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第24話 棺の中。罪との再会②



 外で戦うユダたちは、未だグラシャ=ラボラスに傷の一つも付けられず苦戦していた。

 翼の刃に加え、接近戦で繰り出される鋭い爪は、街路樹の枝を切り落とすように猛烈な鎌鼬かまいたちのごとく。攻撃もことごとくかわされ、歯が立たない。


「くそっ! 手強すぎだろ!」

「攻撃も全部かわされて、どうしたらいいんだろう」

「個々じゃダメだ。連携しよう!」


 攻略に倦ねる一同は、ユダの一言で連携して一矢報いる戦法に変更した。


大いなる祝福の光雨リヒトリーゲン・ジーゲン・グロース!」

連なる天の罰雷ドンナー・ヒンメル・コンティニュイアリヒ!」


 まず、ユダとヨハネが増大させた弾丸の雨と激しい雷撃を食らわせる。しかし、先程までとは違う激しい攻撃にもグラシャ=ラボラスは対応してくる。


泡沫覆う惣闇、星芒射すホフノン・リヒトシャイネン!」


 グラシャ=ラボラスが全ての攻撃を見切る前に、シモンが〈恐怯フルヒト〉で増幅させた光の矢をお見舞いする。が、巧みに翼を操るグラシャ=ラボラスは、糸を縫うようにこれも回避してみせた。

 敵に一秒の暇も与えるつもりはない一同は、ハーツヴンデを手にしたヤコブとユダがシモンの攻撃から間髪を入れず、遠距離戦闘から接近戦に切り替える。


「うぉらあっ!」


 シモンの攻撃が止む寸前に、ヤコブは空中のグラシャ=ラボラスに〈悔謝ラウエ〉で斬り込んで行くが、


「グオオオウッ!」

「ぐあっ!?」


 波動のような咆哮がヤコブを直撃する。

 仲間の負傷に気を取られることなく、グラシャ=ラボラスの死角からユダが大鎌〈悔責バイヒテ〉を振るう。


「はあっ!」


 しかしそれも見切られ、ユダは羽根の刃を食らうが、掠める程度ですんだ。


「大丈夫か、ヤコブ!」

「このくらい屁でもねぇよ」

「ねえ。ペトロ、大丈夫かな。閉じ込められて結構経つよ?」


 グラシャ=ラボラスとの戦闘を開始して、三十分が経過する。

 棺を破壊できず、中の状況がわからない以上はペトロ自身を信じる他ないが、危険な精神攻撃が続いている。心を壊されるまでどれだけの猶予があるのか、推測もできない。まだ大丈夫なのか。それとも、もうあまり時間がないのか。

 囚われたペトロを案じて焦燥が甦るユダは、悔しそうに棺を見つめる。その様子を見たヨハネは提案した。


「ユダ。ペトロに叫んでみて下さい」

「え?」

「箱は壊せないけど、声は届くかもしれません」


 ヨハネは、戦闘中でも時折憂患を表すユダの心中を案じた。思い人のそんな顔を見ていられなかったから、状況を打開するためにも提案した。


「だけど……」


 だが、外からの介入が不可能なのに声が届くだろうかと、ユダはためらう。


「確かに。やってみろよ、ユダ」

「ペトロのこと、心配で堪らないんじゃないの?」


 ヤコブもシモンも、不明な可能性でも背中を押した。


「あなたの言葉なら、きっと届きます。ペトロを助けてやって下さい」

「……わかった。みんなを後方支援しながらやってみる」


 効果はわからないが、やらないよりはましかもしれない手段に一か八か頼ることにした。

 前線から一時離脱し、ペトロが囚われた棺へと近付く。


「何を企んでいる。外側からの干渉は、拒絶されると言った筈だが?」

「そんなの、本当かどうかわからないだろ!」


 残った四人はヨハネを前方に置き、グラシャ=ラボラスにユダの邪魔をさせないようにさせる。

 ユダは後方から攻撃しながら、棺の中にいるペトロに思いを伝えようとする。


(ペトロくんに思いを伝えたい。だけど、彼の過去を知らない。何を伝えたら届くんだ)


