デリバリーを一区切りしたペトロは、モンビジュー公園に向かった。
豊かな緑とスポーツができる施設や野外劇場もある公園で、シュプレー川沿いの遊歩道に出れば、中世貴族の屋敷のような佇まいのボーデ博物館が目の前だ。
落ち合った二人は遊歩道の木陰に座り、アンデレが働いている店のベーグルサンドを食べながら話した。
ペトロとアンデレは
「ほんっと、めっちゃ久し振りだな! 久し振りどころじゃないくらい、久し振りだけど!」
「連絡しなくてごめん。でも、アンデレもこっちに来てるとは思わなかった」
「おれ今、働きながら
「働いてるって、さっきのカフェで?」
「そ! 偶然ペトロのおじさんに会って、ペトロがこっちにいること聞いて、いつか会えるかなーって思ってた。やっと会えたよ、親友ー!」
感動が収まり切らず、アンデレはまたハグする。ちょっと暑いが、ペトロも再会が嬉しくて感動を受け止めてあげた。
「いろいろあったの知ってたけど、めっちゃ心配してたんだぞ! おじさんにも連絡してないってお前、最悪のこと考えてたんじゃないよな!?」
「大丈夫。そんなこと考えてないよ」
「ほんとか? おばさんたちが死んでから、人生のどん底みたいに沈んでただろ。おれとも会わなくなったし。学校卒業したら、何も言わずにそのままどっか行っちゃうし」
アンデレは、会えていなかった約二年ぶんの心配と不安と寂しさを愁眉に乗せていた。親友なのに、何も告げずに姿を消したペトロは、本当に申し訳ない気持ちで胸がいっぱいになる。
「本当に心配かけてごめん。ちょっと、一人で頑張ってみようと思ったんだ」
「一人で頑張るって。ただ無理するだけじゃんか」
「うん。その通りだった。だから今は、仲間を頼ってる」
「だったら、親友のおれも頼ってくれよ〜! なんで頼ってくれなかったんだよ〜!」
「ごめんごめん」
「でも、元気そうでよかったー。ほんとに会えて嬉しいよー!」
ずっと心配させていたのに、親友と言って再会を喜んでくれるアンデレ。あの時どうして頼れなかったんだろうと、ペトロは少し後悔した。
「あのお店で働いてるってことは、もう仕事決めたんだな」
「うん。パティシエ目指して頑張ってるとこ」
「そういえば、昔からお菓子作り好きだったもんな」
「ペトロこそ何してるんだよ。ていうか、モデルやってない? しかも、SNS見たら使徒もやってない? いつからやってるの? なんでモデルと使徒なんだよ?」
「まぁ。成り行きで」
「学校は? ギムナジウム卒業してから、大学は行ってないのか?」
「うん。今はアルバイトと、使徒と、モデル業」
「三足のわらじだ! すげー! なんか、かっけー!」
アンデレが尊敬の目を輝かせるので、ペトロはむず痒く感じる。
「大変なだけだよ」
「ただでさえ
親友が活躍しているのを相変わらずのテンションで喜ぶアンデレに、ペトロはクスッと笑う。
「ほんと。興奮するとテンション高くなるの、変わらないな。こうして話してると、昔に戻ったみたいだ」
「昔って! そんなに時間経ってないだろー!」
積もる話もあった二人は、お互いに行っていた学校の話や、卒業してからの話、一緒に過ごした
アンデレの記憶の倉庫は大きく、まるで一日ごとを保管しているくらいの記憶力で、ペトロが覚えていないことまで事細かに記憶していた。おかげで、厭わしい出来事とともに封じていた記憶をペトロは思い出せた。
「それで、その時あいつがさー……」
アンデレの記憶力に感心しながら談笑していた、その時。ペトロは、悪魔が出現する気配を感知した。
「でさー……。って、ペトロ聞いてるか?」
「ごめん、アンデレ。話はまた今度。オレ行かなきゃ」
「えーっ。もうちょっと話そうよー」
「お前も仕事戻らなきゃだろ。また連絡するから!」
楽しい話の腰を折るのは申し訳なかったが、それよりも大事なことなので、ペトロは再会を約束して走り去った。
「ちょ……。ペトロ! デリバリーの荷物と、キックボードはー!?」
アンデレは後を追おうとするが、ペトロは道路へ続く階段をジャンプで一息に上がり、その勢いのまま跳躍して向かいの建物の向こうへ消えてしまった。
「ほえ〜……」
それを見たアンデレは、口を開けて唖然とした。
到着したのは、モンビジュー公園から近い通りだ。程なくして近くにいたシモンも駆け付け、
トラムの停留所で倒れている女性からまだ悪魔は現れず、苦しんでいる状況だ。「た……助けて……」女性の意識もあり、使徒の二人に助けを求めた。
