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第20話 融合



 週末になり、シモンにデートに誘われたヤコブは映画を観に行った。

 観終わった二人は、映画館の目の前のショッピングモールをふらふらと歩いていた。けれど、シモンはちょっと機嫌を損ねていた。


「ヤコブ、映画に全然集中してなかったでしょ」

「集中してたって」

「本当にー? ボクがチラッと見た時、観てる振りしてぼーっとしてるように見えたけど」

「そんなことねぇよ。観てた、観てた」

「えー? 疑わしいなぁー……」


 久し振りのデートに気を抜いている疑惑に、シモンはジト目を向ける。


「じゃあ問題です」

「問題?」

「ヒロインを助け出したヒーローが彼女を逃がす時、何て言ったでしょう?」

「え? えーっと……」


 ヤコブは思い出そうと、脳から最新の記憶を呼び出す。だが、冒頭のヴィランの不敵な笑みと、ハンバーガー屋でケンカをする主人公カップル。あとは、主人公とヴィランの激しい戦いを漠然と覚えているだけで、台詞なんて一言も思い出せない。


「『必ず帰るから信じて待ってろ』?」

「ブッブー!」


 当てずっぽうで言ってみたが、大ハズレだった。


「そんな無難な台詞じゃないよ。正解は、『帰ったら、オレの好物の特製チェリーパイ焼いてくれ。お前の愛という隠し味のな』だよ。ほら。やっぱり観てなかった」

「ごめん……」

「気分転換にって誘ったのに」

「本当にごめんて」


 口を尖らせるシモンに申し訳なくて、ヤコブはヘコんだ。

 だがシモンも、本当に機嫌が悪くなったわけではない。デートを台無しにしたことを本気で気にするヤコブを心配する。


「アレンさんと話したのに、まだスッキリしないの?」


 アレンに言えていなかったことを打ち明けることができ、後悔はしていないと言っていた。しかし、ヤコブの中では何一つ進歩をしていない表情だった。


「まだ何か気になってる? ヤコブの心に、他に何が引っ掛かってるの?」


 シモンが尋ねると、後ろめたいヤコブは目を伏せた。


「実は……。一つ、言えてないことがあるんだ」

「直接関係すること?」

「ああ」

「それを言えなかったから、まだ引き摺ってるんだね。それなら、ボクが聞いてあげるよ。ヤコブの気持ちを、ちゃんと汲み取ってあげられないかもしれないけど」

「そんなことねぇよ」

「でもこの前は、独り善がりなこと言っちゃったし」


 自分が望まない選択をしようとしていたのが納得できないからといって、ヤコブの胸中を推し量ろうとせず、手前勝手に押し付けてしまったことをシモンは反省していた。

 そんな素直なシモンの頭を、ヤコブはポンポンと撫でた。


「いや。嬉しかったよ」


 あの時のシモンの言葉は、ヤコブの心に響いていた。年下なのにこんなに頼りになるバンデに出会えてよかったと、心の底から思っている。

 ヤコブが元気がないなりに微笑んでくれて、シモンは少しホッとした。


「じゃあ、ごはん食べながらでもいい? お腹空いちゃった」

「そうだな。フードコートにでも……」


 腰を据えられる場所を探そうとした。ところが、タイミング悪く死徒の気配が邪魔をした。


「来たか」


 二人はデートを中断して東の方へ向かい、約束の地であるジャンダルメンマルクトを目指した。




 到着したと同時にユダたちとも合流したが、今回もまた既にテリトリーが展開され、憎悪のバルトロマイバルトロマイ・デア・ハスが待ち構えていた。

 バルトロマイはヤコブの姿を捉えると、仇のように紫色の眼光を向ける。


「ご丁寧に、前回と同じ場所を指定か」

「お前が、正確に我との約束を思い出せるようにな」

「心配しなくても忘れてなかったよ。俺はいつでもいいぜ」


 バルトロマイとの再戦の時を覚悟の心持ちで待っていたヤコブは、再び棺の中での戦いになることに動じていない。


「ヤコブ」


 シモンは、ヤコブを案じて手を握った。また独り善がりな気持ちを言いたくなるのを、ぐっと堪える。


「俺の決着をつけてくる。どうなったとしても、戻って来たら笑顔で迎えてくれ」


 微笑したヤコブは、シモンの手を離した。


「やろうぜ」

「己の結末を見据えているような、良い表情だ……。ビフロンス。他は任せる」


 地面に紋章シジルが現れ、いやらしい微笑みを湛えたビフロンスが召喚された。


「御任せ下さい。主殿」

因蒙の棺ザーク・レミニスツェンツ!」


 バルトロマイは、ここに入れと命じるようにヤコブの目の前に黒い沼を出現させた。ヤコブは固い表情で沼に足を踏み入れると、その姿はまたたく間に飲み込まれた。


「ヤコブ……」

「大丈夫か、シモン」


 ペトロは、憂うシモンを心配する。


「うん。ボクは、ボクのやるべきことに集中するよ」


 ヤコブは、自身の戦いに身を投じた。ならばシモンは、彼が戻って来ることを信じる戦いをするしかない。

