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第3話 vsフードファイター



 悪魔出現を感知し、ユダとペトロとヤコブの三人はアクセル=シュプリンガー通りとシュッツェン通りがぶつかる場所に駆け付けた。

 企業のオフィスなどが建ち並ぶここは、時間的にも人通りはそこまで多くはなかった。


「今日は珍しいタイプだね」


 三人の目の前にいるのはいつもの異形の姿ではなく、人間の姿をしている。悪魔が人間に憑依したままその身体を奪い、悪魔の意識だけが表に出てきている状態だ。


「憑依した人間を操るって、趣味わりぃな」

「死徒よりはやり方はまともだけどな」

「ネーミング最悪なあのえっぐいやつな。もしも自分が入ったらって想像すると、ゾッとするわ」

「私は結構ムカついてるよ。ゴエティアを仕留め損ねたし。ペトロくんを苦しめたあのフィリポって死徒も許せないよ」

「お前が笑顔でそういうこと言うと、時々怖いんだけど」

「いつかお礼を返したいなぁ。ぜひとも一対一で」


 笑顔のユダはメガネを光らせた。


「ていうか、お礼返すのはオレだから。それよりも、早く助けてやらないと」


 まだ攻撃はして来ないイレギュラータイプの悪魔は、通常の個体と同じように呻く。人間を意のままに操ろうとしているようだ。


「さすがにこのままじゃ、憑依された人を助けられないね」

「悪魔はあの人の濁った魂に食らい付いて、負のエネルギーを貪ってる感じか」

「相当腹が減ってるか、フードファイターだな」

「早めに悪魔を引き摺り出さないと危険だ」

「じゃあ、アレだな」


 顔を見て示し合わせる三人は、悪魔を囲むように三方に散らばった。そして同時に同じ力を使う。


真像の鏡ヴァーレ ゲシュタルト・シュピーゲル!」


 鏡が現れて悪魔を囲み、光が放たれる。全方位から放出する光は、憑依された人間の中に居座る悪魔の姿を浮き彫りにする。

「ギャ∅σァ&%ッ!」そして光に耐え切れず悪魔が姿を現した。


「オレが潜入する」

「わかった。頼む」

「ペトロくん。魂を貪ってたなら、負のエネルギーを溜め込んでた可能性もある。気を付けて」

「了解」


 ペトロは倒れた男性へ潜入インフィルトラツィオンを開始した。

 引き摺り出された悪魔は標準的なサイズだが、直後に身体が大きくなる。足は筋肉が付いたように太く逞しくなり、重機のショベルほどの大きさになった両手は鎌のように鋭利な刃になっている。