「まだ悪魔は出て来ないのか……。どうしようか」
「今のままでも
「感じる気配が普通より薄いから、現状でいけるってこと?」
「たぶんそんな感じ。てことで、ボクが行って来るよ」
「いいのか?」
「やり慣れてるボクの方が、感覚もわかるから」
シモンは苦しんでいる女性に駆け寄り、膝を突いて顔色を確認した。呼吸も早く、白い肌が青褪めている。
「大丈夫ですか?」
尋ねると、女性は苦悶の表情で浅く頷いた。
「今から、あなたの苦しみを軽減します。安心して、目を閉じてリラックスしてください。目を覚ました時には、今より少し気持ちが楽になってますから」
シモンは、女性を停留所の看板に寄り掛からせた。女性はシモンの言う通りに目を閉じ、できる限り落ち着こうとする。
「
シモンが深層潜入を開始したちょうどその時、ユダが遅れて到着した。
「あれ。今回はいつもと違うね」
「悪魔が出て来ないから、シモンが軽く深層潜入してくれてる」
「じゃあ、手持ち無沙汰だね……。デートのスケジュールでも立てる?」
「いや。今する話じゃないし」
全く緊張感がなさそうに見えるユダだが、これでもちゃんと悪魔の気配に意識は向けている。
「前に言ってた博物館、やっぱりチケット事前予約した方がよさそうだよ。四週間前から予約可能だって」
「じゃあ、いつ行く?」
今じゃないと言ったペトロだったが、デートの話に乗った。ペトロもちゃんと意識は向けているので、心配ない。
「休日だと混みそうだし、平日にしとく?」
「でも、ユダの仕事は? 社長がデートを理由に休むのどうなの」
「有給休暇取るって言えば、一日くらい大丈夫だよ」
「ヨハネ、反対しないかな。一人じゃ無理です、って言いそうじゃないか?」
「どうにか言って、許可してもらうよ」
笑顔のユダは、絶対に有給休暇を取る気満々だ。実績があるのだろうか。
(頑張れ。イエスマン・ヨハネ!)
ワンオペになるヨハネを、ペトロは心の中で応援した。
「ペトロの方は、いつでも大丈夫?」
「オレは自由に休めるから、いつでもいいよ。ユダが休み取れそうな日で大丈夫」
「それじゃあ、来月あたりにしておくよ。ちなみに、博物館島にある博物館や美術館は五つあるけど、どこにする?」
「ユダが前に行ったとこでいいよ」
「じゃあ、ペルガモン博物館だね」
博物館の他はショッピングに行ってお揃いのスポーツウェアを買おうなど、戦闘中なのを半分忘れて楽しくおしゃべりしていると、シモンが深層潜入から戻って来た。
「二人とも、何しゃべってるの。悪魔出て来るよ」
そう言った直後、女性から黒い霧状のものが吹き出し、異形の悪魔が姿を現した。
弱らせずともあとは
「
「〈
ペトロが鎖を断ち切り、ユダが悪魔を両断して、今回の
女性もすぐに意識を取り戻し、
「うおー! すっげー!」
その人々の中から、ペトロを追い掛けて来たアンデレが激烈ファンのように突進して来て、ペトロの腕がもげそうなくらい激しく握手をする。
「今のすげー! あの剣なにー!? ファンタジー映画みたいじゃんかー!」
「アンデレ。追い掛けて来たのか?」
「剣どっから出したの? もう一回出してよ!」
アンデレは、好奇心旺盛な子供のように目をキラキラさせるが、ペトロは「出さない」と一蹴する。
「お前は、仕事に戻るんじゃないのかよ」
「なあなあ! 今度ペトロん
「オレん家って言うか、今は仲間と共同生活してるから……」
「じゃあ話通しといて! 楽しみにしてる!」
「えっ」
「じゃあな! ちゃんと連絡してくれよー!」
テンションが爆上がりしたアンデレは一方的に約束を取り付け、走って仕事に向かって行った。言葉のキャッチボールができていなかったことに少し呆れるが、ペトロは懐かしさも感じた。
「本当に相変わらずだな……」
「ペトロ」
アンデレが去ると、ユダがこっそり手を繋いできた。
「今の人は?」
「オレの友達。さっき久し振りに会って」
「友達なんだ」
「ていうか。一方的に寄宿舎に呼ぶ約束されちゃったけど、大丈夫?」
「大丈夫だよ。ね、ユダ」
「うん。ペトロの友達なら、歓迎するよ」
「ならよかった。それよりユダ。なんでオレの手握ってるの」
「触りたくなったから」
ユダは、爽やかににこっと微笑んだ。
「……なんだよそれ」
他の人がいる前で……と思うが、理由もないスキンシップがペトロはちょっと嬉しくなってしまった。