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第18話 無精リターン



 シェオル界の城の広間に、死徒たちが顔を合わせていた。

 その視線の中心はタデウスだ。フィリポに続いて使徒を堕とすことができなかった件を詰責されていた。


「もう少しやる気を出したらどうなの、タデウス。貴方、恥だと思わないの?」

「そうだよ。やる気が無いからって棺も中途半端にしたから、全体的に中途半端に終わったんだよ?」

「だってー。怠いし、面倒臭いし、疲れたんだもんー。そもそも、行く気無かったしー」


 マティアとトマスに追及されても反省の色なく、テーブルにだらりと伏せている。この会議が始まる前からこの調子だ。


「お前等、こんなやる気のねぇ怠け糞野郎に本気で期待してたのかよ! 馬鹿じゃねーの!? 俺はこんな奴に出来る筈がねぇって最初から思ってたけどな!」


 フィリポはふんぞり返って言うが、タデウスも言われっぱなしではない。


「君だって、皆んなの期待を裏切ったじゃん。負け犬さん」


 フィリポはこめかみに血管を浮かび上がらせる。


「俺は負け犬じゃねえ! 戦略的撤退だ! やる気ゼロで使徒を見逃したテメェと一緒にするな!」

「五十歩百歩よ、フィリポ。不快だから、大きな顔をしないでもらえるかしら」


 マティアは指で髪をくるくる巻き、枝毛の心配をする。

 それにもカチンと来たフィリポは椅子を倒して立ち上がり、マティアの胸倉を両手で掴んだ。


「あら。レディに手を挙げるの?」

「何がレディだ変装糞野郎! まだ何もしてねぇ奴がデカい顔すんじゃねーよ!」

「事実じゃないの。それに。率先して行ったくせに敗走した方が、より恥だと思うけど?」

「テメ……!」

「あら。やる気?」


 マティアは胸倉を掴むフィリポの手首をギリッと掴み返す。


「二人がケンカしてもしょうがないよぉ」

兎に角とにかく、ぼくはもう行かないよー。後は皆で勝手にやってー」


 タデウスはすっかりやる気ゼロになってしまっているようだ。問責も無駄だと悟るバルトロマイは呆れ顔で、いつも以上に無口になっている。

 マタイも腕を組んで悩んだ。使徒も排除したいが、このタデウスを動かすのはかなり面倒臭い。

 しかし、一人だけ甘やかすつもりは微塵もない。自分たちの願いを叶えるためにも、使徒と戦ってもらわなければならない。


「そう言うなタデウス。もう少し真面まともに働いたらどうだ」

「そんなに使徒を排除したいなら、他の誰かが行けば良いじゃんー」

「だが、あの使徒との相性はお前が一番良いんだ。全開ではない術であそこまで追い込められたのは、タデウスだからだ。他の奴が行った所で堕とす事は出来ない」

「じゃあ。別の誰かを行かせて違う使徒を狙いなよー」

「お前が狙った使徒は、一度大きなダメージを受けている。タイムラグが発生すればダメージは少しずつ回復し、一からやり直しだ。今追い打ちを掛ければ確実に堕ちる」

「だからぼくに行けって言うの? やだー。だーるーいー」


 タデウスはまた駄々をこね始めた。ダラダラし過ぎて半個体化して、椅子からヌルッと滑り落ちそうだ。


れで良いのか、タデウス。お前も世界を許せないんだろう。だから存在して居るんじゃないのか」

「そーだけどー……」

「タデウス。俺達の目的を忘れた訳ではないだろう」

「『人類平等』……」


 どれだけやる気がなくても死徒であるタデウスは、それだけは放棄していない。


「そうだ。其れが俺達の目的で、存在理由の筈だ。目的を果たさなければ、俺達が存在する意味はなくなる。俺達の存在を知らしめなければ、目的は果たされない。お前は“痛み”を。フィリポは“怒り”を。バルトロマイは“憎しみ”を。トマスは“苦しみ”を。マティアは“嫉妬”を。そして俺は“怨み”を、人間たちに思い知らせるんだ」