 シモンは気持ちを抑えて、ビフロンスに意識を向けた。


「皆様、準備は宜しいでしょうか。れでは、此方こちらも始めさせて頂きましょう───我が眷属達! 貴方々の出番です!」


 そう言うと、地面から数え切れない数の黒い煙がモクモクと吹き出し、武装した悪魔の形を成した。その数は百体以上。その胸には宝石が埋まっている。


「胸に宝石が!」

「また亡霊を……」

「いえいえ。今回は趣向を凝らし、眷属達に亡霊を取り憑かせてみました」

「悪魔に亡霊を!?」

「我ながら、中々の傑作が出来上がったと自負しておりますが、使徒の皆様から御覧になって如何いかがでしょうか」

「そうだね。前回に増して趣味が悪いよ」


 自信満々に新商品を紹介する営業マンぽくアピールするビフロンス。その悪魔らしい趣味の悪さに、ユダたち四人は不快を露にする。


「其れは良かった! 御満足して頂けて、私奴わたくしめも胸を撫で下ろせます」

「だけどこれ、どっちの方法で戦えばいいんでしょうか」

「それは、やってみないことにはわからないかな」


 悪魔を倒すつもりで戦えばいいのか、それとも、前回同様に亡霊の浄化を優先するべきか。悩むところだ。


「前回が不完全燃焼だったので、存分にやらせて頂きます!」


 融合悪魔が使徒に進行を開始し、四人はユダの判断で、ひとまずは前回と同じ核となっている宝石を狙う戦法で戦い始めた。


祝福の光雨リヒトリーゲン・ジーゲン!」


 各自、祝福の光雨リヒトリーゲン・ジーゲンで光の弾丸を降らして宝石を狙う。しかし、命中する個体はいるが、融合悪魔たちは剣や盾を使って防御した。


「防がれた!」


 何度か同じ攻撃を繰り返すが、命中率は低い。ビフロンスに教え込まれているのか、融合悪魔たちは胸だけは必ず守った。


「くそっ。思い通りに命中しない!」

「皆様が宝石を狙って来るのは、想定済みです。さあ。取り憑いた亡霊を救われますか? 其れとも、丸ごと消し去りますか?」


 使徒が困惑する様子が愉快なビフロンスは、ニタリと笑みを浮かべる。


祝福の光雨リヒトリーゲン・ジーゲン!」


「&#ォ@アッ!」ヨハネが目の前の融合悪魔を倒した瞬間、顔がないはずなのに苦しむ表情が一瞬だけ薄っすら浮かび上がった。


「顔……!?」

「まさか、亡霊と融合してるから!?」


 前回は亡霊が操られているだけで、呻き声を堪えればどうにかなったが、この融合悪魔たちは表情のおまけ付きという、非常に質の悪いものに作られていた。

 もちろん意思はない。表情が読み取れるというだけで、四人を怯ませるだけのオプションだ。使徒は、そんなもので判断を鈍らせることはない。


「マジで趣味悪いな。祓ったら祓ったでエグいし、前回以上にやりづらい!」

「でも、どうしたらいいのかな。浄化を優先しても、この前と状況は変わらないんじゃ……」

「ユダ。どうしましょう」


 ヨハネに現状のまま戦うのかと尋ねられるが、ユダも困惑し、戦いながら作戦変更を考える。


(シモンくんの言う通り、この戦法じゃ前回と何も変わらない。亡霊を浄化できるのが一番いいけど、それを優先していたら前回以上に消耗戦になる。それなら……)


 新たな戦法を考えたユダは、ペトロたちに伝える。


「みんな。ハーツヴンデで戦おう」

「悪魔ごと祓うのか!?」

「その方が、使徒の力を使うよりも少しはマシな戦い方ができるかもしれない」

「……そうか。相互干渉の効果を狙うんですね」


 ユダは頷く。

 トラウマを具現化したハーツヴンデならば、相互干渉によって亡霊の苦しみを和らげ浄化することができるのではと考えたのだ。


「そんな戦い方は実践したことはないし、みんなには、浄化以上に精神的負荷が掛かるけど」

「でも、そうだな。この前と同じやり方じゃ無理だ」

「やってみようよ」


 多少のリスクは構わず、ペトロたちはユダの戦法に切り替え、それぞれのハーツヴンデを具現化させる。

 そして、襲い掛かって来る融合悪魔の軍勢を祓っていく。


冀う縁の残心エントゥウィクレン・皓々拓くゼルプスト!」

泡沫覆う惣闇ホフノン・星芒射すリヒトシャイネン!」

朽ちぬ一念シュナイデン・玉屑の闇エントシュルス!」

来たれ黎明アウスシュテアブン・祝禱の截断ゲベート!」


 ヨハネは稲妻が走る一閃を、シモンは降り注ぐ流星を、ペトロは光で闇を裂き、ユダは青白い輝きで融合悪魔を祓う。

「¥ェµ≮アッ!」融合悪魔たちは消え去る瞬間に、呻き声とともに苦痛の表情を浮かび上がらせ、ペトロたちも眉根を寄せる。

 戦法を変えた使徒に、ビフロンスは目を細め喉で笑う。


「成る程。其の様な選択をされたのですね。其れも宜しいかと存じます。最後まで持ち堪えられると良いですねぇ」




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