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第6話 パフォーマンス



 数日後。迫る夏でより眩しくなってきた日差しが、フロントガラスを突き破ってくる午後。ユダはペトロを乗せ、アレクサンダー広場を背に車を走らせていた。

 今日は、「仕事争奪ショート動画いいね対決」で勝ち取ったスキンケア商品の広告の打ち合わせがあり、その帰り道だ。


「いやぁ。熱がすごかったね」

「本当だよ。気のせいじゃなくて、絶対外より暑かった」


 二人がしているのは、打ち合わせで訪れた化粧品メーカーの室温の話ではなく、打ち合わせをした宣伝担当者の話だ。

 今回ペトロの起用を心から望んでいた担当の女性社員は、対面した瞬間に熱烈な握手とハグをペトロにプレゼントした。

 打ち合わせでは、炭酸水の広告を見て肌の美しさに目を奪われたという話から始まり、スキンケアは何を使っているのか、日頃気をつけていることは何か、一年中日焼け止めクリームは塗っているのかなどなど、三十分ほど質問攻めに合った。

 おかげで、熱中症になりかけかと疑うほどのヘロヘロ具合になったのは、言うまでもない。


「メールだと、ペトロかヤコブくんで迷ってるって話だったけど、本心が丸わかりだったね」

「本当にすごかった。フィッシャーさんのこと思い出したよ」

「確かに。でも、フィッシャーさんの方が圧があったよね」

「あの人も、なかなかのマシンガントークだからな」


 ペトロはテイクアウトしたアイスカフェラテを啜り、彼女は今日もあの熱量で仕事をしているんだろうかと思いを馳せた。


「あの早口は真似できないね……。何にしろ、一緒に仕事ができることを喜んでもらえてよかったよ」

「ユダも嬉しそうだしな」

「そりゃあ、もちろん。ペトロがベタ褒めされたんだもん」


 これも言わずもがなだが、ユダとフィッシャー氏の掛け合いを彷彿とさせたことも、ただの打ち合わせでペトロが疲労した原因である。


「最初から思ってたけど、ペトロは女性の肌みたいにキレイだよね。それで何もスキンケアしてないのは嘘だよ」

「宣伝担当と同じこと言うなよ」

「でも事実じゃない。ペトロは何もしなくても、全身キレイだよ」

「今、全身褒めるところじゃない」


 バックミラー越しに微笑むユダと視線が合ったペトロは、羞恥してちょっと赤くなった。そのまま大人の会話になる前に、もらってきた紙袋の中身の話題に変える。


「ていうか。サンプルもらえたりするんだな」


 ペトロの脇には、今回宣伝するスキンケア商品のサンプル一式が入った紙袋があった。撮影当日まで使ってほしいと渡され、今日から二週間使い続けてから撮影に挑むことになる。


「宣伝する本人が効果を知らないと、説得力がないからね」

「これを二週間、朝と夜必ずか。スキンケアしたことないから、ちょっと面倒臭そう……」

「これも仕事だよ。なんだったら、私が塗るの手伝おうか?」

「変なとこまで塗られそうだからいい」


 一緒にシャワーを浴びたときのことを思い出して、断った。遠慮しなくてもいいのにと、ユダは少々残念がる。


「それじゃあ。その代わりじゃないけど、平日サービスでちょっとデートしようか」

「いいのか? 今、ヨハネたち戦闘してるけど」

「三人行ってるし、私たちがいなくても大丈夫だよ」

「そうだな。じゃあ、このままドライブしよ。行き先はユダに任せる」

「お任せください」


 ユダのアテンドで車を西へ走らせ、二人はしばしデートを楽しむことにした。




 その頃ヤコブたちは、住宅街で悪魔と戦闘状態にあった。出現時は病院がすぐ側だったので、そこから悪魔を交差点まで誘導し、戦闘領域レギオン・シュラハトを限定して戦闘を開始した。

 現在ヨハネが潜入インフィルトラツィオンし、ヤコブとシモンが戦っている。


祝福の光雨リヒトリーゲン・ジーゲン!」

天の罰雷ドンナー・ヒンメル!」

「ギ∌¿@ッ!」


 光の弾丸と雷を浴びながらも二人と間合いを取った悪魔は、念力のような力で道路の両側に列を成して停まっていた車を浮き上がらせ、二人に向けて投げ飛ばした。


防御フェアヴァイガン!」


 シモンは防壁で防ぐが、普通乗用車なのに大型トラックが突っ込んで来たくらいの衝撃が身体に伝わってきた。

 続けて二台目が飛んで来てシモンは再び防御しようとしたが、状況判断したヤコブが身体を抱えて退避させた。


「ヤコブ!?」

「たぶんあれは防御しきれない。めんどくせぇけど、一台ずつぶっ壊すぞ」

「どうせ原状回復できるしね」


 また一台飛んで来て二人は回避する。地面と衝突した車は、衝撃音と同時に前方がぺしゃんこになった。悪魔の力で加速度が上げられたことで起きる衝突時の車への衝撃は、ペットボトルが潰されるのと同等だ。

