「うっ……」
ガープに吹き飛ばされ一瞬気を失ったヤコブは、少し朦朧となりながら目を開けた。
(俺、どうなったんだ? ガープの大剣を受け止めて……。あー。そっか。吹っ飛ばされたのか)
「くそ痛ぇ……」
飲食店の外にあったテーブルや椅子を巻き込んで衝突したおかげで、身体のあちこちに激痛を感じる。
「ユダたちは……」
頭を動かして仲間を探すと、ヨハネは広告塔に凭れ、ユダとペトロもトラムの線路上に伏せていた。
(寝てる場合じゃない。戦わねぇと……!)
ヤコブはテーブルと椅子を退かし、何とか立ち上がった。ユダたちもよろけながら立ち上がり、気概を失っていないことをガープに示した。
「ほう。まぁ、此の程度で音を上げられては、戦い甲斐も無いからのう」
ガープは剣先を地面に突き、使徒が立ち上がるのを余裕綽々で待っていた。
「グラシャ=ラボラスもヤバかったけど、今回もヤバいですね」
ヨハネはTシャツの袖を捲った。
「別種のヤバさで、身震いしちゃいそうだね」
ユダはメガネを掛け直す。
「オレは逆に、未知の敵にスリルを感じてるけど」
ペトロは顔に付いた土を拭い取る。
「甘く見んなよペトロ。ハイかゾーンにならない限り、ボコられるぞ」
ヤコブは〈
気概を見せる使徒にガープは上機嫌になり、大剣を向ける。
「格上と分かった上で立ち向かう。其れでこそ戦士! 気に入ったぞ、使徒!」
「なんかわからないけど、気に入られちゃったね」
「俺は、普通のおっさんとなら仲良くなりたいけどな」
「お主等のような者とやり合えて、儂も久々に滾るわ!」
ガープが大剣を振り下ろすと、地面を砕きながら波動の波が押し寄せ、四人は回避する。
「くそっ!」
ヤコブが、先行して無策で突っ込んで行こうとした。しかし、ユダはすぐさま止める。
「待ってヤコブくん。ここは、私とペトロくんで先行する」
「囮にでもなるつもりですか!?」
「私たちはバンデだ。少しくらいは、やつを引き付けることはできると思う」
「ヤコブが一人で突っ走っても、返り討ちに遭うだけだろ。だから、ヨハネと一緒に援護してくれ」
「……わかった」
シモンを助けるために、早くガープを片付けようと性急になっていたヤコブは、落ち着いて提案を飲み込んだ。
「行くよ。ペトロくん」
「おう!」
ユダとペトロは、ハーツヴンデ〈
「はあっ!」
先程は大剣を両手で振るっていたガープだったが、なんと片手で大剣を握り二人の刃を受け止め、弾き返した。
「
「
二人は同時に攻撃する。「ハッ!」ガープは大剣を横に振るい、切り裂くように相殺した。
その背後から、回り込んでいたヨハネとヤコブが襲い掛かる。
「
「
「
しかし二つの盾が現れ、ガープは同時攻撃を防いだ。
「まだまだひよっこだのう」
間を置かずに反撃を仕掛けるガープは、大剣を持っていない手を四人に向け、立て続けに魔術を放つ。
「
「ぐうっ!?」
「
「くっ……!?」
ユダとペトロは青い炎に囲まれ、ヨハネとヤコブは氷で足を固められ身動きが取れなくなる。
「其れでは、儂の足元にも及ばんぞ!」
ガープは、一瞬でユダとペトロの目の前に移動した。そして、魔力を込めた大剣を振るい、斬撃を食らわせる。
「フンッ!」
「ぐぅ……っ!?」
瞬時にヨハネとヤコブの目の前にも現れ、同じ攻撃を食らわせる。
「特別な力が無ければ戦えぬのか!」
「ぐあ……っ!?」
防御もできず、もろに攻撃を食らった四人は膝を突く。
「其れで人間を守ろうなど、使徒としての覚悟が甘いのではないか? 使徒ならば、もっと見所が有ると期待していたのだがなぁ」
