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第7話 奇妙な夕食会

 夕食を、尊さんのお屋敷で食べることになった。

 てっきり外で食べるのかと思ったけど、気が変わったのかな。

 かがりと私は、屋敷に招き入れられて食堂へと通された。


「お嬢様がお連れ様と一緒だなんて珍しいですねえ」


 と、女中さんに言われ、私は廊下を歩きながらかがりに尋ねた。


「ねえかがりの姿って、普通の人に見えるの?」


「あ? あぁ。人の姿でいる間は、この耳や尻尾がない人の姿で見えるはずだ。俺は大妖怪だからな。そのへんの雑魚とは違うんだ」


 と、腕を組んでドヤ顔で言った。

 そうなんだ。私の周りにいるあやかしたち、お父さんも誰も見えないから、てっきりあやかしは普通の人には見えないものかと思っていた。

 案内された食堂で、上座に尊さんが座り、私とかがりは並んで腰かける。

 尊さんのそばに座ったのはかがりだ。そう、尊さんが指示したから。


「ごめんなさいね、お嬢様。急でしたので鍋になりますが」


 と言い、女中さんが用意をしていく。

 ひとり用の鍋と、コンロと固形燃料が置かれていく。

 マッチで固形燃料に火がつけられて、しばらくすると具材が煮えはじめる。


「へえ、今はこんなものがあるのか。家の様子も全然違うし。随分と時間が経っているのだな」


「ねえ、封印されていたって言っていたけどかがり、何をしたの?」


 鍋を見つめて感心するかがりに、私は尋ねた。

 すると彼は顎に手を当て、目を細めて考え込むようなそぶりを見せる。


「そうだな……村をひとつ滅ぼそうとした、かな?」


 そして物騒な笑みを浮かべる。


「それ、本気なの?」


 どうもこの狐の言うことはそこまで信用できないのよね。

 何を言われても嘘っぽく感じてしまう。


「お前たち人間は記録が好きだろう。古い文献をあされば俺の記録もあるんじゃないのか?」


「それっていつごろの話なの?」


「えーと……徳川……とかいう人間が天下をとったとはきいたが」


「それって三百年以上前じゃないの」


「へえ、三百年か。思ったほど経っていないのだな」


 笑って言い、彼は箸を手に持った。

 あやかしからしたら、三百年は短いのかな。

 その辺の時間感覚はすごく違うんだろうな。


「……狐を封印した話は、知ってるよ」


 尊さんが静かに呟く。


「三百年は経っていないはずだけど、昔、狐が暴れて人々に危害を加え、陰陽師が封じたという記録は確かに残っている。あの森の奥に『狐塚』という塚があったはずだ」


「あぁ、きっとそれだよ。ほらね、静花。人は記録したがりだろう?」


 と、ドヤ顔でかがりが言う。

 まあ確かに、この国では千年以上前のことだって記録に残っている。他の国のことは詳しくないけれど、皆記録したがりよね。古い日記がいくつも残ってるもの。

 私は苦笑いを浮かべてご飯をいただいた。

 正直、尊さんから発せられる空気がすごくよくない。

 怒ってるのかな……でもそれとも違うような気がするけど。


「た、尊さんあの……」


「なぜ、静花に着いてきた?」


 私の言葉を遮り、尊さんが言う。その声がとても威圧的で、私の方が思わず震えてしまう。

 尊さん、やっぱり怒ってるのかな……どうしよう……

 悩んでいると、かがりの飄々とした声が聞こえた。


「封印が解かれたがどうにも腹が減って困っていたところに、この娘が現れたんだ。腹が減っては何もできないだろう? それに今何がどうなっているのか何もわからないからな」


 あれ? 喰う話はしないのね。話の内容、間違ってはいないけど……

 どうしようかと思っていると、かがりがこちらを向いて、


「な?」


 と、同意を求めてくる。


「え、あ、えぇ……あ、あの……その通りではあるんだけど……そのままにしておくわけにはいかないしそれに、ほら、九尾の狐なんて何するかわからないから……」


 そのまま放っておくよりもこちらに連れてきた方が安全かな、とは思う。

 後付けの理由ではあるけれど。


「何を、企んでる?」


 すっと目を細める尊さんに、かがりはにやにやと笑って答えた。


「全て本当だ、祓い師よ。俺はあやかしだ。お前たち人間と違って嘘は言わんぞ」


 かがりの言い方、いちいち挑発しているように聞こえるのは何でだろう。


「えーと、尊さん、あの、私が脅されたとか騙されているとかそういうことはないから! だからあの……かがりをここで見張れないですか?」


 それならかがりは人を喰うなどできないだろうし、悪さもできないんじゃないだろうか。

 自分的にはすごいいい案だと思ったんだけど……尊さんは手を止めて、呆れた顔で私を見つめている。


「……何を考えているの、静花? ここにあやかしを置くなんてできるわけ……」


「面白いことを言うな、静花。俺は構わんぞ。確かにここならいろんな意味で安全だろうしな」


 かがりは愉快そうに笑う。

 それが気に障ったのか、尊さんの表情は険しくなったような気がした。


「え、えーと、あの、だってそのまま森にいさせたら人を襲うかもしれないでしょう? 実際村を襲って封印されていたんだから。今は力がないって言ってるしそこまで危険じゃないかもしれないけど……」


「静……言いたいことはわかるけど、相手は九尾の狐だ。危険なあやかしであることはわからないよ」


「そう、だけどでも尊さんにそばにいれば悪さはできないでしょ?」


 そう私が強く言うと、尊さんは困った顔をしてしばらく沈黙した後、小さくため息をつき首を横に振る。


「確かに君の言うことはわかるけど……」


 そう呟いたあと、諦めたような顔で私を見つめて言った。


「わかったよ、静花」


「あ、ありがとう、尊さん!」


 よかった。

 ここにいるならかがりは人を襲うなんてできないだろうし、ある意味一番安全だと思う。

 そんな私たちの様子を見たかがりは面白そうに笑い、


「しばらく飽きることはなさそうだ」


 と呟いた。


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