すっかり体調が回復したペトロは、デリバリーのアルバイトを再開した。
ユダも事務所の業務に復帰したのだが、出勤で顔を出したら「無理してない? また気丈に振る舞ってない?」と猛烈に心配された。
(お前はオレの母親かってくらい引き止められたな。心配してくれるのは嬉しいけど、自分のことは自分でわかるんだってば)
「心配し過ぎて、過保護になってないか?」
(それとも、バンデだから?)
ユダに自分たちはバンデだと告げられたペトロは、シモンに腕の名前を確認してもらった。
父親の出身国に住んでいたこともあるので読むことができ、右腕に現れているのは確かにユダの名前だと言われた。
「バンデだって言われても、全然実感がないな」
(だけど。気持ちが前と比べて変化してるのは、そのせいなのかな)
昼の時間帯が終わるので、昼食を調達がてら回るエリアを変えようと、電動キックボードを走らせた。
その途中、前回戦闘になったポツダム広場を通り掛かり、立ち止まった。
「棺に捕らわれた時にユダの声が聞こえたのも、きっとバンデだからなんだよな」
(またトラウマを見せられるのは怖いと思ってたけど、少し心が軽くなったし、今のオレは一人じゃないってわかる。孤独な戦いだけど、自分のことを信じられそうな気がする)
その時。「……!」あの、重く纏わり付く感じの気配を感じ取った。
(これは、この前と同じ感覚……!)
気配を感知した次の瞬間、再び周囲から人や車や騒音が消え、空以外は黒一色となった。
「また……!」
「おいおい! 偶然、前回と同じ場所を選んだだけだってのに、何でテメェが居やがるんだよ!」
数日前の戦闘でも聞いた乱暴な物言いが聞こえ、ペトロに緊張が走る。
声の主のフィリポは、地下鉄駅出入口の屋根の上に立ち、鋭く赤い双眸で睨み付けてきた。
「お前は……。
「俺様の名前なんて、糞野郎の脳ミソじゃ覚えて無いと思ったぜ! 其れは褒めてやるが、再会したタイミングがテメェと気が合ってるようで虫唾が走る!」
フィリポは相変わらず不機嫌全開の顔付きで、唾を吐き捨てた。
また、あの棺に囚われるのか……。そう考えると、ペトロは身体を強張らせる。
「だが。生気を取り戻したみたいだな!」
「おかげさまで。お前が休ませてくれたからからな」
「余裕ぶっこいてんじゃねーぞ! 獲物は獲物らしく大人しく捕まれ!」
周囲に広がるフィリポの影の一部が盛り上がり、背後から襲い掛かろうとする。気付くのが遅れたペトロは、攻撃も防御も出遅れた。
その時。
「はっ!」
〈
「ペトロくん、大丈夫?」
「ありがと。大丈夫」
一対一で戦闘が始まりそうだったところへ、使徒全員が集結した。
「またみんな消えてる!」
「これ。前回と同じやつか!」
「おい、フィリポ! 一応訊くけど、隔離した人間に何も危害は加えてないんだよな?」
「ただ隔離してるだけだ。無い事にはなってる。そう言えば、ちゃんと説明してなかったな。
どうやら、ただ影で余計なものを隔離したのではないようだ。そして、この異空間内では死徒の方が優勢となり、ユダたち使徒にとっては完全に不利ということになる。
「ということは。私たちは前回から、アウェイ戦だったってことだね」
「アウェイ戦かぁ。こういう場合って、気合いのスイッチ入るよね」
「マジそれな! 敵地だからこそ士気が上がるってもんだぜ!」
「……シモン、ヤコブ。それ、スポーツの話だよな?」
「ヨハネは、アウェイ戦で気合い入らないの?」
「お前だって、中継観てた時に一緒に熱くなってただろ。あの時の気持ちだよ」
「胸熱しただろ?」とヤコブは拳で自分の胸を叩く。
「そういう話じゃないんだよ」
「でも要は、アウェイ戦を応援するような気合いでやればいいんだろ」
「気持ち的には、リーグ優勝決定戦かな?」
「とりあえず、そのくらいかな」
「ユダまで乗らないでください」
「おいコラ!
軽く無視されていたフィリポがキレた。
「俺様は気が短いんだ! 前回の雪辱を果たして、負け犬扱いしやがった
フィリポは前回同様に地面に
「テメェにも付き合って貰うぞ!」
召喚から間を置かず、手の形の影が現れてペトロを掴み、ゴムのように伸縮して引き寄せた。
「ペトロくん!」
ユダは手を伸ばすが、刹那の出来事で、今度は助けることができなかった。
ペトロは足掻くが、影はコンクリートのように頑丈で、口も塞がれて声も出せない。
「前回のように脱出出来ると思うなよ!」
《|因蒙の棺《ザーク・レミニスツェンツ》!》
影に掴まれたペトロは、出現した棺に吸い込まれるように囚われ、フィリポも棺の中へと消えた。
「では。我々も始めよう」
四肢で立っていたグラシャ=ラボラスは、後ろ脚で立ち上がった。
すると。長い体毛で覆われていた身体はシャープになり、軍服を纏って防具を身に着けた。さらに、狼犬の顔と大きな翼はそのままに、獣の姿から獣人の姿となった。
そして同時に、眷属である異形の姿の悪魔も数十体現れた。
「姿が変わった……!?」
「あれが本来の姿ってやつか」
「だから何だって感じだけどな!」
敵の変形に怯まないヤコブの先制攻撃で、グラシャ=ラボラスとの二度目の戦闘が始まった。
「
弾丸と化した無数の光の粒は、確実にグラシャ=ラボラスに直撃するコースだった。しかし、周りの悪魔たちがグラシャ=ラボラスを庇うように代わりに攻撃を食らって消えた。
「やつを庇った!?」
「まさか!
