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第6話 放課後デート



 シモンは、州の中等教育学校ギムナジウムに通っている現役の学生だ。

 使徒ではあるが、ユダを始めヨハネやヤコブに学業優先を勧められているので、平日に悪魔が現れても駆け付けられないことが多い。その分、学校が終わったあとに気配を感じれば即駆け付けるようにしている。

 何もなければ、友達との約束などプライベートを優先する。そして約束のない急な誘いは、大体断ることになる。


「なあ、シモン。このあと予定なかったら、一緒にサッカーしようよ」

「メンバーが集まらなくてさ。使徒とかの仕事がなければ来てくれよ」

「今のところ空いてるから、付き合えるよ」

「よっしゃ! じゃあ公園行こうぜ」


 友達の誘いに乗った直後、「ねえ。シモンくん」と窓際にいたクラスメイトの女子が呼んだ。


「あそこにいるの、お迎えじゃないの?」


 彼女が指を差したので窓の外を覗くと、学校の校門前にヤコブの姿がある。

 その姿を確認した友達はがっかりする。


「なんだよ。仕事はなくてもお迎え来てんじゃん」

「ごめん、みんな。また今度誘って」

「絶対だぞ?」

「約束だからな!」


 シモンは友達と次の約束をし、待っていたヤコブと合流した。


「お待たせ、ヤコブ」

「おう。授業お疲れ」


 ヤコブは労いに、シモンの頭をポンポン撫でた。

 シモンの送り迎えはヤコブの日課だ。送るのはヨハネだったりシモン一人の時もあるが、迎えはアルバイトのシフトとタイミングが合えば必ず行っている。自転車を引いている今日は、アルバイト終わりだ。

 合流した二人は寄り道で、街路樹が立ち並ぶ通りにあるカフェに立ち寄った。飲み物は二人ともカプチーノを頼み、ヤコブはチョコ入りの細長クロワッサン、シモンはレモンメレンゲパイを注文して、お店の前に並べられている席に座った。


「おいし〜。やっぱ頭使ったあとは甘いもの食べないとね〜」


 パイを一口頬張ったシモンは、幸せそうに舌鼓を打つ。


「お菓子のイメージキャラクターやり始めてから、よく甘いもの食うようになったな」

「ヤコブのクロワッサン、ひと口ちょうだい」

「ほら」


 ヤコブがクロワッサンを持つと、シモンは大きく口を開けて一口食べた。


「サクサクしてる〜。こっちもおいし〜」

「つーか。友達と約束なかったのか?」

「誘われたけど、ヤコブが迎えに来たから断っちゃった」

「いいのかよ。せっかく誘ってくれたのに。友達付き合いは大切にした方がいいぞ」

「大丈夫だよ。ヤコブが迎えに来ない日や休みの日に遊んでるし、メッセージアプリでやり取りもしてるよ。ぼっちにはなってないから、心配しないで」


 シモンは自分のパイを一口分フォークに取り、ヤコブに差し出す。ヤコブはさりげなく周囲を見回し、見られてなさそうなので「あーん」をしてもらった。


「付き合ってるからって、俺ばっかり優先しなくてもいいんだぞ?」

「だって。好きなヤコブと一緒にいたいじゃん」

「お前はまたそういうことを……」

「ボク、なんか変なこと言った?」


 惚けている様子もないシモンは、美味しそうにパイを食べ進める。

 シモンは場所に関わらず、純粋な気持ちをストレートに口にする。一見するとヤコブの方がそういう愛情表現はしそうだが、よく言うのは意外とシモンの方で、ヤコブは頭を撫でたりするだけだ。

 顔バレしているので、噂が立たないように外では過剰なスキンシップは控えているが、実はわりとこっそりソフトいちゃいちゃをしていたりする。

 しかし、それで困らされているのがヤコブだ。手を出さないよう気を付けているというのに、シモンはそれをわかっていながら彼の心情にたまに疎い。


「シモンさぁ。俺が理性を知らない変態野郎だったらどうすんだよ」


 ヤコブは忠告の意味を込めて訊いた。必死に押し殺している欲望をチラリと覗かせた表情で言われたシモンは、少しドキリとする。


「……その時は、その時かな」

「適当なトイレや、草木が生い茂る公園に無理やり連れ込まれても?」

「覚悟はするけど、でもヤコブはそんなことしないでしょ? こう見えて真面目なとこあるの知ってるし」

「……まぁな」

(時々どストレートに気持ちを言ってくれるのはめちゃくちゃ嬉しいけど、その度にオレが徐々に追い込まれてるの、こいつわかってんのかな。まさか、仕向けようとしてるんじゃないよな?)


