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第14話 声なき者たち



 ビフロンスが集めたのが眷属ではなく亡霊と知り、一度はその口車に躊躇した四人だったが、ユダの判断で使徒の力を使うことを選択した。亡霊を相手にするのは初めてだったが、力は効果を見せている。


「使徒の力が効いてよかったな」

「亡霊が悪魔と同じ属性なら、というユダの推測通りでしたね」

「ただ。操られているだけで悪魔ほど害意はないから、やり過ぎは注意かもしれないけど」

「声にならない声が、呻き声として聞こえるしね」


 亡霊は、消える瞬間に呻き声を上げている。四人で同時進行で浄化しているので前後左右から聞こえ、360°全方向型ホーンテッドハウス内にいる気分だ。


「おかげで、僕はちょっとやりづらい」

「オレは意外と大丈夫」

「ボクも」


 不快で若干顔をしかめるヨハネと違い、ペトロとシモンは平気そうにしている。


「逞しくなったな、二人とも」

「二人は、トラウマに免疫がついたからかな。私も大丈夫だけど、トラウマがなんなのか知らないから」

「羨ましいです。僕も早くそっち側に行きたいな!」


 赫灼の浄泉クヴェレ・ブレンデンを放ち、ヨハネは傀儡かいらい亡霊を数体まとめて浄化した。浄化したぶんだけの呻き声がまた耳から侵入し、ヨハネはまた顔をしかめる。


(仕方がないとは言え、あまり気持ちいいものじゃないな……)

「成る程。れが、皆様の選択と言う訳ですね。承知致しました。でしたら私奴わたくしめも、己の戦術を貫かせて頂きます」


 ビフロンスは新しい宝石を砕き、傀儡亡霊の数を倍に増やした。広場の半分が、半透明の黒い物体に占領される。


「声無き者達の叫びを其の耳にこびり付かせ、一生離れないようにして差し上げましょう」


 笑みを湛えるビフロンスは手を前に振り、亡霊たちに前進を指示する。倍増した亡霊たちに後退させられつつも、四人は手を緩めず攻撃を続ける。


「辟易しそうなのに勘弁してくれ!」

「頑張ってヨハネ。使徒の意地の見せ所だよ」

「改めて言っておくけど、僕は棺の未経験者だからな!」

「だけど、ヨハネくんが戦線離脱になるのは避けたいね。私たちも、亡霊の呻き声が心に全く刺さらないほど無慈悲でもないし」


 そう。トラウマに免疫が付いたりしていると言っても、日頃の活動のおかげで干渉は受けやすく、精神的に不調にならないわけではない。


「どうするって言うんだよ、ユダ」

「亡霊の声を耳にこびり付かせず、使徒的にもう少し罪悪感を軽減できる方法」


 ユダのヒントで、ペトロは使徒的に罪悪感を軽減できる浄化方法に気付く。


「そうか。宝石!」

「そう。傀儡亡霊の核になっているであろう宝石を、ピンポイントで狙えれば……」

「でも、どうやって」

「シモンくんのハーツヴンデなら、それができるよね」


 今は攻撃タイプを選ばず、とにかく亡霊を浄化する方法で戦っているが、そのせいで呻き声が余計に聞こえてしまっている。しかし、核となっている宝石を壊す方法ならば、亡霊も強制浄化に苦しまず四人の心も傷まない。というユダの作戦だ。


「やろうと思えばできるけど」

「ですが、シモンだけでは負担が……」

「それプラス、祝福の光雨リヒトリーゲン・ジーゲンをコントロールして狙うんだ」


 天の罰雷ドンナー・ヒンメルでは狙いを定めるのは少し難しい。闇世への帰標ベスターフン・ニヒツは威力の調整に神経を使うし、少数ずつしか狙えない。だが祝福の光雨リヒトリーゲン・ジーゲンなら、比較的コントロールがしやすいとユダは考えた。


