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第30話 反撃



 獣人の姿となったグラシャ=ラボラスと戦うユダたちは、その能力に前回以上に苦戦した。

 ヤコブとシモン、ユダとヨハネで組み、反撃するタイミングを作ろうとしているが、グラシャ=ラボラスは武器や盾が破壊されても眷属の悪魔を繰り返し喚び出すため、その機会はまだ訪れていなかった。


泡沫覆う惣闇、星芒射すホフノン・リヒトシャイネン!」

大いなる祝福の光雨リヒトリーゲン・ジーゲン・グロース!」


 シモンが〈恐怯フルヒト〉で幾つもの矢を放って間髪を入れずヤコブが攻撃し、グラシャ=ラボラスを守っていた盾が破壊される。羽根の刃で反撃されるが、シモンが防御する。


闇世への帰標ベスターフン・ニヒツ!」

冀う縁の残心、皓々拓くエントゥウィクレン・ゼルプスト!」


 グラシャ=ラボラスがヤコブとシモンへ反撃している間に、ユダとヨハネも攻撃を仕掛ける。しかし、破壊したばかりの盾が新たな悪魔ですぐさま再構築され、攻撃は防御される。


「くそっ。何なんだよ! さっきからこの繰り返しだぞ!」

「今まで相手をしてきた悪魔とは、全くの別次元だ」

「不意打ち攻撃も死角攻撃もかわされて、まるでボクたちの動きを予測してるみたい」

「あり得るわー。本当にそれだったらどうする?」

「どうしようもないね」

「ユダ。にこやかに諦めないでください」

「諦めてはいないけど。打開策を見つけないとだね」


 グラシャ=ラボラスの戦い方は、恐らく把握できた。だが、四人がその力を上回れるかは全くの不明だ。現状、戦局は不利。しかし、闘志はまだ衰えていない。


「予測してるのか何なのかわかんねぇけど、攻撃やめる訳にはいかねぇだろ! シモン。援護頼む!」

「私も付き合うよヤコブくん。ヨハネくん、よろしく!」

「わかりました!」

「〈悔謝ラウエ〉!」

「〈悔責バイヒテ〉!」


 ヤコブとユダは、それぞれのハーツヴンデを手に同時に仕掛ける。シモンとヨハネは、後方からの攻撃で援護に回る。


連なる天の罰雷ドンナー・ヒンメル・コンティニュイアリヒ!」

大いなる祝福の光雨リヒトリーゲン・ジーゲン・グロース!」

「おらぁっ!」


 ヤコブは勇猛果敢に直接斬り掛かるが、瞬間移動したグラシャ=ラボラスに背後を取られ、剣が振り下ろされる。


防御フェアヴァイガン!」


 それをシモンがギリギリ防御をした。


晦冥たる白兎赤烏、照らす剛勇ムーティヒ・ブリヒトニヒト!」


 ヤコブは再び攻撃するが、斧を振り下ろした先からグラシャ=ラボラスはまたもや消え、死角から左足を切り付けられられる。「ぐう……っ!」


「はあっ!」


 ヤコブを攻撃したその背後から、ユダも直接攻撃を仕掛ける。が、やはりグラシャ=ラボラスはユダの視界から消える。

 消えたグラシャ=ラボラスを、ユダは気配で追おうとする。背後に瞬間移動したグラシャ=ラボラスは、二本の短剣を振り下ろそうとしていた。

 その瞬間、気配を感知したユダが〈悔責バイヒテ〉の向きを変えて短剣を受け止める。そして瞬時に振り向き、刃を向けた。

 悪魔の盾が阻もうとしたが、それをヨハネが機転で破壊し、ユダの大鎌が回避したグラシャ=ラボラスの軍服の裾を切った。


「貴様っ!」


 怒りで喉を鳴らすグラシャ=ラボラスは、右腕に悪魔で作った巨大な獣の腕を形成し、ユダを返り討ちにした。「ぐうっ!?」ユダは吹き飛ばされ、中央分離帯の看板に激突する。


(何だ今のは!? 使徒の攻撃は全て先読み出来ている筈だが、何故彼奴あやつの攻撃は……)