 初めて年下と交際するヤコブは全てにおいてエスコートをするつもりだったが、こんなに翻弄されることは予定していなかった。理性はグラグラだが、年上彼氏としてのプライドで何とか地盤を固めている。


「シモン。友達もだけど、年上を敬うことも大事だぞ」

「何の話?」


 ひっそりカフェデートをしていると、カフェに立ち寄った大学生くらいの女性二人組が二人に気付いた。


「ねぇ。ヤコブくんとシモンくんじゃない?」

「本当だ。今日は二人だけなのね」


 女性たちはフランクに話し掛けて来たが、もちろん初対面だ。けれど、ヤコブとシモンもフレンドリーに挨拶を返した。


「シモンくんは、学校帰り?」

「はい。ヤコブが迎えに来てくれたので、一緒に寄り道です」

「仲良いんですねー。そういえば。SNSで時々、二人の目撃情報あるの知ってます?」

「らしいっすね。オレたち一緒に行動してること多いんで、よく目撃されるんすよ」


 イートイン目的の女性たちは、二人の横のテーブルに座った。ヤコブとシモンもせっかくのデートの邪魔だとは思わず、相席だと思って彼女たちと話を続けた。


「じゃあ、これも知ってます? 一部の人たちのあいだで、二人が付き合ってる説が出てるの」

「マジっすか。それは初耳」

「あたしたちもちょっと気になってるんですけど。実のところはどうなんですか?」

「ヤコブくんがシモンくんの頭を撫でてるとか聞いたんですけど、どうなんですか?」


 ゴシップ好きな女性たちは、二人の聖域に土足で入ろうとしてくる。こんな遠慮のない一般人にもたまに遭遇するので、心象を悪くしないようにヤコブとシモンは快く答える。


「確かにボクたち仲は良いけど、兄弟みたいにめちゃくちゃ仲が良いだけだよね」

「確かにシモンの頭撫でるけど、兄弟みたいに仲良いだけだよな」


 と、二人は合わせた。にこやかに嘘をつくのも慣れたものだ。


「なんだ、そっかー」

「でも付き合ってても、それはそれで応援したいわよね。私たちを守ってくれてるぶん、私生活充実させて幸せになってほしいし」

「わかるー。全力で二人の幸福を祈るよね!」


 この場は嘘をついてしまったが、ヤコブとシモンが交際中の事実を明かしたとしても、多様性を重んじる街の人々は彼女たちのように祝福してくれるだろう。


「今日は悪魔退治はしてないんですか?」

「おかげさまで、今日は平和に過ごしてます」

「モデルの仕事もして悪魔も退治して、本当に大変ですよね」

「この前はすごいことになってたらしいじゃないですか。ポツダム広場でボロボロの姿でいて、周囲の人たちが騒然としたって」

「あのくらい、どーってことないっすよ。ちょっといつもと違う敵だっただけなんで」


 本当はどーってことない訳はなかったが、一般人に不安の種を蒔かない。これも使徒としての人々への配慮だ。


「だけど。悪魔と戦うのって怖くないんですか? 死ぬ危険があったりしないんですか?」


 その質問をされると、シモンは微妙に顔色を変えた。


「まぁ、危険はありますけど、それは俺たちも承知だし。一人で戦ってる訳じゃないんで、仲間がいれば安心すよ。な。シモン」

「えっ?」

「急にぼーっとして、どうした?」

「あ……。今日の宿題、面倒くさいやつだったなぁーって」

「……そっか。んじゃ帰るか」


 ヤコブとシモンは女性たちに別れを告げ、帰りのトラムに乗った。トラムや電車は自転車を乗せることも可能なので、迎えの時に自転車が活躍することはほぼない。


「今日出された宿題って、どんなん?」

「外国語の宿題なんだけど。フランス語の」

「俺、母国語の英語しかわかんねぇわ」

「そっか。わかんなかったら訊こうと思ったのに。じゃあ、ペトロに訊いてみようかな」


 ギムナジウムでは英語の他に外国語を二種類選んで勉強していて、シモンはフランス語とスペイン語を選択している。

 恋愛では翻弄され、学歴ではシモンに上を行かれるヤコブのプライドは、もはやあってないようなものだ。しかしヤコブは、学歴の差で妬んだりはしない。

 そんなことよりも、シモンの様子が少し気になっていた。


「シモン。さっきの会話の内容、ちょっと気にしただろ」

「ちょっとだけだよ。でも心配するほどじゃないから」

「なら、いいけどよ」


 大したことじゃないと普段通りに振る舞うシモンの頭を、ヤコブはポンポンした。

 ヤコブがシモンの頭を撫でる時は意味がある。褒める時や、愛情を示す時や、慰める時。それから、「自分がいる」ということを伝えたい時だ。

 シモンが本心を隠して言わなくても、ヤコブがこうして自分の気持ちを伝えてくれる。だからシモンは、頑張って背伸びをしていられるのだ。




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