その日はとってもいいお天気で、空は私の気持ちなんてわからないんだろうなって思った。
私は
少し前に、私のお母さんが死んだ。
国中を襲っているはやり病。
その病気はたくさんの人の、たくさんの家族の命を奪った。それでおじいちゃんも、おばあちゃんも、お母さんも死んだ。
六歳の私には死、というものがまだ難しかったけど、動かなくなったおじいちゃんやおばあちゃん。いくら呼んでも返事をしてくれないお母さんみたら理解できる。
もうお母さんは私を抱きしめてはくれないし、名前を呼んでもくれないんだって。
だから私はぎゅっと、猫を抱きしめて庭で参列者の人たちをじっと見つめていた。
抱きしめている猫はただの猫じゃない。
ふたまたに尻尾が別れたあやかしの猫だ。
お父さんは、家族が一気に死んじゃったから大忙しで、私を構う余裕なんてなかった。だから私はひとり、参列者をひとたちを見つめているだけだった。
人々がひそひそと話しているのが聞こえてくる。
「娘ひとりだけだろう?」
「かわいそうに……」
「しかもあやかしに取り憑かれてるというじゃないか」
あやかしは悪いことしないのに。悪いことする子はいるけど、でも私の友だちはそんなことしないのに。
私は心がぎゅっとして、離れた所で参列の人を見ていた。
そこに、黒服の大人ふたりと子供がひとりやってくる。
「おぉ……
お父さんが現れて、今にも泣きそうな顔でその人たちに挨拶をした。誰だろう。見たことない大人たちだ。でもちょっと不思議な雰囲気。お母さんにすごく似てる。
私はちょっと離れた所でじっと、その人たちを見つめた。
「申し訳ない……こんなことになってしまって」
と、お父さんがうな垂れて、泣きそうな声で言う。
「流行病ですから……仕方ないですよ。
そこでわかった。この人たちお母さんのお義父さんとお義母さんだ。
お母さんは笠置子爵の養子だって聞いたことがある。つまりこの人たちは私のおじいちゃんとおばあちゃん。にしてはすごく若いけど。お父さんとそんなに変わんないんじゃないかな。
その人たちと一緒にいる男の子が私に気が付いて、こちらに近づいてきた。
黒い髪に黒い瞳の、私よりちょっと上の男の子。
彼は私の前に立つと、にこっと笑って言った。
「こんにちは。僕は
その言葉に、私は黙って頷く。
「静留義姉さんと同じ髪色だからすぐにわかったよ」
お母さんは、薄い茶色の髪をしていて私も同じ色だ。
たぶん異人の血が混じっていたんだろうってお母さんは言っていた。でもお母さんのほんとの親はずっと前に死んじゃったから、よくわかんないらしい。
少年は私の目をじっと見つめて、微笑み言った。
「僕は君の叔父さんなんだよ」
ふざけたような口調で言う彼の言葉に、私は首を傾げた。
叔父、といっても私よりちょっと年上なだけよね。
たぶん十歳くらいじゃないかなぁ。そんなの叔父さんって言っていいのかな。
迷っていると彼は言った。
「ねえ、その子に触ってもいい?」
その言葉を聞いて、私は驚いて目を見開く。
その子って言ったよね、今。
「え?」
「その猫、触っても大丈夫?」
「え、あ、うん」
ねこまたが見える人がいる。それがすっごく嬉しかった。
ねこまたは私の友達だ。でも、お母さんしか見えなくって、お父さんは見えないけど、私の言うことは信じてくれる。
だけどそれ以外の人は誰も信じてくれなかった。
だから私のことを気味悪がって、遠巻きにする人たちがいる。
ねこまただって、家鳴りだって、稲荷だって、皆いるのに。
彼は私が抱くねこまたの頭を撫でる。するとねこまたは、気持ちよさげにすっと目を細めた。
「あはは、いい子だね、この子。でもね桜花ちゃん、あやかしの中には危ないやつもいるから気をつけなよ」
「うん……あの、えーと……」
子供心にちょっとしか年齢が変わらない叔父をなんて呼べなくて、でもなんて呼べばいいかわかんなくって、ぐるぐると考えてしまう。
すると彼はちょっと考える様なそぶりを見せた後、
「尊、でいいよ」
と言った。
「えーと……尊……君……」
そう呼ぶと、彼は微笑み、
「よろしくね、桜花ちゃん」
と言い、私に手を差し出した。
私はその手と彼の顔を見比べた後、もじもじと手を差し出してその手をそっと握った。
それから十二年が経ち、私は女学校を卒業する歳になった。
「桜花! 桜花!」
お義母さんの甲高い声が屋敷に響く。
外出から帰ってきた私は、庭にある稲荷の小さなお社の前に座り込んでいた。
もちろんひとりじゃない。
ねこまたに稲荷、座敷童の姿もある。
私はいつもここに来て、彼らと話しをしたり遊んだりしていた。
『桜花、おかあさんが呼んでいるよ』
ねこまたに言われ、私は大きく息をつく。
お父様は跡継ぎがいなかったから、十年前に再婚した。だから今、私には義理のお母さんと半分血の繋がらない弟と妹がいる。
お父様は所有する鉱山での仕事があるから余り家にいない。お父様は私の事を愛してくれるし、あやかしの事もわかってくれている。でも家の中に私の居場所はなかった。
あやかしが見える私の事を誰もが気味悪がり、弟も妹も近寄ろうともしない。
髪や瞳の色も皆と違う薄い茶色だから、余計に私は孤独感を強めていた。
私は屋敷を振り返り、小さく呟く。
「そうね」
『いいの、桜花』
「よくはないけど」
だけどきっとろくな話じゃないだろう。
お義母さんは私をこの屋敷から早く追い出したがっている。
それは家に住む小さな鬼である家鳴りが教えてくれたことだけど、どうやら私に見合いをさせようとしているらしい。
「私、結婚なんてしたくないの。だって私の相手、二十歳以上も上のひとの後妻なのよ」
『それってひどいの?』
あやかしたちにはイマイチぴん、と来ないらしい。
そうだった。この子たちには人の常識は通じないんだ。
『だって桜花のいまのおかあさん、春子だって後妻だよ』
そう言われると何も言い返せなくなる。
確かにそうだ。
母が亡くなって塞ぎこんでいたお父様。それでもいいって結婚した人だ。
別にお義母さんを否定したいわけじゃない。
でも私は結婚なんてしたくないんだ。
だって私の心にはずっと、あの人がいるから。
私は立ち上がり、お義母さんの声を無視してあやかしたちに言った。
「私、尊さんのお屋敷に行ってくる」
『今日も行くの?』
『毎日飽きないねぇ。もうすぐ夕方だっていうのに』
『私もついて行くよ』
呆れたように言うあやかしたちの中で、ねこまただけが嬉しそうにぴょん、と跳ねて私の肩に乗る。
「ありがとう。じゃあ行ってくるね」
『いってらっしゃい。あやかしには気をつけてね』
稲荷の言葉に頷いて返し、私はお義母さんの声を無視して家を出た。