 ちょうどビールを口に含めたヨハネは吹き出しそうになった。慌てて飲み込むが、失敗して激しく咽る。


「もう何ヶ月思いを秘めてんだよ。とっとと告白しろよ」

「そう言われても……」

「いつまでも思春期女子の真似事してても、しょーがねぇだろ」

「わかってるけど。だって……」


 ヨハネは恋する乙女よろしく頬を染めて口籠る。もう何度も見たそのリアクションに、ヤコブは呆れて溜め息をついた。


「『そう言われても』。『だって』。背中を押してやる度に、それを何回聞いたことか。目の前にあるのはツークシュピッツェ山じゃねーだろ。そこらへんの公園にある滑り台に登るくらい楽勝じゃねぇか」

「せめてシュヴァルツヴァルトにしてくれ」

「そこも電車で行ける楽勝なとこだけどな」


 ちなみに。どちらも国の南側にあり、「黒い森」と言われるシュヴァルツヴァルトもれっきとした山岳地帯である。


「とにかく。楽勝楽勝言うけど、僕はお前みたいにガツガツしてないんだよ」

「いや。俺もそんなにガツガツしてないけどな」

「僕だって、言おうと努力してる。けど。いざとなると言葉が堰き止められんるんだ」


 もどかしくて悔しそうなヨハネは、グラスの中のビールを飲み干した。ヤコブは空いたグラスに二杯目を注いでやる。


「だけど。いつまでもって訳にはいかないぞ。最近のユダを見てると、俺たちとは違う視線をペトロに注いでるように見える。今日だって、やけに嬉しそうだったし」

「それは僕も感じてる」

(ペトロを見るユダの表情が、日々変わってきてるように見える)

「だから、いつでも大丈夫なんて思わない方がいいぞ。いつ何があるかわかんないし」

「何がって……」

「言ってほしいか?」


 問い返したヨハネ自身もなんとなくわかっていることを、わざとはっきり言ってやろうかとヤコブは挑発的な視線を送る。

 わかっているヨハネは、言われる前に話を進めた。


「でも。それはさすがに、展開早過ぎだろ」

「ユダが、会ってそんなに経ってない相手に手を出さないって、そう思ってるのか?」

「ユダに限ってそれはない」


 確信しているヨハネは迷いなく言い切った。けれど、ヤコブは意地悪を言う。


「そうだな。でも、あいつも男だぞ」

「……っ」


 ヨハネはギクリとする。普段は穏やかで紳士的な印象が強く、好きでも“雄の顔”なんて想像できていなかった。


「ずっと探しててようやく会えたやつと同室なんだぞ。もしもあいつにそういう気持ちがあるんなら、いつリミッター外れるかわかんねぇだろ」

「……いや。ユダはそんな人じゃない」


 ヤコブに煽られるヨハネは不安が過るが、心からユダを信頼する濁りのない眼で言った。意地悪を言ったヤコブも、その意見には同感だった。


「ま。そうだな。あいつは基本的に紳士だし、いけると思っても慎重になりそうだな。でも、だからって二の足を踏みまくってたら、後悔だけして終わるぞ。もしもあの二人がバンデになったら、お前は手も足も出せなくなる」

「それもわかってる」


 ヤコブに指摘されたことは全て理解しているし、心に常に留めている。けれど、出会ったころから思い続けているが、「好き」の「す」の字も言えない日々が続く今では、側にいられるだけでも満足だと思い始めている。

 言いたくても。そんな自分を情けなく思いながらも、ヨハネには逡巡する事情がそれなりにあった。


「なぁ、ヨハネ。お前昔からそんなに奥手だったの?」

「そんなことない」

「じゃあ、何でユダに告白するのそんなにためらってんだよ」

「…………」


 手元を見つめ、苦衷の表情を浮かべてヨハネは沈黙する。その表情を見たヤコブは察してやった。


「わかった。今の質問は忘れろ。だけどヨハネ。お前が告白できるかは、たぶん時間の問題だと思う。早めに気持ち固めとけよ」


 ヤコブに言われるまでもなく、早く覚悟を決めるべきなのはわかっていた。それでもヨハネは、たった二文字をユダへ伝えることを躊躇い、




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