ユダはよろけながらも、痛みに堪えて立ち上がる。
「期待するのは勝手だけど、一方的な過大評価はちょっと迷惑かな」
「普通に褒められるなら、気分はいいけどな」
ペトロも堪えて足を踏ん張った。
「ペトロくん、大丈夫?」
「愚問」
ペトロは気合いの入った顔付きで答え、ユダも衰えない気概を浮べる。
「そうだよね!」
二人は再びガープに突撃する。ガープは大剣を地面に突き刺し、魔術を放つ。
「
地面から、幾つもの大きな棘が突き出る。突進する二人は避けるも足や腕を掠めるが、構わず突き進む。
ガープがユダとペトロに魔術を放った直後、ヤコブとヨハネも再び攻撃を仕掛けた。
「晦冥たる
「
「
ガープはまた盾で防いでから、無数の水の矢をお見舞いした。
その隙きに、ユダとペトロはガープに接近する。
「はあっ!」
ガープは大剣で攻撃を受け止めた。だが、斬り掛かって来たのはペトロだけだ。
「
ガープの意識がヨハネとヤコブに向かった隙きに回り込んでいたユダは、死角から攻撃を放った。が、ガープは瞬時に強固な盾を出現させて防いだ。そしてその盾に、力を込めた拳を打ち込む。
「フンッ!」
「ぐっ!?」
その衝撃波のみで盾ごとユダを吹き飛ばした。
「おらぁっ!」
「このっ!」
「
「ぐぅっ!」
ヤコブとヨハネは再度仕掛けるが、鎌鼬をお見舞いされ全身に裂傷を負う。
「
「
ペトロの攻撃も効かず、放たれた炎に圧される。
「ペトロくん!」
(名前が現れてると言っても、まだ完全なバンデじゃないから圧される……)
バンデは絆の深さが戦闘において有利となるのだが、ユダとペトロは繋がりがまだ浅い。現段階の二人では、その力を発揮するには条件が不足していた。
「どうやら、儂の目に狂いが有ったようだ。お主等には、まだ儂の相手は早かったようだな。もう少し己を鍛えると良い」
そう言ったガープの双眸が、金色に光る。
「
ガープは新たな能力を発動させた。四人はガープからの攻撃に身構えるが、すぐには何も起こらない。
「……今度は何だ?」
「次はどんな攻撃を……」
すると。警戒していたヤコブが背後から槍で攻撃され、脇腹を斬られた。
「なっ……!?」
顔を歪めながらヤコブは振り返る。後ろにいたのは、彼の血を滴らせた〈
「ヨハネ!? お前……!」
仲間を襲うなど、ヨハネが血迷ったのかと思われた。ところが。
「違う! 僕はこっちだ!」
違う方向からヨハネの声がした。もう一人のヨハネは、ヤコブの右後方にいた。
「ヨハネが二人!?」
「一体どういう……」
その時。戸惑うユダも背後に誰かの気配を感じ、危険を察して回避した。ユダは、襲った敵の姿をその目でしかと捉えた。
「ペトロくん!?」
襲ったのは、〈
「オレはこっちだ!」
ヨハネと同様に、ペトロがもう一人いた。二人を襲ったのは、偽者のヨハネとペトロだった。
もちろん、偽者は二人だけではない。本物のペトロには偽ヤコブが襲い、本物のヨハネには偽ユダが襲い掛かった。しかも、現れたと思うとすぐに煙のように消え、別の角度から別の偽者が現れ襲って来る。
それは、ガープの“欺瞞の王”の能力だった。
「何なんだよこれ!?」
「襲って来るのは全部偽者だ!」
「それは、もう何となくわかったけど……!」
「取っ替え引っ替えランダムに現れるから、対応が……!」
それぞれのハーツヴンデの特徴が、近距離タイプと遠距離タイプで違う上に、ランダムに現れるため、次の攻撃の予想や見極めが難しく、攻撃を防御しきれない。
「
腕を組むガープは選手を見守る監督さながらの立ち姿で、使徒の鍛錬を静観し始めた。