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第28話 再戦



 すっかり体調が回復したペトロは、デリバリーのアルバイトを再開した。

 ユダも事務所の業務に復帰したのだが、出勤で顔を出したら「無理してない? また気丈に振る舞ってない?」と猛烈に心配された。


(お前はオレの母親かってくらい引き止められたな。心配してくれるのは嬉しいけど、自分のことは自分でわかるんだってば)

「心配し過ぎて、過保護になってないか?」

(それとも、バンデだから?)


 ユダに自分たちはバンデだと告げられたペトロは、シモンに腕の名前を確認してもらった。

 父親の出身国に住んでいたこともあるので読むことができ、右腕に現れているのは確かにユダの名前だと言われた。


「バンデだって言われても、全然実感がないな」

(だけど。気持ちが前と比べて変化してるのは、そのせいなのかな)


 昼の時間帯が終わるので、昼食を調達がてら回るエリアを変えようと、電動キックボードを走らせた。

 その途中、前回戦闘になったポツダム広場を通り掛かり、立ち止まった。


「棺に捕らわれた時にユダの声が聞こえたのも、きっとバンデだからなんだよな」

(またトラウマを見せられるのは怖いと思ってたけど、少し心が軽くなったし、今のオレは一人じゃないってわかる。孤独な戦いだけど、自分のことを信じられそうな気がする)


 その時。「……!」あの、重く纏わり付く感じの気配を感じ取った。


(これは、この前と同じ感覚……!)


 気配を感知した次の瞬間、再び周囲から人や車や騒音が消え、空以外は黒一色となった。


「また……!」

「おいおい! 偶然、前回と同じ場所を選んだだけだってのに、何でテメェが居やがるんだよ!」


 数日前の戦闘でも聞いた乱暴な物言いが聞こえ、ペトロに緊張が走る。

 声の主のフィリポは、地下鉄駅出入口の屋根の上に立ち、鋭く赤い双眸で睨み付けてきた。


「お前は……。憤怒のフィリポフィリポ・デア・ツォルン!」

「俺様の名前なんて、糞野郎の脳ミソじゃ覚えて無いと思ったぜ! 其れは褒めてやるが、再会したタイミングがテメェと気が合ってるようで虫唾が走る!」


 フィリポは相変わらず不機嫌全開の顔付きで、唾を吐き捨てた。

 また、あの棺に囚われるのか……。そう考えると、ペトロは身体を強張らせる。


「だが。生気を取り戻したみたいだな!」

「おかげさまで。お前が休ませてくれたからからな」

「余裕ぶっこいてんじゃねーぞ! 獲物は獲物らしく大人しく捕まれ!」


 周囲に広がるフィリポの影の一部が盛り上がり、背後から襲い掛かろうとする。気付くのが遅れたペトロは、攻撃も防御も出遅れた。

 その時。


「はっ!」


悔責バイヒテ〉を手にしたユダが現れ、影を切り裂いた。


「ペトロくん、大丈夫?」

「ありがと。大丈夫」


 一対一で戦闘が始まりそうだったところへ、使徒全員が集結した。


「またみんな消えてる!」

「これ。前回と同じやつか!」

「おい、フィリポ! 一応訊くけど、隔離した人間に何も危害は加えてないんだよな?」

「ただ隔離してるだけだ。無い事にはなってる。そう言えば、ちゃんと説明してなかったな。れは俺様のテリトリーだ。生存している愚物らを拒絶した、三次元空間とは違う異空間だ」


