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第2話 第八回ヨハネ会議(略称)



 とある夜。ヤコブとシモンは、ヨハネの部屋に集まった。

 ヨハネの部屋は花や観葉植物が多い。事務所やリビング、各自の部屋にも植物はあるが、自他共に観葉植物係となっている彼の部屋には他の部屋と比べて三倍の緑が置かれている。

 そんな癒しの部屋で、ヤコブが議長となってある会議が始められた。


「『第八回 ヨハネの片思いを早くどうにかしよう会議』を始める」

「そんな会議してたっけ?」

「やってただろ。前回は、情けないお前に気合を入れるために俺の愛ある拳を食らわせようとした時だ」

「車の運転中にガチの腹パンしようとしたあれか。会議だったとは思わなかったよ」


 会議と言ってもタイトル通り堅苦しいものではないので、各自ビールとジュースをおともに置いてある。


「それでヨハネ。ユダに『今日もカッコイイですね』って毎日一回言ってる?」

「シモン。まだ寝なくていいのか?」

「明日は学校休みだもん」

「話を逸らすな、ヨハネ。言ってるのか?」


「……」ヨハネは無言で実行の有無を答えた。


「言ってないのかよ。まぁ、わかってたけど」


 不変の現状から一歩脱却するために前回の会議でノルマを提案したが、ヤコブのその口振りは納得半分諦め半分だ。


「あんなセリフ、僕にはハードだ。わかってたんならそんなノルマ課すなよ」

「じゃあ、どんな好意を込めたセリフだったらユダに言えるの?」


 どうやらミッション内容の変更はないらしい。シモンに尋ねられたヨハネは、自分に言えそうなそれっぽいセリフを考えた。


「……いつも優しいですね」

「それは日常会話だ」

「……そのネクタイとても似合ってます」

「ただの褒め言葉だ」

「……あなたはとても頼りになる人です」

「それも褒め言葉だね」

「もっと情愛がこもったセリフが出て来ないのかよ。ユダの顔を思い出しながら考えてみろ」

「情愛……」


 呆れ気味なヤコブにアドバイスされ、ヨハネはユダの顔を思い出しながら頭を捻って捻ってセリフを考える。そして出てきたセリフは。


「……いつも社長業務ご苦労さまです」


 なぜか、いち社員のセリフにレベルダウンした。


「それは、秘書が言いそうなセリフだね」

「お前本当はユダのこと好きじゃないだろ」

「そんなことない。ちゃんと好きだ。だけど、顔を思い浮かべるだけで……」


 ヨハネは頬を赤く染め、両手で顔を覆った。

 ここまで手強いかと、思わずヤコブから溜め息が漏れる。


「初恋に悩む初心な小学生か。本物の小学生はもっとませてるぞ。お前よりまともに恋愛してるぞ」


 耳が痛い話にヨハネは耳を塞ぎたくなるが、現状をどうにかしなければと一番感じているのは彼自身だ。


「あのさ。訊かないでおこうと思ったんだけどね。ヨハネって、誰かに告白したり付き合った経験ないの?」

「そんなことはない。告白も交際もしたことある」


 過去を脳裏に過ぎらせたヨハネの表情は、少し陰ったように見えた。その表情にヤコブは、なぜ告白できないのかと以前訊いた際に「いざとなると言葉が堰き止められる」と言っていたのを思い出した。

 ヨハネには、何か告白できない理由がある。そう察したヤコブは、これ以上は無理に過去に踏み入らないことにした。


「まぁ。二十年生きてきたんだから、一人くらい経験あるだろ。だけどもうそろそろ、マジのガチの本気で考えないとだぞ」

「やっぱりそう思うか?」


「思う」ヤコブとシモンは同時に頷いた。


「最近のユダとペトロの距離感、前より縮まったよね。ペトロも雰囲気変わったし」

「第一印象はクール系かと思ったけど、結構かわいいところ出てきたよな、あいつ。あれは絶対ユダの影響だ」

「そうなんだよな。二人を見てると、僕が入る隙がない気がするんだよ」


 ヨハネは切なく悔しそうな視線を落とし、まっさらな自分の腕に触れた。


「あの二人には、お互いの名前が刻まれてるのかな……」

「だとしても、名前が現れるのは使徒としての絆を現すものなんだし、ユダとペトロに名前が刻まれてたとしてもお前が恋人になれない訳じゃない」

「でも、ヤコブとシモンはバンデで恋人だろ。そういうことなんじゃないのか?」

「そうじゃないよ。結果的に付き合ってるだけだよ」

「付き合ってる二人に言われても全然説得力ないんだけど……。でも。ずっと応援してくれてるのに何も進まなくて、本当に申し訳ないと思ってる」

(こんな不甲斐ない自分に泣けてくる……)