「……まぁ、そんな事はどうでも良い。我は我の仕事をするまで!」


 グラシャ=ラボラスは再び空中に浮かび、翼を羽ばたかせ羽根の刃を大量に降らせた。


防御フェアヴァイガン!」


 ヨハネとシモンは激しく降り注ぐ刃を防御する。

 奮戦を続けるが、手も足も出ない使徒は戦況に倦ねる。


「せめて拘束ができれば……」

「俺がもう一度行く」

「何言ってるのヤコブ! この中で出て行ったら……!」

「そうだ。やめておけ!」

「つったって! 誰かが囮にならないとどうにもできないやつじゃねぇのかよ、これ!」

「だからって、ヤコブが行かなくても!」


 この刃の豪雨の中を無手で飛び出して行ったところで、何も道は開けない。刃の一つ一つは大きくないが、この量を食らえば戦闘不能になる。そんなことも厭わないヤコブを、シモンは憂色を浮かべ止めようとする。

 そんなシモンを見たユダは、ペトロが言っていたことを思い出した。


 ───守られる代わりに誰かが傷付くなら、オレが傷付いた方がよっぽどマシだ!


 戦況は未だ不利。打開策もひらめいていない。だが、確かに囮を使うのは一つの案だ。


「……いや。誰かが先頭を切らなきゃダメだ」

「何を言ってるんですか、ユダ!?」

「でも。誰も犠牲にはさせない」


 ヨハネは猛反発するが、しかしユダは、ヤコブを囮に使おうなどとは考えていなかった。


「しばらく戦ってみて、わかったことがあるんだ」

「わかったこと?」

「死徒が展開したこのテリトリー内では、死徒は本来の能力を発揮するかもしれない。だけど、使役されているゴエティアの能力は変わらないんだ」

「だけどユダ。確実に前回より強いよ?」

「確かにそう感じる。でも、前回の戦闘を思い返してみて。やつから感知する力は、ほぼ変わらないと思わない?」


 言われた三人は、グラシャ=ラボラスから放たれるプレッシャーに神経を注ぐ。するとユダの言う通り、大して変わっていないことに気付く。


「言われてみれば……」

「姿形は変化したけど、たぶん、有している力は増幅してないんだ」

「じゃあ前回は、力を出し切ってなかっただけ?」

「あの姿にビビらされてただけかよ!」


 しかしヨハネは、だからと言って勝ち目があるとは限らないと弱腰になる。


「そうかもしれませんが、やっぱりやつの戦い方は、僕たちの攻撃を先読みしているように感じます。もしも本当にそうだとしたら……」

「そんな特殊能力はない私たちは、勝ち目はないかもね……。でも。だからって引けないでしょ」


 打つ手なしの現状に隠し切れない不安を滲ませるヨハネに対し、ユダは不安を抱くことを拒絶していた。だがそれは、左腕の違和感を誤魔化すためでもあった。


(さっきから胸がざわつく。棺の中のペトロくんに、何かが起きているのかもしれない……。でも私は、彼を信じるしかできない。ペトロくんは、孤独に堪えながら必死に戦ってる。それなのに、怯んでなんかいられない)

