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第22話 阿吽の呼吸



 ハーツヴンデでの戦法を選択した四人は、できるだけ融合悪魔の胸の宝石を砕くことを意識して攻撃を続けた。


泡沫覆う惣闇ホフノン・星芒射すリヒトシャイネン!」

「グ#∂≮ァ……!」

朽ちぬ一念シュナイデン・玉屑の闇エントシュルス!」

「&ェ∃φッ!」

冀う縁の残心エントゥウィクレン・皓々拓くゼルプスト!」

「δオ∅¥ゥ……!」

来たれ黎明アウスシュテアブン・祝禱の截断ゲベート!」

「ガ@µォ¿……!」


 思い切った戦法に切り替えたおかげで着実に個体を減らせてはいるが、ユダ以外は少しずつ表情に苦痛を滲ませてきている。

 それに気付き始めたユダは、ペトロの顔色を見て尋ねる。


「ペトロ。この祓魔エクソルツィエレンで何か感じてる?」

「ずっと潜入インフィルトラツィオンしてる感覚に近い状態で、ちょっと不快感があるな」

「確かに。そんな負荷を感じ続けてるよね」


 シモンもヨハネも、同様の負荷を感じていた。


「ユダは、気分が悪かったりしないんですか?」

「私は、今のところ大丈夫」


 ユダは、潜入インフィルトラツィオンをしたことがないからその感覚がわからないのではなく、相互干渉による負荷自体をさほど感じていなかった。


(これらの個体は悪魔が主導権を握ってるんだと思ってたけど、亡霊と深奥まで融合状態なのか? それとも、狙って攻撃しているのが亡霊が憑依する核となる宝石だから? ……どちらにしても、やはりハーツヴンデを使っていることが影響してるのか。祓魔エクソルツィエレンする瞬間に亡霊と相互干渉状態となって、亡霊が抱懐している感情が流れ込んで来ているのは間違いない)

「ペトロ。まだ不快感には堪えられそう?」

「まだそんなに気分は悪くないから、大丈夫」


 その言葉に嘘はなく、ペトロの顔色はさほど悪く見えない。しかしヨハネとシモンは、二〜三段階上の苦痛を感じていそうだった。


(私とペトロはバンデだから、精神的負荷を配分して軽減できている。シモンくんにはヤコブくんがいるけど、今は棺の中だから負荷を配分できていない。そしてバンデがいないヨハネくんは、全て一人で受け止めていることになる)