ために、邪魔な奴等を排除しなきゃならない」

「そうだ。でなければ、俺達は無念のまま、またの世から消え去る事になる」

「……それは、嫌だな」

「少しはやる気が出てきたか?」


 ずっとテーブルに伏せ半個体になりかけていたタデウスは、溜め息を吐きながらだるそうにゆっくりと立ち上がる。


「分かったよ。もう一度だけなら、行ってあげる」

「できれば、今度は本気でやってほしいんだが」

「そーだねー。其れは、使徒と戦うまでに決めておくよ」


 そう言いつつも、緑色の双眸には精気が再び溢れていた。




 学校帰りのシモンが乗り換えの駅の改札を出ると、迎えに来たヤコブが待っていた。シモンは意外そうな顔をしながら近付く。


「お帰り」

「本当に待ってたんだ」

「連絡したの俺からなんだから、待ってるの当たり前だろ」

「ボクならもう大丈夫だって言ったのに」

「お節介か?」

「そんなことないよ。ちょっとお節介かなって思うけど、嬉しい」

「思ってんじゃん」


 ヤコブがお疲れさまの頭ポンポンをすると、二人は並んで歩き始める。

 シモンが少しお腹が空いたので、駅構内のドーナツ屋に立ち寄って一つずつテイクアウトし、歩きながら食べた。


「そういえば。三日間くらいずっと本読んでたよな。宿題だったのか?」

「ううん。気になって図書館で借りたんだ。国の文学賞を取った小説なんだけど、ヤコブは読んだこと……ある?」

「絶対読んだことなさそうだなっていう間を空けるな。読んだことないけど」


 ヤコブも本はマンガなら読むが、文学にはほぼ触れたことはない。文字がぎっしり詰まったページを開くと、圧倒されてすぐに閉じてしまうのだ。

 なので本当は興味はないのだが、シモンがあまりにも集中して読んでいたので、どんな話なのか訊いた。


「差別を受ける人種で生まれた主人公が、戦争の中でも希望を求めて生きる物語だよ。タイトルは知ってたけど、ちゃんと読んだことなかったんだ。今、あの本に出会えてよかったかも」

「よかったって?」

「ボクに必要なものが、あの中にあった気がするんだ」


 駅を利用する人々が往来する喧騒の中、二人はアレクサンダー広場に足を踏み入れた。

 その瞬間だった。


「!?」


 辺りの空気が、スイッチが切り替わったようにがらりと変わった。周囲を歩いていた多くの人も、走っていたトラムも車も消え、いつかのような黒い静寂の世界となった。


「ヤコブ。この気配と空間……」

「ああ。お出ましだ」


 その姿はすぐに捉えた。

 無人となった広場のど真ん中に、葉巻を吸いながら仁王立ちしているガープと、そのターキーレッグような肩に無気力なタデウスがだらりと乗っている。


「やっと来たー。此処ここに居ればまた来るかなーって思って、ずっと待ってたんだよー」

(何なんだ、やつのあの体勢は。スポーツしたあとのタオルか?)

(オシャレな人が冬に付けてる特に役に立ってないファーみたい……)