「私が先頭を切る。さっき、何となく感覚を掴んだ気がするんだ」

「ですが、ユダ」

「きっと大丈夫だよ、ヨハネくん。根拠はないけどね」


 ヨハネは不安を口にしかけるが、ユダは揺るがぬ意志を目に宿していた。

 大丈夫である根拠はない。だが、その目を見たヨハネも根拠のない自信が湧いてきた。


「……わかりました。なら僕たちは、全力で援護します!」


 ヨハネたちはまず、グラシャ=ラボラスの集中攻撃の阻止に出る。


赫灼の浄泉クヴェレ・ブレンデン!」


 直下から噴出した光の泉を回避したことで攻撃が止んだ。


闇世への帰標ベスターフン・ニヒツ!」

御使いの抱擁ウムアームン・エンゲル!」


 立て続けにヤコブとシモンが攻撃するが、これもひらりひらりと回避される。

 グラシャ=ラボラスからの咆哮波や襲い掛かる傀儡の悪魔たちを排除しながら、三人は連続攻撃を続ける。


連なる天の罰雷ドンナー・ヒンメル・コンティニュイアリヒ!」


 タイミングを見計らって一斉に攻撃し、グラシャ=ラボラスの視界を遮った。


「無駄だ。何を考えているのかはお見通しだ」


 グラシャ=ラボラスは別方向から攻撃しようとしていたユダに振り向き、咆哮波を放つ。


「グオゥッ!」


 それをヨハネが遠距離から防御し、ユダは攻撃を仕掛ける。


闇世への帰標ベスターフン・ニヒツ!」


 ユダはグラシャ=ラボラスの死角に移動して攻撃するが、悪魔の盾に防がれる。グラシャ=ラボラスは短剣に変えた悪魔を幾つも放ち、ユダは上着を裂かれながらギリギリ回避する。


「見通してるから何だってんだよっ! 赫灼の浄泉クヴェレ・ブレンデン!」

泡沫覆う惣闇、星芒射すホフノン・リヒトシャイネン!」

冀う縁の残心、皓々拓くエントゥウィクレン・ゼルプスト!」


 ヤコブたちは三方向から攻撃したが、グラシャ=ラボラスは一瞬で姿を消した。


「みんな、気を付けて!」

「ぐう……っ!」

「あうっ!」

「ぐあっ!」


 だが、ユダの注意喚起は間に合わず、次の瞬間には三人は大量の刃の羽根を食らわされた。


「無駄だと言った筈だ」

「はあっ!」


 ユダは〈悔責バイヒテ〉を手に切り掛かる。しかし、グラシャ=ラボラスは消えては現れ消えては現れを繰り返し、ユダを翻弄する。

 が、ユダも翻弄されてばかりではない。一秒ごとに変わる気配の位置を必死に追い、大鎌の柄を振るってグラシャの軍服を掠めた。


「貴様……!」


 またも瞬間移動したグラシャ=ラボラスは、鎌を両手に構えユダに投げる。


「ぐぅっ……!」


 二つの鎌は回転しながら足と腕を切り付けたが、ユダは踏ん張り、再び立ち向かって行く。

 攻撃を食らったヨハネたちも、痛みを堪えてユダの援護を再開した。


「まだ諦めないのか」

「はあ? お前、知らなかったのか」

「ボクたちは諦めが悪いんだよ」

「だから強敵とか関係なく、身体が動くんだ!」


 四人は攻防を繰り返すが、容易くかわされ続ける。それでも一矢報いる瞬間を狙って、怯むことなく立ち向かう。


冀う縁の残心、皓々拓くエントゥウィクレン・ゼルプスト!」

「ぅおらあっ!」


 ヨハネの〈苛念ゲクイエルト〉の攻撃と同時に、ヤコブが〈悔謝ラウエ〉で近距離攻撃を仕掛ける。が、ヨハネの攻撃は盾に防がれ、ヤコブは悪魔の黒い巨大な獣の手に払われる。