「それはキツイな……」


 とにかく、この戦闘に時間は掛けられない。

 一方。戦闘を観察していたビフロンスは、風向きが変わりかけている戦況を見て、懐から新たに宝石を取り出した。


「少し、私奴わたくしめの方が圧されてしまっていますかねぇ。其れでは、其の分をお返しして差し上げましょう」


 ビフロンスが持つ二つの宝石が輝くと、融合悪魔の一部に異変が起きる。

 まるで吸い付くように、数十体が一つに合体する。するとそれは、五メートルはあろう巨大悪魔ゴーレムとなった。


「デカッ!」


 しかも一体だけではなく三体現れ、合体したぶん核の宝石も大きくなり、頭部には陰影ができて顔が認識できる。

「≮オ¥µェ&∅アッ!」巨大悪魔ゴーレムは“口”を開き、紫色の煙を大量に吐き出した。


防御フェアヴァイガン!」


 ペトロとヨハネが防御した。辺りは紫色の煙で充満する。


「何!? この毒々しい煙!」

「成分はわからないけど、絶対に吸い込んだらいけないやつだね」

「面倒臭いやつが増えたけど、どうする?」

「ヨハネくん、シモンくん。気分的にどう?」

「あまりいいとは言えませんね」

「ボクも。ヤコブと離れてるせいかな」


 顔色からも窺える不調を、二人は正直に自己申告した。


「私とペトロはさほど負荷を感じていないから、そういうバンデ理論ということにしておこう」

「つまり。調子がいいのは、オレとユダだけってことか」

「だから。私とペトロが頑張って戦況を打破しようかな、って感じなんだけど」

「そうですね……。悔しいですけど、それがいいと思います」

「ボクも賛成」


 無理をするのは得策ではないと心得ているヨハネとシモンも、悔しくもその案に同意した。

 紫色の煙が次第に晴れていく。視界が完全に良好になる前に、ヨハネとシモンが攻撃を放つ。


冀う縁の残心エントゥウィクレン・皓々拓くゼルプスト!」

泡沫覆う惣闇ホフノン・星芒射すリヒトシャイネン!」


 二人の攻撃で、巨大悪魔ゴーレム以外の前方にいた融合悪魔たちが祓われる。その瞬間に、ユダとペトロが同時に飛び出した。


「はあっ!」


 二人は行く手を阻む融合悪魔たちをハーツヴンデで祓い、背後から襲い掛かって来る個体からもお互いに背中を守りながら突き進み、巨大悪魔ゴーレムの攻略にかかる。


「まずはこいつから!」

「はあっ!」


 二人は巨大悪魔ゴーレムの足を狙い、左右同時に刃を振るう。

「§µ#!」巨大悪魔ゴーレムは煩い虫を払おうと手をペトロに振り下ろす。「っ!」ユダはペトロに迫る黒い影を、〈悔責バイヒテ〉のひと振りで切り落とした。

 二人は体勢を整えて再度斬り掛かる。


朽ちぬ一念シュナイデン・玉屑の闇エントシュルス!」

来たれ黎明アウスシュテアブン・祝禱の截断ゲベート!」


「@∂∀ッ!」やられる巨大悪魔ゴーレムは、紫色の煙を吐き出した。二人は防御して煙から逃れる。

 二人は融合悪魔に邪魔をされながらも、他と比べものにならない大きさの体躯に何度も攻撃する。

 反撃で繰り出される巨大な五本の鋭利な爪を刃で受け流し、謎の紫色の煙も何度も回避しながら、ジワジワとダメージを与えていく。その反射神経や機動力は、これまでの戦闘を上回っている。

「σ∃ァ∅∌ッ!」攻撃を受け続ける巨大悪魔ゴーレムも、動きが鈍くなってきた。ユダとペトロはアイコンタクトし、それぞれドイツ大聖堂側とコンサートホール側から息を合わせて斬り掛かる。


「闇より来たりし悪しき存在を、無に導かん!」


 そして、核の宝石を同時に砕いた。


「グ¥@µォ∃¿ァ……ッ!」


 核の消滅とともに亡霊は浄化され、器となっていた悪魔も黒い霧と化した。

 巨大悪魔ゴーレムが倒されたビフロンスは、さすがに目を見開く。


「まさか。たった二人で……」

「よっしゃ、次っ!」


 ユダとペトロは、息つく暇もなく二体目を倒しに掛かる。

 融合悪魔を相手にしながら見ていたヨハネは、その戦いぶりに圧倒された。


「すごい。これが、バンデの戦い……」

(ユダはまだ記憶が戻ってなくて、トラウマも抱えたままだっていうのに。まるで、完全な唯一無二の二人になったようなコンビネーションだ)

「羨ましい……」

「ヨハネ! 羨む前に集中して!」

「わかってる!」


 融合悪魔を任されたヨハネとシモンも、次々と祓魔エクソルツィエレンしていく。

 シモンはなんとか戦いに集中しているが、やけに胸騒ぎがし、棺の中のヤコブが気掛かりで堪らなかった。


(さっきから嫌な感じしか感じ取れない。ヤコブ、大丈夫だよね?)


 ───どうなったとしても、戻って来たら笑顔で迎えてくれ。


(ヤコブは覚悟を決めてた。でもその覚悟は、正しい方の覚悟なんだよね? ボクは諦めないよ。ヤコブが戻って来るのを信じてる!)


