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第3話 彼の知らないところ



 ある日の午後。デリバリーのアルバイト中に悪魔出現の気配を感じたペトロは、電動キックボードを走らせていた。だが、移動手段を後悔していた。


「お店の前にキックボード置いて来た方が、早かったな」


 気配を感じる場所は、回っていた区域から離れていた。現在、ヤコブは丁度オーディション中で抜けられず、ヨハネも事務所にいるのでペトロが向かっているのだが、使徒の身体能力で向かった方が早かったと、現場まで半分ほど来たところで気付いた。

 そのまま走らせ到着したのは、ミッテ区の北。クラシック建築の旧集合住宅アルトバウと、近代に建てられた集合住宅ノイバウ、赤レンガの歴史的建造物が建ち並ぶ通りだ。周辺には図書館や博物館もある。

 ペトロが到着するとすでに戦闘領域レギオン・シュラハトが展開されていて、ユダと学校帰りのシモンが戦っていた。


「ごめん、遅れた!」

「始まったばかりだから、大丈夫だよ」

「ペトロ、電動キックボードでどこから来たの?」


 祝福の光雨リヒトリーゲン・ジーゲンを放ちながらシモンが訊いた。


「今日は、シャルロッテンブルク」

「どこかに置いて来た方が、早かったんじゃない?」

「さっき、自分でも思った」


「オ&¥µッ!」気を逸らしていると悪魔が突っ込んで来て、三人は後退した。直後に、鋭い爪で地面がゴリッ! と抉られる。


「じゃあ、ペトロも来たし。ボク潜入インフィルトラツィオンするよ」

「遅刻したから、オレ行くよ」


 ペトロとシモンは自分が自分がとお互いに言い、芸人みたいなやり取りをする。そんな二人を見兼ねたユダは提案する。


「それじゃあ。二人でじゃんけんして決めなよ」

「だったら三人でだろ。何でお前が入ってないんだよ、ユダ」

「私は諸事情があって」

「何だよ、諸事情って。ていうか。オレが見てる限り、お前一度も潜入インフィルトラツィオンしてないだろ」


 そう。実はユダは、ペトロの前で一度も潜入インフィルトラツィオンをしていなかった。途中からそれに気付いていて、内心ではずっと不思議に思っていたが、その事情を一度も訊いていなかった。


「リーダーらしく、たまにはお前が行ったら?」

「行きたいのは山々なんだけどね……」


 困った様子のユダは、眉をハの字にする。ちょっとユダが言いづらそうなので、シモンが代わりに教える。


「ペトロ。ユダは

「え? ? しないんじゃなくて?」

「実はそうなんだよ。だから毎回、みんなにやってもらってるんだ」


 そう言ったユダは、心底困っていた。

 できないと知ったヨハネたちは、ユダのぶんもこなすことに不満は漏らしていないが、リーダーと言いつつ使徒として最も重要な仕事をできていないのが、ユダは後ろめたく感じていた。


「じゃあ、そっちはよろしく」


 ペトロとじゃんけんをして勝ったシモンは、潜入インフィルトラツィオンを開始した。


「なぁ、ユダ。何で……」

「来るよ!」


 ペトロはできない原因を訊こうとしたが、悪魔の攻撃に遮られる。


「挟み込もう!」

「わかった!」


「%@ギ¢ッ!」悪魔は鋭い爪で空を裂く。二人が避けると、恐竜が引っ掻いたような爪痕がコンクリートに刻まれる。


天の罰雷ドンナー・ヒンメル!」

祝福の光雨リヒトリーゲン・ジーゲン!」


「グァ§≮εッ!」悪魔は、雷と光の弾丸を食らっても空を裂く。二人がそれを回避するたびに、建物や道路に深い爪痕が増えていく。

 ペトロは地下水が通るパイプの上を走り、別方向から悪魔を捉えようとする。


(何でユダは、深層潜入ができないんだろう……。オレたちは、憑依された人と似た者同士だから潜入インフィルトラツィオンができる。重いトラウマがあるから使徒にも選ばれてるし、それを元にしたハーツヴンデだって出せるのに……)