「ぐうっ!」

「ヤコブ!」


 シモンは防御しようとしたが間に合わず、吹っ飛ばされたヤコブは駅出入口の柱に背中から衝突した。


赫灼の浄泉クヴェレ・ブレンデン!」


 ヨハネとシモンは同時攻撃を放ち続け、グラシャ=ラボラスを防御に集中させようと試みる。

 光の泉に囚われるグラシャ=ラボラスのその背後から、ユダが〈悔責バイヒテ〉を振り下ろす。


「はあっ!」


 盾に邪魔されるが破壊した。しかし、防御に集中しているはずのグラシャ=ラボラスが、後ろを向かずに剣を向けてきた。

 ユダは突き刺そうとしてきた剣の一本は防ぐが、もう一本は脇腹に食らった。


「ぐっ……!」

晦冥たる白兎赤烏、照らす剛勇ムーティヒ・ブリヒトニヒト!」

連なる天の罰雷ドンナー・ヒンメル・コンティニュイアリヒ!」

大いなる祝福の光雨リヒトリーゲン・ジーゲン・グロース!」

「しつこい!」


 敏捷びんしょうな回避行動をするグラシャ=ラボラスを前に、やはり使徒の攻撃は通用しない。


「嫌いになってもらって構わないぜ!」

「絶対に仲良くなれそうにないしね」

「そうだな。我ももううんざりだ……。我が眷属達よ。奴等を黙らせろ」


 グラシャ=ラボラスは、新たな悪魔を喚び出した。その数はこれまでの何十倍という個体数で、悪魔たちは黒い塊となってヨハネ、ヤコブ、シモンに襲い掛かる。


「みんな!」


 ユダは助けに向かおうとしたが、ユダの前にも何十体という悪魔が現れ行く道を遮られた。


「特に貴様は気に食わん!」


 ユダは襲って来る悪魔を〈悔責バイヒテ〉で薙ぎ払っていく。加えて、グラシャ=ラボラスから浴びせられる羽根の刃や咆哮波、さらには巨大な獣の手を全て一人で防御する。

 手数の多い攻撃にユダは逼迫する……。かと思われた。

 それどころか、ユダはまるでゾーンに入ったかのように冷静に攻撃を見切っていた。


(これは……一人じゃだいぶ面倒だ)


 襲って来る悪魔を薙ぎ払いつつ、グラシャ=ラボラスの攻撃も防御しなければならないこの状況では、力を消耗させられるだけだ。戦況を打開するには、力尽くでも道を切り開くしかない。

 ユダは〈悔責バイヒテ〉に力を込めた。すると、半三日月の刃が青い光を帯びる。


来たれ黎明、祝禱の截断アウスシュテアブン・ゲベート!」


 そして思い切り振りかぶると、取り囲んでいた悪魔を一体も残らず一気に消滅させた。「何っ!?」予想外の出来事に、グラシャ=ラボラスも金色の目を剥く。


「はあっ!」

「グオオッ!」


 ユダはグラシャ=ラボラスとの間合いを詰めるが、咆哮波に押される。「っ!」

 ユダが怯んだ一瞬の隙きにグラシャ=ラボラスは瞬間移動し、立て続けの攻撃を仕掛けようと翼を広げるが。


「はあっ!」


 瞬間移動に追い付いたユダは〈悔責バイヒテ〉を振るう。グラシャ=ラボラスは瞬時に飛んで回避した。そのつもりだったが、大鎌が脚を掠め浅い傷を負わされた。


「!? き……貴様ぁっ!」


 苛立ったグラシャ=ラボラスは腕に多くの悪魔を纏わせ、人一人を握れるほどの大きさになった獣の手を払う。それをまともに食らったユダは吹っ飛ばされ、道路を挟んだビルに激突する。


「ぐは……っ!」

「何なんだ、貴様は!」


 グラシャ=ラボラスが先読みを破られ動揺を見せたその瞬間、悪魔たちを相手しながらユダの戦況を窺っていたヨハネたちは足止めを試みる。


御使いの抱擁ウムアームン・エンゲル!」

赫灼の浄泉クヴェレ・ブレンデン!」

「くっ!」


 三人は光の爆発と噴泉を立て続けに放ち、グラシャ=ラボラスの位置をある程度固定する。反撃を食らおうとも手は抜かなかった。


「ユダ!」


 ヨハネは叫んだ。ビルに激突したユダは意識が朦朧としかけるが、その声で意識を保つ。ぼんやりとする視界に、ペトロが囚われる棺が目に入った。


「……っ」

(きみが孤独な戦いを強いられているのに何もできないのは、本当はものすごくもどかしい。助けに入れるものなら、その棺を切り裂いてきみに光を届けたい。でも、決して離れ離れじゃない。気持ちは届いていると信じてる。きみなら大丈夫だと、私は信じてる。その強い意志で乗り越えられると!)


 決して闘志を失わせないユダは瞳に強い光を宿らせ、〈悔責バイヒテ〉を手にグラシャ=ラボラスに突っ込んで行く。


「はあーーーっ!」

(だから私は、諦めない!)




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