 どうやら、ただ影で余計なものを隔離したのではないようだ。そして、この異空間内では死徒の方が優勢となり、ユダたち使徒にとっては完全に不利ということになる。


「ということは。私たちは前回から、アウェイ戦だったってことだね」

「アウェイ戦かぁ。こういう場合って、気合いのスイッチ入るよね」

「マジそれな! 敵地だからこそ士気が上がるってもんだぜ!」

「……シモン、ヤコブ。それ、スポーツの話だよな?」

「ヨハネは、アウェイ戦で気合い入らないの?」

「お前だって、中継観てた時に一緒に熱くなってただろ。あの時の気持ちだよ」


「胸熱しただろ?」とヤコブは拳で自分の胸を叩く。


「そういう話じゃないんだよ」

「でも要は、アウェイ戦を応援するような気合いでやればいいんだろ」

「気持ち的には、リーグ優勝決定戦かな?」

「とりあえず、そのくらいかな」

「ユダまで乗らないでください」

「おいコラ! 駄弁だべってんじゃねーよ!」


 軽く無視されていたフィリポがキレた。


「俺様は気が短いんだ! 前回の雪辱を果たして、負け犬扱いしやがった彼奴あいつ等を見返すんだよ!」


 フィリポは前回同様に地面に紋章シジルを出現させ、グラシャ=ラボラスを召喚する。


「テメェにも付き合って貰うぞ!」


 召喚から間を置かず、手の形の影が現れてペトロを掴み、ゴムのように伸縮して引き寄せた。


「ペトロくん!」


 ユダは手を伸ばすが、刹那の出来事で、今度は助けることができなかった。

 ペトロは足掻くが、影はコンクリートのように頑丈で、口も塞がれて声も出せない。


「前回のように脱出出来ると思うなよ!」


《|因蒙の棺《ザーク・レミニスツェンツ》!》


 影に掴まれたペトロは、出現した棺に吸い込まれるように囚われ、フィリポも棺の中へと消えた。


「では。我々も始めよう」


 四肢で立っていたグラシャ=ラボラスは、後ろ脚で立ち上がった。

 すると。長い体毛で覆われていた身体はシャープになり、軍服を纏って防具を身に着けた。さらに、狼犬の顔と大きな翼はそのままに、獣の姿から獣人の姿となった。

 そして同時に、眷属である異形の姿の悪魔も数十体現れた。


「姿が変わった……!?」

「あれが本来の姿ってやつか」

「だから何だって感じだけどな!」


 敵の変形に怯まないヤコブの先制攻撃で、グラシャ=ラボラスとの二度目の戦闘が始まった。


祝福の光雨リヒトリーゲン・ジーゲン!」


 弾丸と化した無数の光の粒は、確実にグラシャ=ラボラスに直撃するコースだった。しかし、周りの悪魔たちがグラシャ=ラボラスを庇うように代わりに攻撃を食らって消えた。


「やつを庇った!?」

「まさか! 闇世への帰標ベスターフン・ニヒツ!」


 続いてヨハネも光の玉から光線を放つが、またグラシャ=ラボラスではなく悪魔たちが食らい、自身を犠牲にしたように見えた。


「どうやら、本当にやつを守ってるみたいだ。というか、まるで人形だね」

「もしかして。この周りのザコ悪魔を片付けないといけない感じなのかな」

「面倒臭いけど、たぶんそんな感じだな。これは」

「でも、それだったら意外とラクなんじゃね? 一気に掃討すればいいんだろ?」


 それならばと四人はグラシャ=ラボラスは一度無視し、邪魔臭い周りの悪魔から一掃する作戦を取った。


祝福の光雨リヒトリーゲン・ジーゲン!」

天の罰雷ドンナー・ヒンメル!」


 ユダとヨハネ、ヤコブとシモンで同じ攻撃を放ち、グラシャ=ラボラスの周りにいた悪魔は抵抗せず全て消え去った。

 あまりにも呆気なく一掃できてしまって一同は拍子抜けするが、新たな悪魔がまた数十体湧き出て来た。


「また現れた!」


 四人は同じように掃討するが、またしても悪魔がどこからともなく湧き出て来る。


「もしかして、エンドレスじゃないよな?」

「冗談やめろよ。戦い始めたばっかの頃に見た夢思い出すじゃん」

「ボクも同じ夢見たよ。あれ怖いよねー」

「でもこれは、何とかしないと終わらない現実だよ。永遠に夢を見たいならいいけど」

「それこそ冗談だぜ」

「真面目に作戦考えますか」


