ガープの“欺瞞の王”の能力により、偽者の仲間と戦うことになってしまったユダたち。偽者とわかっていても、本物と見間違う姿に全力を出し切れずにいた。
「くそっ! 戦いづらい!」
「偽物だってわかってるけど」
「ちょっと、傷付けるのためらうな!」
攻撃は放たず刃を交えるだけに留めていて、その躊躇が時間だけを消費していた。
「おい、ヨハネ! お前のハーツヴンデ、リーチあってずりぃぞ!」
「それが僕のなんだから諦めろ!」
「そういうヤコブは、バカ正直にストレートな攻撃だな!」
「んだとペトロ! せめて正々堂々って言え!」
「ユダ! 僕の足元ばかり狙わないで下さいよ!」
「でも。まず敵の足を狙った方が、倒しやすくない?」
「そこは何か言い訳して下さい!」
「ペトロくんの攻撃も、なかなか鋭いんだよね。でも反撃したくないし、どうしたらいいかな?」
「それを
おかげで、仲間同士で不満が出る始末だ。ガープはそれを、機嫌が良さそうに悠々と傍観している。
「まるで踊っているようだなぁ。見ていて愉快だぞ」
「おい! 俺ら、やつの娯楽になってるぞ!」
「オレたち、遊んでるつもりないんだけど!」
「でもみんな。
「そうですね」
「大体は」
「それじゃあ。お互いに恨みっこなしで」
偽者の仲間に翻弄されていた四人だったが、きっぱりと切り替えて反撃に転じ、それからはあっという間に偽者たちをバッサバッサと倒してしまった。
ガープは俄に驚いた。
「なんと。術が破られるとは」
「おいおい。俺たちをナメてんのか」
「私たちは、背中を預け合ってきた仲間だよ?」
「仲間の癖くらい、なんとなく把握してるよ」
「そういうことだ」
これまでの戦闘中で、お互いのハーツヴンデの特徴や扱い方の癖は見続けてきたので、隙きや弱点を知っているのは当然だ。それを聞いたガープは、「わっはっはっはっは!」と哄笑した。
「そうか、成る程。
ガープは、“武の王”の能力を再び発動させる。背後の空間が何ヶ所も渦を巻いて歪むと、その異空間から剣や槍などが現れ、ミサイルのように使徒に向かって飛んで来た。
「くそっ!」
「ぐ……っ!」
素早い回避やハーツヴンデで弾いたりと少しは防げるが、その数に対応しきれず身体にいくつも傷を負う。
(くそっ。防御ができれば……!)
「
ガープは間髪を入れず“魔術の王”の能力も発動し、青い炎でタデウスのテリトリーで覆ったアレクサンダー広場全体を覆い尽くす。
「炎の海から脱出しなければ、飲み込まれるぞ!」
炎の海から、龍の姿をした火柱が上がる。それを見たペトロはトラウマをフラッシュバックさせ、炎に包まれたクリスマスピラミッドを重ねた。
「あ……」
「ペトロくん?」
(もしかして。この炎を見てトラウマを……)
ペトロのその異変に気付いたユダは、戦闘中に関係なく手を握った。
「大丈夫だよ」
ユダに声を掛けられたペトロは、繋がれた右手から温かいものが流れ込んで来るような感じを覚え、少しずつ心を落ち着かせた。
一方でヤコブは、左腕に違和感を覚えた。嫌な予感がして袖を捲って見ると、刻まれているシモンの名前が薄くなってきていた。
(シモンの名前が……! まさか。棺の中のシモンに、何かあったのか!?)
「……無事だよな」
(タデウスじゃなくて、自分自身と戦わなきゃならないって言ってたよな。お前は、自分に負けるようなやつじゃないよな!?)