 回避した二人は二手に別れ、車の破壊を開始する。


闇世への帰標ベスターフン・ニヒツ!」


 光の玉を二つずつ出現させ、リアルシューティングゲームさながら飛んで来る車を光線で射貫いていく。


「これ、結構地道だね」

「あいつ、ここら辺にある車全部使うつもりじゃねぇよな」

「もしも領域内に停まってるの全部だとしたら……三〜四十台くらいかな」

「提案しておきながらなんだけど、クッソ面倒くせぇ! やっぱペトロに負けたの悔しいわ。きっと、超絶ウエルカムで褒めちぎられてるんだろうな!」


 悔しさを思い出すヤコブは、強めの光線を放って高級車を破壊した。


「ヤコブってプライド高めな上に、承認欲求も強めだった?」

「そういうわけじゃねぇけど、褒められた方がパフォーマンスも上がるだろ」

「確かに。モチベーション上げるの上手いカメラマンさんとかいると、ノリノリになるもんね」

「ここにも、そういう上げ上手がいればなぁ。面倒臭いゲージ50%オーバーでも、パフォーマンス上がるんだけどなぁ」

「じゃあ、ボクが言ってあげようか? ヤコブのいいところいっぱい知ってるし、パフォーマンス上げられるかも」

「マジで? よろしく頼むわ」


 車は前からでなく、横からも投げられて来る。しかし、この程度なら片手間に対処できるので、シモンは車を破壊しつつヤコブのいいところを挙げていく。


「言葉遣いがたまに乱暴だけど、本当は優しくして仲間思い」

「うんうん」

「男気があって付いて行きたくなる」

「遠慮なく付いて来いよ」

「黒髪が結構好き」

「いいよ、いいよ!」

「私服がおしゃれ」

「そこ大事な!」

「ダメージジーンズがめちゃくちゃ似合う」

「あとは?」

「バイト先の制服も似合い過ぎ」

「普段とのギャップがないとな!」

「何より、ボクを大切にしてくれるところが一番好き!」


 結構序盤からシモンが好きなところを並べただけになったが、十分にヤコブのモチベーションが上がった。


「よっしゃあ! 俺に任せろ!」


 やる気スイッチが入ったヤコブは、投げられた車を一台破壊した直後に悪魔に突っ込んで行く。接近するあいだも車は弾丸のように飛んで来るが、素早い回避で物ともしない。


「¥§ア#µ!」


 ヤコブが目障りに思った悪魔は、一気に四台まとめて操った。前方と左右から一斉に投げられるが、シモンが闇世への帰標ベスターフン・ニヒツで全て破壊した。

 そのどさくさでヤコブが一瞬見えなくなり、悪魔は姿を探すが、消えたヤコブは悪魔のすぐ右側の草木から飛び出して来た。


御使いの抱擁ウムアームン・エンゲル!」


「ギ∂¢≮ッ!」悪魔は光の爆発をまともに食らい、ヤコブはガッツポーズする。


「どうだ! 俺のパフォーマンスが上がれば、こんなもんだぜ!」

「ただの惚気だと思うけどな」


 ガッツポーズするヤコブの後ろから、気力を減退させているヨハネが言った。


「ヨハネ。潜入インフィルトラツィオンからいつ戻って来たの?」

「さっき。シモンがヤコブのパフォーマンスを上げてる時には」

「だったら見てないで加勢しろよ」

「お前のパフォーマンスが上がったおかげで、あとは仕上げるだけみたいだな。あとはお二人に任せるよ」


 ヤコブとシモンのイチャイチャを見たおかげで、ヨハネのパフォーマンスが落ちていた。

 戦闘は、ヤコブとシモンの祓魔エクソルツィエレンでつつがなく終了した。


「戦闘に余裕が出るのはいいけど、イチャつくのは遠慮してもらえるか? ぼっちの現実を思い出すから」

「ごめんね、ヨハネ」


 ヤコブは休みでシモンも学校帰りだったので、三人は一緒に帰った。

 誰もいない事務所に戻ったヨハネは、溜め息をつきながらデスクに座る。


「僕はもう、使徒と仕事にこの身を捧げるべきなのかな。色恋にうつつを抜かす前に、自分のやるべきことに真剣に向き合えってことなのかな……」


 ヨハネはまだユダへの気持ちを断ち切れず、片思いに悩み続けているようだ。


「でもさ。恋愛うんぬんは置いといて、ヨハネのバンデになる相手はどうなるんだろうね。一人だけあぶれることになるけど」

「これから僕は、誰にも頼れず孤独に戦っていくのか……」


 恋も実らず、大事なバンデも現れずで、ヨハネはこのままでは、公私でおひとりさままっしぐらとなってしまう。ヤコブとシモンも、それはちょっと心配だ。


「女々しいの上等とは言ったけどよ、どっちを選ぶにしろ、きっちり気持ちは決めろよ……。で。今日こそ、俺指名でオファーは来てないのかよ」

「ヤコブのそのメリハリは、充実してる余裕なんだろうな」


 傷心中なのに全然相手にしてくれないので、ヨハネはちょっと嫌味ったらしく言ってみたが、ヤコブは気にも止めていない。

 ヨハネはメールを開いた。いくつか新着メールが来ていたが、その中に一通、今までになかった件名のメールが来ていた。開いて一読すると、初めてのパターンの仕事オファーだった。


「あった。ヤコブを指名したオファー」

「マジで!?」

「どんな仕事なの?」

「インディーズバンドのMV出演だ」




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