 この調子では、眷属の悪魔はエンドレスに出て来る。そのザコを何とかしたいところだが、あと何体の悪魔をグラシャ=ラボラスが喚ぶことが可能なのかが予測できない。

 なので、さっきと同じように周りの悪魔を一掃し、グラシャ=ラボラスを狙える隙きを作り、悪魔を喚ぶ暇を与えないようにする必要がある。


「何をして居る。攻撃の手を止めるなど、戦いに身を置く者として有り得んぞ」

「それだけ心の余裕があるってことだよ!」


 ヤコブと、長槍のハーツヴンデ〈苛念ゲクイエルト〉を手にしたヨハネが前に出て攻撃を再開した。


闇世への帰標ベスターフン・ニヒツ!」

冀う縁の残心、皓々拓くエントゥウィクレン・ゼルプスト!」


 二人がグラシャ=ラボラスの周りの悪魔を一掃した直後、


泡沫覆う惣闇、星芒射すホフノン・リヒトシャイネン!」


 弓矢のハーツヴンデ〈恐怯フルヒト〉を構えていたシモンが、グラシャ=ラボラスを狙って無数の光の矢を放つ。ところが、消したばかりの悪魔が一瞬でまた現れ、グラシャ=ラボラスの代わりに攻撃を食らった。


連なる天の罰雷ドンナー・ヒンメル・コンティニュイアリヒ!」

冀う縁の残心、皓々拓くエントゥウィクレン・ゼルプスト!」

泡沫覆う惣闇、星芒射すホフノン・リヒトシャイネン!」


 今度はユダとヨハネで悪魔を一掃し、再びシモンの攻撃を放った。


「同じ事を繰り返して……」

晦冥たる白兎赤烏、照らす剛勇ムーティヒ・ブリヒトニヒト!」


 間髪を入れず、ヤコブが斧のハーツヴンデ〈悔謝ラウエ〉を手に急接近し白金の刃を放つ。だが。


「無意味だ」


 グラシャ=ラボラスの翼が開き、放たれた刃の羽根を全身に食らってしまうヤコブ。


「ぐう……っ!」

「ヤコブ!」


 シモンはすかさず治癒を施す。幸いにも深手ではなかった。


此方こちらの消耗戦を狙ったようだが、愚策だ。我が眷属がどれ程居るか知りもせずに遂行するとは。使徒がそんな低レベルだとは思わなかった」

「じゃあ、一体どんだけ部下がいるって言うんだよ」

「我は、三十六の軍を束ねる指揮官ぞ。其の軍勢の規模の想像くらいは、容易いだろう」

「めっちゃくちゃ多いのはわかるね」

「想像したくない規模なのも、なんとなくわかるよな」

「ならば。作戦を立てるなら、相応の策を考えるべきだろう」

「それもわかるんだけど。ご存知の通り、私たちって低レベルだから。それ相応の戦い方しかできないんだよね!」


 ユダは大鎌のハーツヴンデ〈悔責バイヒテ〉を具現化させ、回復したヤコブと一緒に突撃して行く。


「愚かな」


 しかし。やはり眷属の悪魔たちが盾となり、グラシャ=ラボラスに攻撃が届かない。


連なる天の罰雷ドンナー・ヒンメル・コンティニュイアリヒ!」

御使いの抱擁ウムアームン・エンゲル!」


 直後、二人の後方からヨハネとシモンが雷と光の爆発で致命傷を狙い、今度こそ直撃したと思われた。が、しかし。それも悪魔たちが身代わりとなり、肝心のグラシャ=ラボラスは無傷だった。


「愚策過ぎて欠伸あくびが出るわ! グオオオッ!」

「ぐあっ!」

「ぐうっ!?」


 グラシャの咆哮波を食らって、ユダとヤコブは吹き飛ばされる。


「ダメか……」


 ヨハネは思わず口にした。苦戦に倦ねる状況に、四人は苦渋の表情を浮かべる。


「お前。部下を何だと思ってんだよ」

「我が眷属は、我に従う手足。其れをどう使おうが我の自由だ」


 すると突然、視界からグラシャ=ラボラスの姿が見えなくなった。姿を追おうと四人が周囲に視線を巡らせた、次の瞬間。切り付けられたような痛みがそれぞれの身体に走った。


「……っ!?」


 気付かないうちに、腕や足が切られていた。二足歩行になったグラシャ=ラボラスは翼があることで機動力が上がり、悪魔を武器に変え、刹那の速さで四人を攻撃したのだ。

 四人の背後に回ったグラシャは、愚劣な生き物を見るように彼らに目をやる。


「使徒とは言え、矢張やはり人間。我の敵では無いようだ」




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