 二人は待ち伏せされたことよりも、タデウスのウエルカム惰気ポーズがめちゃくちゃ気になった。

 ちなみに。タデウスは「やっと来た」と言ったが、待っていたのはほんの五分ほどだ。


「本当は、また来るつもりは無かったんだけどさー。やっぱり、やらなきゃ駄目みたいなんだよねー。でも、怠いし、面倒臭いし、帰りたいー」

「帰るなら帰ってもいいぜ。その場合、俺たちの不戦勝になるけどな」


 ドーナツを食べ終わったヤコブは親指で口の端を拭った。シモンもペロッと口の周りを舐める。


「ぼくも別に、勝ちに拘ってる訳じゃないけどさー。何だかんだで、結局はやらなきゃならないんだよねー」


 そこへ、至急駆け付けたユダたちも合流した。そしてシモンとヤコブと同じく、タデウスの体勢に釘付けになり呆れた。


「あの格好……」

「今回もやる気なさそうだね」

「前回も結構だるそうだったよな。面倒くせぇなら戦わなきゃいいだろ」

「そう出来るなら、そうしたいんだけどねー。でも、無理なんだよ。ぼく達は、人類平等にしたいから」


 タデウスは、ガープの肩を借り前方宙返りをしてスタッと降り、自らの足で立った。


「だから今回は、先を越される前にテリトリーも展開して、やる気も出来るだけ出そうと思ってるんだ。此の前みたいに、中途半端にはしないよ」


 無気力だったタデウスの緑色の双眸に、精気が宿った。

 スイッチが入った瞬間、タデウスの影がまばたきをする速度で地を這って伸び、シモンを捕まえた。


「っ!?」

「シモン!」

「ヤコブ!」


 シモンはヤコブに手を伸ばす。だが。


因蒙の棺ザーク・レミニスツェンツ!」


 二人の手は届かず、黒い帯はシモンの身体にグルグルと巻き付きミイラ状態となって、シモンは空中に固定された。


「シモンッ!」

「じゃあ、ガープ。其方そっちは宜しくねー」


 タデウスは自身の影の中に入って行った。


「どうやら今回の主は、本当にやる気が有るようだ」

「みんな気を付けて。きっとまた力が使えなくなる」


 再びガープとの戦闘になる使徒は、前回を踏まえ気を引き締める。


「そう構えんでも良い。前回は少々楽しませてもらったからのう。今回は儂の力を教えてやろう」

「そんなことをしていいのか」

「問題無い。知った所で、お主等が儂との戦いに有利になる訳では無い」


 悠々と構えるガープは、追加で三本の葉巻を咥えた。


「儂は四つの王の能力を持っておる。一つは前回も使った、敵を無知にする“知恵の王”の力。二つ目は、あらゆる武器を自在に操る“武の王”の力。三つ目は、炎や水を操る“魔術の王”の力。そして四つ目は、敵を混乱させる“欺瞞の王”の力だ」


 ガープは、能力を明かしながら合計四本の葉巻を吸う。そのうち、それぞれ色の違う煙が発生し、ガープはその煙を一気に吸い込んだ。


「今回は儂の眷属は喚ばぬ。其の代わりに、儂と共に楽しもうぞ」

「それはご親切にどうも!」


 能力を使われる前に、使徒は先制攻撃を仕掛ける。

天のドンナー……」ヤコブは攻撃を放とうとした。ところが、前回と同様に使徒の力を出せない。


「何でだ!?」

「……まさか!」

「言っただろう。『そう構えんでも良い』と。お主等が我が主のテリトリーに足を踏み入れた其の瞬間から、使徒の力は使えなくなっている」

「……そうか。葉巻はそういう使い方をしているのか」


 ユダはガープの能力の発動条件に気付いた。


「ユダ?」

「ガープはこの前の戦いで、葉巻の煙で眷属を喚び出していた。だけどあの葉巻は、能力の発動もできるんだ」

「あれって、ただのおっさんの嗜みじゃなかったのか」

「一応、葉巻は儂の趣味でもある」


 ガープは剣を手にした。その身幅は20センチはあり剣身は1メートルを軽く超える、グレートソードランクの剣だ。

 筋肉隆々のガープらしい見たこともない大剣に気後れするも、使徒もそれぞれハーツヴンデを出現させた。


「さて。人間のお主等が何処どこまでやれるか、儂に見せてみろ!」


 ガープは踏み切った。その威力でコンクリートを剥がし、真っ直ぐヤコブに突っ込んで来る。「っ!?」ヤコブは〈悔謝ラウエ〉で受け止めようとしたが、まるで一枚岩のような重さで一瞬も止められず、数十メートル吹き飛ばされ、椅子とテーブルを弾きながら商業施設の壁に激突する。


「がはっ!」

「ヤコブ!」

「余所見をしている余裕はないぞ!」


 ガープは次はヨハネを狙い大剣を振りかぶった。ヨハネは〈苛念ゲクイエルト〉で止めようとするも、ヤコブ同様に一瞬も堪えられず吹き飛ばされる。


「ぐあっ!」

「ヨハネ!」

「力の差があり過ぎる……」

(私たちに気付かれずに能力を発動させることもだけど、あの大剣を扱う身体能力はすごい。能力だとしても、技量のあるガープだからあれを扱えるんだ)


 僅か十数秒のあいだに圧倒的な力の差を見せ付けられ、その気迫に圧されたユダとペトロは本能的に一歩後退する。


「さあ、どうした。遠慮せず掛かって来るが良い。主が捕らえた仲間と共に敗北を認めても良いがな」




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