 ヨハネはテーブルに顔を伏せて啜り泣く。

 ユダと最初に出会い過ごした時間も一番多いヨハネは、自分にはユダの名前が刻まれるものだと思っていた。

 けれど、名前が浮き出る兆候は今も一切ない。つまり、バンデとなるのに過ごした時間の長さは関係ない。心まで深く繋がりたいと願っていても。

 そんなヨハネが、ヤコブとシモンは不憫でならない。


「泣くなよ。まだ諦めるのは早いぞ」

「そうだよ。二人にお互いの名前が刻まれてるかはまだわからないし、ペトロがユダのことどう思ってるかも知らないじゃん。勝てる確率低いかもしれないけど」

「僕に希望を持たせたいのかそうじゃないのか、どっちなんだよ……」

「でも。どうアプローチしたらいいんだろうね」

「そこだよな。好意を伝えられないとなると……もう、酔った勢いで夜這いをかけるしか」

「それ一番無理っ!」


 地球に彗星が衝突する確率で奇跡的に夜這いができたとしても、恥ずかしさで瀕死になり職務も使命も放棄するだろう。


「ちなみにだけど。二人はいつの間にか付き合い始めてたけど、どっちから告白したんだ?」


 訊かれたヤコブとシモンはお互いに顔を合わせる。


「どっちからだっけ?」

「というか。付き合おうかとは言ったけど、ちゃんと告白してない気がする」

「えっ。そうなのか?」

「そう言えばそうだね。付き合う前に普通の『好き』は言ってたけど、恋愛感情の『好き』は付き合ってから言ったかも?」

「じゃあ。ほぼ自然に恋人同士になったのか」

「まさか、四歳年下と付き合うことになるとは思ってなかったけど」

「今年十六になるから三歳差だよ、ヤコブ」

「あ、そっか」


 ヤコブは「悪い悪い」とシモンの頭をポンポン撫でた。


「シモンは、ちゃんと告白されてないことは気にしてないのか?」

「うん。だって、ボクもヤコブが好きだったから」


 シモンは恥ずかしげもなく笑顔で言った。ヨハネは、簡単に堂々と「好き」言えるのが少しだけ羨ましく思える。


「初対面の時はちょっと取っ付き難い人かなって思ったけど、全然そんなことなくて。すごく優しくしてくれたギャップが好印象だったんだよね。ボク一人っ子だからお兄ちゃんができたみたいで嬉しかったし、嬉しいことでも悲しいことでも何かあると撫でてくれるのも嬉しかったんだ」

「こいつ、一番年下のくせに背伸びしようとするだろ。戦いでも、俺たちの横に並ぼうとして頑張ってさ。危なっかしくて見てらんないんだけど、その頑張ってる姿が健気で、だんだんと愛おしく感じてきたんだよな……」


 幸せオーラが見えてさらに羨ましくなる。


「だけど。ヤコブが年下趣味とは意外だよな」

「俺の趣味は年下限定とかじゃねぇから」

「でも付き合ってるってことは……アレだよな。恋人らしいこともしてるんだよな?」

「恋人らしいこと?」


 三つ年の差の二人にヨハネが訊きたいのはデートをしてるとかそんなライトな内容ではなく、もっとディープなことだ。口振りでヤコブは察した。


「あー。アレな。えっちなことしてるのかって訊きたいんだろ」

「ま……まぁ……」


 年の差の恋愛にあーだこーだ言って首を突っ込むつもりはないが、ヤコブが年下のシモン相手にあんなイケナイことやこんなイケナイことをしているのかと、ちょっと気になって訊きたくなってしまった。

 その質問に対するヤコブの回答は、意外過ぎた。


「してねぇよ。何も」

「何も? まさかのプラトニックラブなのか!?」

「そういうんじゃないけどな。俺はもう成人してるけど、シモンはまだ十五だし。未成年に手を出すのって禁断じゃね?」

(ぶっちゃけ、理性保つの大変だけど)

「じゃあ、キスは? それくらいはしてるんだろ?」

「顔以外なら愛情表現として」


 意外にも恋愛に真面目な姿勢を見せるヤコブに衝撃を受け、ヨハネは愕然とする。


「健全だ! 健全過ぎて逆に不健全だ!」

「言ってる意味がわかんねぇよ。健全は健全だろ」

「キスすらしてないとか信じられない! お前だったらこう、ガンガン攻めてねじ伏せて思いのままって感じじゃないのか!」

「完全に偏見だな。お前の脳内の俺はどんだけ酷い男なんだよ。ちょっと傷付くわ」


 だが、ヤコブの知り合いがこの話を聞けば、恐らく全員ヨハネと同じリアクションをするだろう。


「ヤコブはボクのことを大事にしてくれてるんだよ。だからボクも、ヤコブの意志を尊重してる」

(本音を言うと、ちゃんとキスしたいけど)


 シモンの本音は、未成年だからといって配慮も遠慮もせずに普通の恋人同士のようにスキンシップしたい。けれど、ヤコブの思い遣りを無下にしたくない。その二つの気持ちの葛藤は、ヤコブには秘密にしている。


「お前の恋愛のスタンスが以外過ぎて、全然参考にならなかった……」

「恋愛の仕方は人それぞれってことだ。だが! お前には選択肢はない!」


 ヤコブはビシッとヨハネに指を差し、話を戻した。


「残された猶予も少なくなってきてるんだ。もうエンジンは温まってるんだから、ここからぶっ飛ばせ!」

「いや。それは……」

「ヨハネ。スタートはヨハネの方が断然に早かったのに、ペトロにマッハで追い抜かれてるんだよ? 悔しくないの?」

「悔しいよ。だから、せめて追い付きたい……。でもその前に、現状を知りたい」

(どこまで近付いてるのか。名前は刻まれてるのか……)


 自分がいつまでも逡巡していたせいでチャンスを逃しているのはわかっているが、まだユダへの気持ちはある。諦めるのならその前に、二人の関係がどうなっているのかを知りたい。

 付き合い始めているのか、まだ付き合ってはいないのか。もしも付き合い始めていたら諦めるのか、それとも諦めきれないのか。

 そして、自分にユダの名前が刻まれる望みを抱き続けるのか。それを見極めるためにも。




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