 ユダとペトロの活躍により、戦況は使徒側が有利となり始めた。ビフロンスは融合悪魔を追加で喚び出すが、その数は第一陣と比べるとかなり少ない。眷属の消耗を躊躇していた。


(自分もゴエティアの一人とは言え、グラシャ=ラボラスやガープ程、眷属を従えてはいません。巨大悪魔ゴーレムを創り出そうにも、更に喚び出す必要が有ります。れ以上、眷属を失うのは少し痛いですね……)


 ビフロンスが増援を喚ぶのをためらったため、悪魔は確実に数を減らしていく。その選択により、三体いた巨大悪魔ゴーレムは残り一体となる。


朽ちぬ一念シュナイデン・玉屑の闇エントシュルス!」

来たれ黎明アウスシュテアブン・祝禱の截断ゲベート!」

「&¥ォφ∀!」


 ユダとペトロは、巨大悪魔ゴーレムの前後から息を合わせて跳躍する。


「闇より来たりし悪しき存在を、無に導かん!」

「#¿∃ォ∅ア……ッ!」


 そしてとうとう、最後の一体が祓魔エクソルツィエレンされた。

 ユダとペトロの力で戦況は完全に逆転し、融合悪魔も残り僅かとなり、焦るビフロンス。


「くっ……!」

(主殿は、まだ終わらないのですか!?)


 大物三体を倒したユダとペトロは、軍勢の親玉ビフロンスに迫る。


「もうネタは尽きたのかな、ビフロンス。まだ、あと三体は倒せるよ?」

「いや。それはちょっと勘弁。やる気なら一人でよろしく」

「え。ペトロ、それはちょっと酷くない?」


 二人は、冗談を言える余裕すら残っている。

 ビフロンスは、バルトロマイが戻って来るまで時間稼ぎのために取り入ろうとする。


「……いやいや。誠に恐れ入りました。使徒の皆様が、此れ程の力を隠し持っていたとは露知らず……」

「褒めたって見逃さないぞ」

「不問にして頂きたいなんて、とんでも御座いません。ただ。仲間の御方に一度猶予を与えております故、私奴わたくしめにも同じ処遇を……」

「ユダ! ペトロ!」


 後ろからヨハネの叫び声がして振り向くと、残党が二人に襲い掛かろうとしていた。が、シモンがそれらを光の矢で祓い、大事なかった。


「猶予を、ねぇ……」


 ユダはメガネを光らせ、強めの視線をビフロンスに刺した。


「くっ……!」


 ビフロンスは、惜しんでいた援軍を十数体喚んだ。しかし。


冀う縁の残心エントゥウィクレン・皓々拓くゼルプスト!」

泡沫覆う惣闇ホフノン・星芒射すリヒトシャイネン!」

朽ちぬ一念シュナイデン・玉屑の闇エントシュルス!」

来たれ黎明アウスシュテアブン・祝禱の截断ゲベート!」


「ア∀µ§ォ%ッ!」四人に一瞬で全て祓われた。


「さすが悪魔。テッパンの卑怯なやり方だね!」

「ぐうっ!?」


 ビフロンスは、ユダが振るった〈悔責バイヒテ〉に胸部を斬られる。だが、致命傷ではない。


「シモンくん」


 シモンは光の矢を放ち、ビフロンスを地面に拘束した。

 人間ごときに負かされ、地面を這う屈辱を味わうビフロンスは、いやらしい笑みを浮かべることすら忘れ歯噛みする。


「さあ。お前の主が戻って来るまでこのままか。それとも度肝を抜かせるか。どっちがいいかな、シモンくん?」

「ヤコブのことは信じてるけど、人質にしよう」


 これでひとまず、対ビフロンス戦は決着となった。あとは、ヤコブが無事に戻って来るのを祈って待つだけだ。




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