「でもさ。それ結構、高等技術じゃないか?」

「かもしれないけど、できるよ。たぶん」

「笑顔で、無責任なこと言わないでください」


 傀儡亡霊は、じわりじわりと四人を追い込んでいく。他の手段を探る前に、現状打破の優先は明らかだ。


「まぁ、ひとまず。リーダーがそう言うなら、やってみるか」

「そうだな」

「それじゃあ、みんな。協力よろしく。

 心具象出ヴァッフェ・ダーシュテーレン!」


 シモンはハーツヴンデの弓矢〈恐怯フルヒト〉を具現化させた。そして弦を引き、現れた光の矢の先を上空に向ける。


泡沫覆う惣闇ホフノン・星芒射すリヒトシャイネン!」


 空に向かって放たれた矢は頂点まで飛ぶと、放物線を描いて落下を始めると同時に十本以上に分裂し、傀儡亡霊の核の宝石を繊細に撃ち抜いた。「ア∀≮σァ……!」核をなくした亡霊たちは浄化され、消滅する。


祝福の光雨リヒトリーゲン・ジーゲン!」


 そしてユダたち三人は、光の弾丸を降らせる。コントロールをしても多少は亡霊の半透明の身体を貫通してしまうが、核を撃ち抜くことに成功した。

 この作戦が功を奏し、傀儡亡霊は半分以下となったが、ビフロンスはまだ余裕綽々だ。


「宝石が核だと見抜かれてしまいましたね。流石で御座います。ですが、私奴の手駒はまだまだ尽きませんよ」


 ビフロンスは再度、宝石を核にして傀儡亡霊を作り出した。せっかく半数以上を浄化したというのに、振り出しに戻ってしまう。


「やっぱり、亡霊を喚び出す術者のビフロンスを倒さないといけませんね」

「結局はそうなんだよね」


 するとシモンが、攻撃の合間にユダにある提案をする。


「ユダ。亡霊の人形はボクとヨハネでどうにかするから、ユダはペトロとビフロンスを倒して」

「二人だけで大丈夫か?」


 ペトロは懸念を表すが、シモンにはそれ相応の理由があった。


「四人で延々と、地道に浄化するわけにもいかないでしょ。だからビフロンスは、バンデの二人に任せた方が状況も変わるはずだよ」

「シモンの言う通りです。似たような戦況は経験してるし、どうにかなります」


 ヨハネも、攻撃しながらシモンの提案に賛成した。

 何十体といるこの数を二人だけに任せると思うと少々案じてしまうが、過去の消耗戦を堪え抜いた経験のある二人なら大丈夫だと、ユダとペトロは信じることにした。


「そうだね。ここは、ヨハネくんとシモンくんに任せよう」

「わかった。やつはオレたちに任せとけ」

「頼む。僕が道を作るから行ってくれ! ───冀う縁の残心エントゥウィクレン皓々拓くゼルプスト!」


 槍のハーツヴンデ〈苛念ゲクイエルト〉が放った光線で傀儡亡霊がひと塊消え、道が開かれた。ユダとペトロはそこを突き抜けようと、亡霊の群れの中に飛び込んで行った。


れはいけませんね」


 ビフロンスが手を前に出すと、嵌めている指輪の宝石が光り出した。すると、二人の周囲にいた亡霊たちが一斉に飛び掛かり、しがみ付かれたユダとペトロは動きを封じられてしまう。


「ユダ! ペトロ!」

「くそっ!」

(振り解けない!?)


 重量は感じないのに、まるで全身が頑丈な鎖に絡まれたように身体の自由が利かない。


「どうか、声無き者を見捨ててやらないで頂けませんか。見向きをされていないと、彼等は悲しんでしまいます」

「二人を助けないと!」


 シモンは光の矢を放とうと構えるが、傀儡亡霊に妨げられ狙いを定められない。


「くそっ。なんで動けないんだ!?」


「∀ア≮σァ……」傀儡亡霊が呻き声を上げる。その頭部に顔はない。しかし、不思議と表情があるように錯覚してしまう。それは、棺の中で会った幻覚に似ていた。


「……っ」


 棺の中に現れた人々が周りにいるような感覚に襲われ、干渉を受けるペトロは次第に気分が悪くなってくる。

 ペトロが辛そうな表情を滲ませ、ユダは精神状態を懸念する。


(トラウマとは関係なくても、接触で亡霊の邪気がじわじわと精神を蝕んでいくのか。早く脱出しないと……!)




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