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第20話 棺の中。罪との再会②



 外で戦うユダたちは、未だグラシャ=ラボラスに傷の一つも付けられず苦戦していた。

 翼の刃に加え、接近戦で繰り出される鋭い爪は、街頭を細い枝を切り落とすように猛烈な鎌鼬かまいたちのごとく。攻撃もことごとくかわされ歯が立たない。


「くそっ! 手強すぎだろ!」

「攻撃も全部かわされて、どうしたらいいの?」

「個々じゃダメだ。連携しよう!」


 攻略に倦ねる使徒は、ユダの一言で連携して一矢報いる戦法を選択する。


大いなる祝福の光雨リヒトリーゲン・ジーゲン・グロース!」

連なる天の罰雷ドンナー・ヒンメル・コンティニュイアリヒ!」


 まず、ユダとヨハネが増大させた弾丸の雨と激しい雷撃を食らわせる。しかし、先程までとは違う激しい攻撃にもグラシャ=ラボラスは対応してくる。


泡沫覆う惣闇、星芒射すホフノン・リヒトシャイネン!」


 グラシャが全ての攻撃を見切る前に、シモンが〈恐怯フルヒト〉で増幅させた光の矢をお見舞いする。が、巧みに翼を操るグラシャは糸を縫うようにこれも回避してみせた。

 敵に一秒の暇も与えるつもりはない使徒は、ハーツヴンデを手にしたヤコブとユダが間髪を入れず遠距離戦闘から接近戦に切り替える。


「うぉらあっ!」


 シモンの攻撃が止む寸前にヤコブは空中のグラシャ=ラボラスに〈悔謝ラウエ〉で斬り込んで行くが、


「グオオオウッ!」

「ぐあっ!?」


 波動のようなグラシャの咆哮がヤコブを直撃する。

 仲間の負傷に気を取られることなく、グラシャ=ラボラスの死角からユダが大鎌〈悔責バイヒテ〉を振るう。


「はあっ!」


 しかしそれも見切られユダは羽根の刃を食らうが、掠める程度ですんだ。


「大丈夫か、ヤコブ!」

「このくらい屁でもねぇよ」

「ねえ。ペトロ大丈夫かな。閉じ込められて結構経つよ?」


 グラシャ=ラボラスとの戦闘を開始して、二十分が経過する。棺を破壊できず、中の状況がわからない以上はペトロ自身を信じる他ないが、危険な精神攻撃が続いている。心を壊されるまでどれだけの猶予があるのか推測もできない。まだ大丈夫なのか。それとももうあまり時間がないのか。

 囚われたペトロを案じて焦燥するユダは、悔しそうに棺を見つめる。その様子を見たヨハネは提案した。


「ユダ。ペトロに叫んでみて下さい」

「え?」

「箱は壊せないけど、声は届くかもしれません」

「確かに。やってみろよ、ユダ」

「だけど……」

「ペトロのこと、心配で堪らないんでしょ?」

「ヤコブくん。シモンくん」

「あなたの言葉なら、きっと届きます。ペトロを助けてやって下さい」

「ヨハネくん……」


 ユダのことを思うヨハネは、戦闘中でも時折憂患を表す彼を気遣った。思い人のそんな顔を見ていられなかったから、状況を打開するためにも提案した。


「わかった。みんなを後方支援しながらやってみる」


 効果はわからないが、ユダはやらないよりはましだと思いたい手段を取る選択をした。


「外側からの干渉は拒絶されると言った筈だが?」

「そんなの、本当かどうかわからないだろ!」


 使徒はヨハネを前方に置きグラシャ=ラボラスに攻撃を集中させ、後方から攻撃するユダは棺の中にいるペトロに思いを伝えようとする。


(だけど、彼の過去を知らない。何を伝えたら届くんだ)


 過去に何があったのかは、一切聞いていない。できることは、出会ってから側で見てきたペトロを思い返し感じたことを辿ることだ。ユダは、湧いてくる思いの中にペトロに届く言葉があることを信じて、左腕に触れた。


「……ペトロくん! きみは強くなりたいと言った。過去を持たない私には、その志が羨ましいよ。だけどそれは、きみの枷になっている気がする。きっと抱えたトラウマがきみにそう誓わせたんだろうけど、たぶんその誓いは重いんだ。強くなりたいという誓いを捨てろとは言わない。だけど、『頑張る』と『無理をする』は違うよ。きみは、そのまま無理をし続けたらダメだ。きっとそのうち、誓いの重さで立ち上がれなくなる。だからペトロくん、今は頑張らないでくれ。きみ自身のために、一人で全て背負おうとしないでくれ!」




 ペトロは蹲り、絶望に覆い被されて立ち上がることができなかった。雫が落ちる碧い双眸からも、光が失われつつある。

 思い通りに事が運ぶフィリポはしたり顔などせず、変わらず眉間に深い皺を寄せて湧き上がり続ける怒りの面付きでペトロを見下ろしていた。

 精神的に追い詰められ、あとは時間の問題だった。その時、ペトロの耳に微かに声が届いた。


 ────一人で……しないでくれ!


(……今……何か、声が……。誰だ……。誰の声……?)


 ────私を頼って! ペトロくん!


(ユダの、声だ……。聞こえる。ユダの声が……。ここにいないはずなのに。耳に……心に届く……)


 光を失いかけたペトロの双眸に、光が戻って来た。届いたユダの声がペトロの心を支え、胸がほのかな熱を灯し、希望とともに生きる気力を取り戻していく。


「……オレは、罪を犯した……。それを背負って生きて行く覚悟は、持っていた……。だけど、いつか限界が来ることは、なんとなくわかってた……」

「何っ!?」


 足を踏ん張りながらゆっくりとペトロは立ち上がり、思いもよらない展開にフィリポは驚く。


「オレは、オレの生き方を肯定する。だけど、押し込めた願望も本心では認めたい……。本当は、誰かに側にいてほしいって望んでいることを」


 突き出した右手に光が集まり、ハーツヴンデ〈誓志アイド〉が現れる。


「オレは、ここでくたばる訳にはいかない。オレを信じてくれる人がいるから!」

「馬鹿なっ! 此の極限状態の中で力を使える筈が……!」

「はあっ!」


誓志アイド〉を暗闇に振るうと、空間に亀裂ができ僅かな光が差した。


朽ちぬ一念、玉屑の闇シュナイデン・エントシュルス!」


 ペトロは、今出せる限りの力で亀裂を目掛けて金色の一太刀を放った。すると暗闇全体に亀裂が走り、空間はガラガラと崩壊した。




「棺が壊れた!」


 崩壊した棺の中からペトロの無事な姿が現れた。精神的な限界を迎える直前だったペトロは、脱出した安堵で気力がもう保たず、両膝を突いて倒れ込んだ。


巫山戯ふざけるな。呑刀刮腸どんとうかっちょうすら忘却した糞野郎が……!」


 空中に留まるフィリポは棺を破壊された怒りで目を剥き、両腕を鋭利な刃に変形させ動けないペトロを串刺しにしようとした。


「ペトロッ!」


 ユダは咄嗟に身体を動かし、身を呈して刃からペトロを守った。「ぐぅ……っ!」が、防御をしなかったために肩と脇腹を負傷した。


闇世への帰標ベスターフン・ニヒツッ!」


 二人を守ろうとヨハネたちはフィリポに猛攻撃する。


「糞っ! 計画が狂った! 一旦退くぞ、グラシャ!」


 思い描いていた結果と現実の大きな誤差に苛立ち、威嚇する狂犬のように表情を歪めるフィリポは、グラシャを強制的に引かせて黒い霧と化して退散して行った。




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