すっかり静まり返った街の空には、欠けた満月が浮かぶ。その側に、そっと佇むように白い星が一つ瞬いている。
音も、人の気配もなくなった夜は、不思議と二人だけの世界のように感じる。
ユダは、心を寄り添わせるように静かに耳を傾ける。ペトロは、繰り返し巡った自分の思いを伝えた。
「あれから、毎日のようにずっと考えてた。オレは、幸せを求めてもいいのか。それが許されるのか……。ユダは、オレには罪はないって言ってくれた。父さんも、人並みに幸せになってくれればいいって言ってくれた。二人のその言葉は嬉しかった。でもオレは、一度忘れようとしたものを思い出せなくて、何をどう選び取ればいいのかわからなくなってた。だから、オレにとっての幸せが何だったのか、それを探した」
焼け落ちて灰となった山の中に埋もれてしまったものを、ペトロは掻き分けて探し続けた。きっと、そこにあるはずだと信じて。
「前のオレは、家族がいれば特別なものはいらなかった。家族が一番大切で、家族がいれば幸せだったんだ。だけど、もう家族はいない。じゃあ、今のオレにとって一番大切なものって何だろう……。考えても、簡単にはわからなかった。強情な意志が、隠そうとしてたんだ。でも本当は、答えを探す前からわかってたんだ。オレの心が、何を必要としてるのか。それでも、選び取りたいのに手を伸ばすのを迷った。だけどようやく、自分が求めてるものがほしいって思えるようになった。オレの素直な気持ちが、見えるようになった……」
ペトロは、ユダの方を真っ直ぐ向いた。
「オレは……ユダが好き」
思いを告げたペトロの碧眼から、一筋の涙が流れた。
灰の中から見つけたものが、願望を解氷する最後の一欠片だった。それは、願いへと導くように眩しく輝く、小さなダイヤモンド。
「今のオレが一番大切なのは、心を救ってくれたユダなんだ。普通に話してるだけでも心が温かくなるし、微笑んでくれると心が満たされたような気持ちになって、側にいると安心するんだ……。オレの心は前に進みたがってる。自分が選ぶ道を歩きたいって言ってる。でもユダがいてくれれば、オレはオレが歩みたい人生を選べる気がする。だから、ユダに側にいてほしい。オレが幸せになっていい場所になってほしい」
思いを告げるたびに、揺れる碧眼から絶えず涙が流れた。その涙が何の涙なのか、ペトロの気持ちが汲み取るようにわかるユダは、手を握った。
「焦らなくていいんだよ? バンデのことを気にしたり、無理に選ぼうとしなくていい。私は、まだ待てるから」
ペトロは首を横に振る。
「ううん。バンデのこととか関係ない。もう、強がりたくないんだ。ユダに出会って、人からの優しさが恋しくなって、強がったり我慢するのが辛いことだって、ようやくわかったんだ……。オレはもう、一人じゃ立っていられない。誰かに寄り添ってもらわないと、歩けない」
「ペトロくん……」
「だからオレはもう、自分の素直な気持ちから目を逸らさない。オレは、大切な人と一緒にいたい。笑って毎日を過ごしたい。優しく抱き締められたい……。愛されたい」
「……っ」
ユダは、衝動的にペトロを抱き締めた。
顕になった心の底から溢れ出る願いは、言葉だけでなくその眼差しからも、葛藤と悲しみと願望が入り混じっていることが覗い知れた。
自分に呪いを掛けてまで抑え込んでいたものを選ぶことが、ペトロにとってどれだけ辛いものだったか。側で見守り続けてきたユダには、その選択の重さが自分のことのように感じ取れた。
「ユダ……。オレを愛して」
抱き締められるペトロは、解氷された願望の声を言葉にした。
二人は見つめ合う。ペトロの涙を、ユダは親指で拭った。
「私がどれだけ待ってたか、知ってる?」
「長いのは知ってる」
「手以外に触れるの、ずっと我慢してたんだよ」
「うん。なんとなく気付いてた」
返事を待ってくれているあいだも、ユダはずっと優しく接し、熱い視線を送っても決してペトロを焦らせることなく、一番にその意志を尊重してくれていた。
その真っ直ぐな温かさにペトロはようやく手を伸ばし、指を絡める。
「後悔しない?」
「しない」
「一度味を占めたら、解放してあげられないよ?」
ユダは、熱を帯びた眼差しを落とす。その熱が、ペトロの胸の鼓動を激しく打ち鳴らした。絡む視線からは、もう逃げられない。
「うん。いいよ」
二人は、唇を重ねた。
一度目は優しく触れ、二度目は熱く交わした。
すっかり静まり返った街の空には、欠けた満月が浮かぶ。迷いから抜け、願いのままに進む選択をした道を、照らし導く。
この夜。二人は、内に秘めていた互いの熱を、初めて知った。