ヤコブは左腕を掴んだ。
再びトラウマと戦うことを覚悟していたシモンを信じると決めたが、刻まれた名前が急激に薄くなり、シモンが危険な状況なのではと憂慮し、胸が騒ぐ。わかっていても、何も手出しができない状況にもどさかしさを募らせ、焦燥感が燻り始める。
(わかってるけど……)
「もう、ただ信じて待つことはできねぇ!」
ヤコブは、青い炎の海を〈
「ヤコブ!?」
「ヤコブくん!」
「ぅおらっ!」
ヤコブは、ガープの頭上から斧を振り下ろす。重厚感のある金属音とともに、防御した大剣と刃が交わる。
「タデウスをやめさせろ!」
「無茶を言うな」
「お前たちゴエティアは、死徒と契約してんだろ。何を条件に契約したんだ!?」
「大した事では無い。人間の負のエネルギーの供給だ。主とは、定期的な供給を交換条件に一時的に手を組んだ。
まるで他愛ない話に興じるようなガープの余裕が、交えた武器からも漂ってくる。
「
ヨハネがヤコブの援護に回った。一直線に迫るビームのような閃光を、ガープは盾で防ぐ。
「
「
ユダとペトロも同時に斬撃を繰り出したが、壁となった炎の海で相殺される。
「ヤコブくん、無茶は危険だ!」
「けど! 名前が薄くなってんだよ!」
その言葉だけで、ユダたちはヤコブとシモンのあいだに何が起きているのかを理解し、僅かに動揺した。
「きみの焦りやもどかしさはわかる。だけど、信じるしかないんだ!」
ペトロの時に同じ感情を味わったユダは、ヤコブの気持ちが痛いほどわかる。出会って間もなく名前が薄かったせいもあり、名前が消えることを恐れた。
名前が消えるということは、バンデでなくなるだけではない。堕ちて戦う気力を失ってしまうので、使徒でもいられなくなる。それは別れと同等の意味であるために、何がなんでも阻止したいことなのだ。
「けどよ!」
しかし、どんなに繋ぎ止めたくても、今はシモンにその選択を託すしかできない。使徒でい続けたいと心の底から強く願っていることを、信じるしかない。
「私たちはガープを倒そう。できることは、それしかない」
ユダは、今は堪える時だと教えた。信じて待つのが、自分たちの役目だと。
苛立ち始めていたヤコブも無理やりそれを理解し、気持ちを少し落ち着けた。
「……わかった。こいつを倒してタデウスを焦らせて、シモンを解放させる!」
ユダたちの援護で、ヤコブはガープ攻略を試み始めた。
「
斬撃は大剣で弾き飛ばされるが、放つと同時にガープに突っ込んで行ったヤコブの〈
「気概はまだ有るようだな」
「相棒が頑張ってんのに、寝てられっかよ!」
「食らえっ!」
「はあっ!」
ヤコブとガープが交えるその両サイドから、ヨハネとユダとペトロが攻撃を仕掛ける。
ガープは片手でヤコブを相手しながら、稲光の一閃を放ったヨハネには魔術で、ユダとペトロには武器を喚び出して応戦する。ヨハネは行く手を阻まれ、ユダとペトロは足止めを食らう。
「囚われた仲間は、もうそろそろ堕ちる頃ではないかのう」
「そんな訳ないだろ。俺の相棒をナメんなよ!」
「だが。お主から、焦りと不安を感じ取れるぞ」
言われたヤコブは、眉間に皺を寄せる。
「図星か。お主も、仲間の危機を感じ取っているようだな。ならば、諦め時ではないのか!?」
「くっ!」
〈
「他人が勝手に決めんじゃねぇよ!」
三度大剣と斧が交わり、鉄同士の重厚な音が響く。
「俺は諦めねぇ。諦められねぇ。俺が諦めるってことは、シモンを見放すってことになる。それだけはぜってーしねぇ!」
「あの中は残酷な空間だと聞いているが、使徒とは言え、堪え得る物では無いと思うが?」
「そうだな。使徒の俺たちだって人間だし、身体も心も脆い。でも、ちゃんと帰って来たやつがいるってことは、一つも希望がない訳じゃないってことだ!」
「死徒は希望を抱かぬ。故に、あの中に希望は無い。抱くだけ絶望感を味わうだけだ!」
「ぐ……っ!」
ヤコブは
ガープのパワーは伊達ではない。あの身体付きに加え、複数の能力を保有する相手に、しがみ付くくらいしかできないことは十分理解している。
しかしヤコブは、膝を突きそうになるところを歯を食いしばって踏ん張り、気合いを〈
「はああっ!」
また重厚な音が響いた。気合いが注入されたぶん、音は重みが増す。
「希望はある!」
「有る筈が無い」
「希望は、シモンの中にある!」
「はっはっは! 正に人間らしい事を言う!」
「あいつのこと全然知らないくせに、馬鹿にするんじゃねぇよ!」
「馬鹿にはしておらん。希望など人間が抱く夢想だと、事実を言っている」
ユダたち三人はヤコブの援護を続けるが、武の王と魔術の王の能力に阻まれ、ガープの隙きを作ることができない。
「じゃあ、一つ教えといてやるよ。人間は、この世にないものを何でも作っちまうんだ。だから、お前が否定する希望だって自分で作り出すんだよ!」
「成る程。面白い事を言うではないか。仲間を信じておるのだな」
「信じてるに決まってんだろ!」
「其の仲間は、そんなに大事なのだな」
「そうだ。シモンは俺の大事なやつだ!」
ヤコブは、棺の中で戦うシモンに思いが届くように言った。
「お主の言う通り、神のように創造する人間ならば、希望も作り出す事も出来そうだ。しかし残念だが、仲間が出て来る時は、もう仲間では無くなっているのは確実だろう」
「そんなはずがない! シモンは強いやつだ。トラウマと向き合うって覚悟を決めたあいつを、俺は信じる。あいつは、過去の自分に負けるような弱いやつじゃない!」
ヤコブは、今出せる最大限の力を……困難を打ち砕く剛毅たる気持ちを〈
すると、注がれる力で斧が光を帯びた。
「
そして、ガープの大剣と交えたまま力を放出した。
「其の程度の攻撃を繰り返すだけでは……」
余裕のガープだったが、ヤコブの攻撃は大剣に亀裂を走らせた。「!?」ガープは大剣が折れる前に後退し、破損した大剣を手放した。その時。
「
「
「
ヨハネとペトロとユダが同時に攻撃を放った。