続いてヨハネも光の玉から光線を放つが、またグラシャ=ラボラスではなく悪魔たちが食らい、自身を犠牲にしたように見えた。
「どうやら、本当にやつを守ってるみたいだ。というか、まるで人形だね」
「もしかして。この周りのザコ悪魔を片付けないといけない感じなのかな」
「面倒臭いけど、たぶんそんな感じだな。これは」
「でも、それだったら意外とラクなんじゃね? 一気に掃討すればいいんだろ?」
それならばと四人はグラシャ=ラボラスは一度無視し、邪魔臭い周りの悪魔から一掃する作戦を取った。
「
「
ユダとヨハネ、ヤコブとシモンで同じ攻撃を放ち、グラシャ=ラボラスの周りにいた悪魔は抵抗せず全て消え去った。
あまりにも呆気なく一掃できてしまって一同は拍子抜けするが、新たな悪魔がまた数十体湧き出て来た。
「また現れた!」
四人は同じように掃討するが、またしても悪魔がどこからともなく湧き出て来る。
「もしかして、エンドレスじゃないよな?」
「冗談やめろよ。戦い始めたばっかの頃に見た夢思い出すじゃん」
「ボクも同じ夢見たよ。あれ怖いよねー」
「でもこれは、何とかしないと終わらない現実だよ。永遠に夢を見たいならいいけど」
「それこそ冗談だぜ」
「真面目に作戦考えますか」
この調子では、眷属の悪魔はエンドレスに出て来る。そのザコを何とかしたいところだが、あと何体の悪魔をグラシャ=ラボラスが喚ぶことが可能なのかが予測できない。
なので、さっきと同じように周りの悪魔を一掃し、グラシャ=ラボラスを狙える隙きを作り、悪魔を喚ぶ暇を与えないようにする必要がある。
「何をして居る。攻撃の手を止めるなど、戦いに身を置く者として有り得んぞ」
「それだけ心の余裕があるってことだよ!」
ヤコブと、長槍のハーツヴンデ〈
「
「
二人がグラシャ=ラボラスの周りの悪魔を一掃した直後、
「
弓矢のハーツヴンデ〈
「
「
「
今度はユダとヨハネで悪魔を一掃し、再びシモンの攻撃を放った。
「同じ事を繰り返して……」
「
間髪を入れず、ヤコブが斧のハーツヴンデ〈
「無意味だ」
グラシャ=ラボラスの翼が開き、放たれた刃の羽根を全身に食らってしまうヤコブ。
「ぐう……っ!」
「ヤコブ!」
シモンはすかさず治癒を施す。幸いにも深手ではなかった。
「
「じゃあ、一体どんだけ部下がいるって言うんだよ」
「我は、三十六の軍を束ねる指揮官ぞ。其の軍勢の規模の想像くらいは、容易いだろう」
「めっちゃくちゃ多いのはわかるね」
「想像したくない規模なのも、なんとなくわかるよな」
「ならば。作戦を立てるなら、相応の策を考えるべきだろう」
「それもわかるんだけど。ご存知の通り、私たちって低レベルだから。それ相応の戦い方しかできないんだよね!」
ユダは大鎌のハーツヴンデ〈
「愚かな」
しかし。やはり眷属の悪魔たちが盾となり、グラシャ=ラボラスに攻撃が届かない。
「
「
直後、二人の後方からヨハネとシモンが雷と光の爆発で致命傷を狙い、今度こそ直撃したと思われた。が、しかし。それも悪魔たちが身代わりとなり、肝心のグラシャ=ラボラスは無傷だった。
「愚策過ぎて
「ぐあっ!」
「ぐうっ!?」
グラシャの咆哮波を食らって、ユダとヤコブは吹き飛ばされる。
「ダメか……」
ヨハネは思わず口にした。苦戦に倦ねる状況に、四人は苦渋の表情を浮かべる。
「お前。部下を何だと思ってんだよ」
「我が眷属は、我に従う手足。其れをどう使おうが我の自由だ」
すると突然、視界からグラシャ=ラボラスの姿が見えなくなった。姿を追おうと四人が周囲に視線を巡らせた、次の瞬間。切り付けられたような痛みがそれぞれの身体に走った。
「……っ!?」
気付かないうちに、腕や足が切られていた。二足歩行になったグラシャ=ラボラスは翼があることで機動力が上がり、悪魔を武器に変え、刹那の速さで四人を攻撃したのだ。
四人の背後に回ったグラシャは、愚劣な生き物を見るように彼らに目をやる。
「使徒とは言え、