 ペトロの動きに気付いた悪魔がパイプが寸断すると、切り口から水が吹き出した。足場を断たれたペトロは、宙返りして地面に降りた。

 ユダも死角からの攻撃を狙い街灯に飛び乗るが、悪魔はそれも感知し、街頭の鉄の支柱を切断した。傾き体勢を崩されながらも、ユダは空中で身体を翻し攻撃する。


闇世への帰標ベスターフン・ニヒツ!」

「グ∂∌ゥッ!」

赫灼の浄泉クヴェレ・ブレンデン!」

「ギァ#¿≮!」


 ユダのあとにすかさずペトロが攻撃し、連続で直撃を食らった悪魔は一瞬動きが停止した。

 その僅かな隙きを見逃さなかったユダは十字の楔カイル・クロイツェスで拘束し、悪魔は完全に動かなくなった。


「チョロかったな」

「潜伏期間が短かったのかな。きっとシモンくんも、もうすぐ戻って来るね」


 メガネを掛け直しワイシャツの汚れを払うユダを、ペトロは横目で見る。


(オレからは、フィリポとの戦いもあったからいろいろ話したけど、ユダのことは全然知らない。記憶喪失でここ一年半くらいのことしか覚えてなくて、話せることも少ないから仕方がないんだけど……)


 記憶喪失という背景から、遠慮してあまりズカズカ入り込まずにいたが、仲間になって数ヶ月、バンデとなり恋人にもなったユダのことをほとんど知らないのはおかしいな、とペトロは思う。

 ユダは、見られていることに気付いて振り向いた。


「どうかした?」

「ううん」


 潜入インフィルトラツィオンをできない原因は気になるが、ユダ自身も気にしているようだし……とペトロは配慮しかけた。しかし、ここでまた遠慮したら訊けずじまいになってしまいそうだったので、様子を覗いながら尋ねた。


「あのさ。潜入インフィルトラツィオンできないって言ったじゃん。最初からできなかったの?」

「そうなんだよ。潜入はいろうとしたら、

「弾かれた?」

「何度かトライしてみたけど、やっぱりできなくて……」

「できないのって、記憶喪失は関係あるのかな」

「どうなんだろうね。私も原因がわからなくて、困ってるんだよ。みんなにばかり負担をかけさせる訳にはいかないから、どうにかしたいんだけど……」


 心底困っているユダは、また眉をハの字にした。

 拘束された悪魔は元気を取り戻し、十字架から脱しようと足掻いていた。だがそれは、無駄な足掻きだ。力を振絞ろうとも、逃れることはできない。


「念のために、確認してもいいか?」

「何を?」

「ユダって、使徒だよな?」

「使徒だよ! みんなと同じ力を持ってるし、ハーツヴンデも出せるよ!?」


 疑われたユダはちょっとショックを受けた。


「だよな。変なこと言ってごめん」

(そうだよな。使徒だから、バンデにもなれたんだし……)


 使徒である条件を満たしているのに、それで使徒じゃないなんてことはあり得ないと、ペトロは間違って生まれた疑念を取り払った。


「二人とも。もう大丈夫だよー」


 拘束した悪魔を放ったらかしにして、しばし戦闘モードを切っていたら、シモンが潜入インフィルトラツィオンから戻って来た。

 ユダとペトロは速やかにハーツヴンデを出し、パパッと祓魔エクソルツィエレンして戦闘は終わった。

 戦闘領域レギオン・シュラハトが解除されると、恒例のファンサービスタイムが始まった。握手や写真撮影に応じていると、SNSで「仕事争奪ショート動画いいね対決」を知った人が投票をしたと報告してくれた。


「事務所のSNS見ました。私、ペトロさんの動画にいいねしました!」

「あたしも。友達にも教えて、みんな広めてくれてます!」

「俺はヤコブの方にいいねしたよ」

「わたしも。ダンスかっこいいんだもん!」

「でも、ペトロくんのぶきっちょなダンスもかわいいよ」


 フォロワーのあいだでは、対決のことはだいぶ知られていた。フォロワーではない人はそれを知らないらしく、周りの盛り上がりにぽかんとする。


「え? 使徒のダンス動画って何?」

「これよ。いいねの数で、どっちが仕事を取るか決めるんですって」

「ヤコブに一票入れよ」

「じゃあ、僕もヤコブに」


 教えられるとすぐに動画を観て、その場で知った人にもダンス動画が広まっていった。


「二人も反応見てる? 今のところ、いい勝負だよ」


 シモンがくだんの投稿を見せると、ペトロもヤコブも「いいね」の数は現在いい勝負となっている。


「シモンはヤコブに入れたのか?」

「もちろんだよ。ユダはペトロに入れたでしょ?」

「愚問だよシモンくん。何なら一票じゃ足りないし、ここにいる人全員を操ってペトロにいいねさせたいくらいだよ」

「それはやり過ぎだから。本当、お前が社長でいいのか時々疑問に思うよ」


 言動がブレーキを踏ませないといけないと思うことは時々あるが、それが自分への一途で深い愛情故だと思うと、ペトロは嬉しさで胸がキュッとなる。


(ユダのことは知らないことが多いけど、オレへの気持ちに全くブレがないっていうのは、付き合い始めて身に沁みるほどわかった。だからオレもユダのこともっと知って、同じくらいの気持ちを返していきたい……)




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