 過去に何があったのかは、一切聞いていない。できることは、出会ってから側で見てきたペトロを思い返して感じたことを辿ることだ。

 ユダは、湧いてくる思いの中にペトロに届く言葉があることを信じて、左腕に触れた。


「ペトロくん! きみは強くなりたいと言った。過去を持たない私には、その志が羨ましいよ。だけど。抱えたトラウマがきみにそう誓わせたんだろうけど、その誓いが重くなってないかな。強くなりたいという誓いを捨てろとは言わない。だけど、『頑張る』と『無理をする』は違うよ。きみは、そのまま無理をし続けたらダメだ。そのうち、誓いの重さで立ち上がれなくなるかもしれない。だから、今は頑張らないでくれ。きみ自身のために、一人で全て背負おうとしないでくれ!」




 ペトロは蹲り、絶望が覆い被さって立ち上がることができなかった。碧い瞳にも深い影が落ち、光が失われつつある。

 思い通りに事が運ぶフィリポはしたり顔などせず、変わらず眉間に深い皺を寄せ、湧き上がり続ける怒りの面付きでペトロを見下ろしていた。


(さあ。罪悪感に押し潰されて堕ちろ! 贖罪の第一号だ!)


 精神的に追い詰められ、堕ちるまでは時間の問題だった。

 その時。ペトロの耳に、微かに声が届く。


 ───一人で……しないでくれ!


「……」

(なに……? 今、声が……。誰だ……。誰の声……?)


 ───私を頼って! ペトロくん!


(ユダだ……。ユダの声が、聞こえる……。ここにいないはずなのに……。心に届く……)


 光を失いかけたペトロの瞳に、光が戻ってきた。届いたユダの声がペトロの心を支え、胸がほのかな熱を灯す。

 希望とともに生きる気力を取り戻していくペトロは、踏ん張りながらゆっくりと立ち上がる。


「……オレは、罪を犯した……。それを背負って生きていく覚悟は、持っていた……。だけど。いつか限界がくることは、なんとなくわかってた……」

「何っ!?」


 思いもよらない展開にフィリポは動揺を見せる。


「オレは、オレの生き方を肯定する。だけど、押し込めた願望も本心では認めたい」

(本当は、誰かに側にいてほしいって望んでいることを)

「オレはまだ、選んだ道で何もなしてない。だから、ここでくたばる訳にはいかない」

(オレを信じてくれる人がいるから)


 右手を突き出すと、ペトロの意志に応えるように光が集まり、ハーツヴンデ〈誓志アイド〉が現れた。

 あり得ない展開に、フィリポは目を見開く。


「馬鹿なっ! 此の極限状態の中で力を使える筈が……!」

「はあっ!」


 ペトロが〈誓志アイド〉に力を込めて暗闇に振るうと、斬撃で空間に亀裂が生まれる。


朽ちぬ一念、玉屑の闇シュナイデン・エントシュルス!」


 今出せる限りの力で、もう一度亀裂を目掛け、金色の斬撃を放った。

 すると、暗闇全体に亀裂が走り、空間はガラガラと崩壊した。




「棺が壊れた!」


 崩壊した棺の中から、無事な姿のペトロが現れた。精神的な限界を迎える直前だったペトロは、立つ気力もなく、両膝を突いて倒れ込んだ。

 棺を破壊されたフィリポは、激しく苛立つ形相で影の中から再び現れた。


巫山戯ふざけるな! 呑刀刮腸どんとうかっちょうすら忘却した糞野郎が!」


 フィリポは怒りで目を剥き、自身の身体から〈業雷穿撲ツォルン・トゥーテン〉の一つのカットラスを作り出し、ペトロに投げ付けた。

 カットラスが回転しながら脱力状態のペトロに迫る。


「ペトロッ!」


 ユダは咄嗟に身体を動かし、身を呈して刃からペトロを守った。「ぐぅ……っ!」が、防御をしなかったために背中を負傷した。


闇世への帰標ベスターフン・ニヒツッ!」


 二人を守ろうと、ヨハネたちはフィリポに猛攻撃する。フィリポは戻って来たカットラスを掴み、攻撃を避けながら後退する。


「糞っ! 計画が狂った! 一旦退くぞ、グラシャ!」


 フィリポは、思い描いていた結果と現実の大きな誤差に苛立ち、威嚇する狂犬のごとく表情を歪めてグラシャ=ラボラスを強制的に回収し、影の中に姿を消した。

 それと同時に周囲を覆っていた影も消え、喧騒が戻った。人々は、一時この世から消されていたとも知らず、今日の続きを始めた。




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