「∅……オ∌ノ、@シ……⊅ζコ……。ドζ⊄」

「やっぱり、中で貪ってたみたいだね」

「ペトロのやつ、大丈夫か?」

「大丈夫だよ」


 ヤコブはペトロを気に掛けるが、ユダは何も心配しておらず信頼している表情だ。


「もうちょっと心配するのかと思った」

「ペトロくんも成長したからね」


「∂∀∉ッ!」悪魔は逞しくなった足で地面を蹴り二人に急接近し、振り下ろされた刃の手は空を切った。


祝福の光雨リヒトリーゲン・ジーゲン!」


 回避の直後に放ったヤコブの攻撃は惜しくも避けられるが、


天の罰雷ドンナー・ヒンメル!」


「&ァµッ!」一息つくのも許さずユダから放たれた攻撃は食らった。だが、直撃のはずが思ったほどダメージを受けていないようだ。


「こいつ、貪ってただけあるみたいだな」

「もしかして、食べた分があの筋肉になってるのかな」

「まさか。人間じゃあるまいし」

「だけど、人間と同じだと思うよ。摂取した負のエネルギーが悪魔の力になるなら、それを攻撃力だけじゃなくて身体作りにも変換できるんじゃないかな」

「ということは。こいつは負のエネルギーを身体作りに変換した、筋肉バカってことか」


 悪魔はヤコブを目掛けて突っ込んで来た。足を狙ってきた刃を跳躍で避け、街灯に着地して反撃した。が、大きな身体に見合わない反射神経で回避された。


「でも。この俊敏さにも生かされてるってことは、ただの筋肉バカじゃないみたいだね」


 悪魔の回避行動のタイミングを狙ってユダは背後から攻撃し、光の雨は悪魔を貫く。「ギ∂ゥッ!」


御使いの抱擁ウムアームン・エンゲル!」


「⊄アσッ!」重ねてヤコブが攻撃し連続で食らった悪魔は、建物の屋上に一時退避し使徒との距離を取った。


「おい、逃げんのか!」

「デカい図体に変化したくせに、本当はビビリなのかな」

「悪魔にビビリとかいんのかよ。ウケるわ」

「悪魔も自我が芽生えれば、性格も形成されるみたいだしね」

「あー、いたよな。急に普通に人間の言葉しゃべってビビらされたやつ」

「イレギュラーはいつでも起こりうるものだよ」


 イレギュラーの個体が出現するメカニズムは不明だが、それに影響しているのは憑依された人間が持つ負のエネルギーなのは間違いない。


「で。あいつ、あそこから全然動かねぇな」

「仕方ない。こっちから仕掛けようか」


 悪魔が屋上に退避したまま一切降りて来る気配がないので、二人は一気に攻めようとした。ところが。


「えっ?」

「足が動かない!?」


 足元を見ると、二人の影が長く伸びている。今日は天気もいいので影が出ているのはおかしくないが、影が伸びるには時間が早過ぎる。

 不可思議な自分たちの長い影を辿ると、ガラス張りの建物の外壁を昇り、屋上にいる悪魔に行き着いた。


「@シ……。ァ$……。ク£……」

「足くれって言ってる?」

「言われてもなぁ。一人につきワンセットが原則なんだよ」


 悪魔は憑依していた人間のトラウマを体現する存在だ。今回の悪魔は身体の変化に特徴がある。その逞しくなった足に注目したユダは、憑依されていた男性を観察した。


「そうか。義足だからか」

「なるほど」


「グ∅∂ッ!」屋上に留まっていた悪魔は、足を固定した二人に向かって襲い掛かって来る。


「でもわりぃけど。俺たちもなくなったらめちゃくちゃ困るんだよな!」

防御フェアヴァイガン!」


 ユダは防壁を展開して悪魔の刃を防ぐ。が、悪魔は防壁を破壊しようと何度も刃を立てる。重機ほどの大きさの手が振り下ろされるその衝撃は、なかなかの重さだ。


「悪魔にまだ変化はないな。頑張ってくれよ、ペトロ」

(だけど。足を固定されたまま戦闘を続けるのは不利だ)

「ヤコブくん。何とかしてこの拘束から逃れよう」


 状況を鑑みるに、深層潜入中のペトロは少し手こずっていると推測するユダは、僅かなあいだに作戦を立てた。

 ヤコブに作戦を共有すると、ユダは防御を解除する。防壁の破壊行動をしていた悪魔の刃が、障害が消えたことで二人に振り下ろされる。


「〈悔謝ラウエ〉!」


 その重い刃をヤコブが斧のハーツヴンデ〈悔謝ラウエ〉で食い止める。「っ!」


赫灼の浄泉クヴェレ・ブレンデン!」


「グ∀アµッ!」悪魔はユダが放った光の泉をもろに食らう。


御使いの抱擁ウムアームン・エンゲル!」

「&⊅ォ……ッ!」


 続けてヤコブも悪魔の内部から光を爆発させる。潜入しているペトロが健闘しているようで、さっきは効いていなかった攻撃が効果的になっている。

「ヤコブくん!」ユダはヤコブに実行の合図を出した。


闇世への帰標ベスターフン・ニヒツ!」


 ヤコブは、力を加減して通常の三分の一ほどまでに縮小した光の玉を出現させ、悪魔と繋がっている影に光線を放った。おかげで影は分断され、二人の足は拘束から解かれた。


「加減ムズッ!」

「上出来だよ」


 自由になった二人は、影に注意しながら攻撃を再開する。悪魔は変わらず俊敏な動きはするが、攻撃の効果でスピードは徐々に落ちている。潜入インフィルトラツィオンしているペトロの方も緩和状態に近付いているのだろう。


「∉ゥ……グ∂µ……!」


 すると、悪魔の様子が変化した。それと同時に深層に潜入していたペトロが帰還する。


「ユダ、ヤコブ! 頼む!」

「よっしゃ! あとは任せろ!」


 ヤコブは〈悔謝ラウエ〉で悪魔と人間を繋ぐ鎖を断ち切り、ユダも大鎌のハーツヴンデ〈悔責バイヒテ〉を出現させる。


「天よ、濁りし魂に導きの光を!」


悔責バイヒテ〉で悪魔を切り裂き、悪魔は黒い塵となって消滅した。


「ごめん二人とも。ちょっと手こずって」

「大丈夫だよ。ご苦労さま」


 ユダに微笑まれて労われたペトロは、こそばゆくなりながら少しはにかんだ。


「あ、そうだ。憑依された人、義足だったんだよ。ちょっと介助してくる」


 そう言ってペトロは救った男性に駆け寄り、立ち上がろうとするのを手助けした。気を失った理由を聞いた男性がペトロに感謝のハグをすると、ペトロはちょっと驚いた様子だった。

 使徒の戦闘を領域の外で見守っていた一般人も、ペトロを囲んで握手やハグを求めて来た。中には一緒に写真を撮ってほしいと言う人もいて、ペトロは戸惑いながらも応じた。

 ユダとヤコブも一般人の要求に対応するが、囲まれている人数はペトロの半分くらいだ。


「なんか、ペトロの方が多いな」

「ヤコブくん、嫉妬?」

「そんなんじゃねぇけど」

「醸す雰囲気が変わったからかな。元々、人を惹き付ける性質なのかもね」


 人々に囲まれるペトロを、ユダは穏やかな眼差しで見つめる。ヤコブはその表情に、特別な類の感情が宿っているのを感じ取った。

 しばらくして、人々から開放されたペトロが小走りで戻って来た。


「初めて写真撮られた……。事務所的に大丈夫だった?」

「いいよ、そのくらい。ファンサービスだと思えば」

「なんか、広告見たって人が結構いてさ。オレと同一人物だってこと、気付いてるみたいだった」

「ようやくみんな気付いてくれたのかぁ。これでペトロくんの魅力を知ってくれる人がもっと広がるね」


 自分のことのように嬉しそうなユダのそのリアクションを見慣れてしまったペトロは、「はいはい」と受け流した。けれど、心の中ではくすぐったい。


「じゃあ。オレ、バイト戻るよ」


 アルバイトの途中だったペトロは歩道に置いておいたデリバリー用のバッグを背負い、電動キックボードに乗って颯爽と去って行った。これでは本当に、使徒とアルバイトとモデルのどれが本業なのかわからくなっても仕方がない。


「なぁ、ユダ。今晩、オレとヨハネと飲まねぇ?」

「いいね。ペトロくんは誘わないの?」

「今回はあいつ抜きで。ハブる訳じゃないから安心しろ」

「じゃあ久し振りに、三人で飲もうか」




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