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第6話 かがりと出会って

 おかしなことになってしまった。

 九尾の狐に知り合った上に、なぜか彼は私にくっついてきた。


「何でついてくるのよ」


「久しぶりに目覚めたからな。色々と世の中の事を知りたいんだよ」


 辺りを見回し彼はにやっと笑う。


「貴方、弱ってるんじゃないの?」


「あぁ、だから人ひとり喰ってさっさと力を取り戻そうと思っていたんだが」


 そして彼は顎に手を当てて言った。


「食事はまあ、人でなくてもいいからな」


 じゃあ何を食べるのよ、と思ったけど、それを口には出来なかった。

 うさぎとか食べるのかな……狐ってそういう印象あるけど。森の中ならうさぎくらいいると思うけど、町中にはそんなのいないしどうするんだろう。

 夕方を過ぎ、すっかり日が暮れてしまった町。

 街灯がぽつぽつとついてはいるものの、町は暗い。

 家に帰って夕食を食べないとだけど、果たしてこの時間に帰って私の夕食は用意されているだろうか。

 そう思うとどうしても私の足は尊さんのお屋敷に向いてしまう。

 彼の家の前に着くと、隣に立つかがりが忌々しげに呟いた。


「なんだここは、ヒリヒリする」


「私の叔父の屋敷よ」


「へえ。結界が張られているな。これでは普通のあやかしは入れないな」


「じゃあ貴方も入れないの?」


 普通の、って言ったってことは普通じゃないあやかしなら入れる、という意味かな。

 かがりは私の方を見て、すっと目を細めて言った。


「お前が招き入れるのなら問題はない」


「え? どういう意味?」


「どんな結界も、中から招き入れる者がいたら意味がない、ということだ。その扉を開けて俺を招き入れるなら俺は問題なく入れる。力づくで入れるが、今の状態だと無傷、というわけにはいかないかもな」


 面白くなさそうに言ってるけど、よほど強力な結界が張られてるのかな。

 残念ながら私にはわからないけれど。


「そうなの。ところでどこまでついてくるのよ」


「考えていない。とりあえず、色々と聞くまで帰らないからな」


「そもそも帰るところあるの?」


 呆れつつ言い、私は門を開けてかがりに手を差し伸べる。


「これでいいの?」


「あぁ、そういうことだ」


 横柄な態度で言い、彼は私の手を取った。

 門をくぐり、玄関へと向かっているときだった。

 かがりがすっと動き、私から離れていく。


「え?」


 何が起きたのかすぐに理解した。

 振り返ってみれば、庭を照らす灯りの中に黒いマントを纏った尊さんが、かがりと対峙していた。

 尊さんは私を守るように立ち、かがりは面白そうに笑って、彼を見ていた。


「た、尊さん……」


「なぜ結界があるのに侵入者がいるのかと思えば……静花」


 いつになく、冷たい声で尊さんが私を呼ぶ。


「は、はい」


「彼に操られているわけではないみたいだね。なんで彼を招き入れたの?」


「え? あ、あの……それは……」


「へぇ。君が静花の叔父なのか。それにしてはずいぶんと若いようだけど?」


 楽しそうにかがりが言うと、尊さんの尖った声が響いた。


「お前には聞いていない」


「あぁ、ぞくぞくするな。その殺意。けれど残念ながら俺はお前には興味がないのだよ、祓い師」


「興味が無かろうと、あやかしであるならこちらがやることはひとつ……」


「ちょっと待って! 私の話を聞いて!」


 私はかがりを背にして立ち、尊さんに向かって声を上げた。

 すると尊さんは怪訝そうな顔をして私を見つめる。


「静花?」


「この人……人じゃないけど、えーと、彼はかがり。あの、ずっと封印されていてそれで、今のことを知りたいって私についてきたの!」


 私の話を聞いた尊さんは、呆れたような顔になる。


「静花、何を言っているの? 封印されていた妖怪なんて余計に危ないよ」


「そ、そうかもしれないけどでも弱ってるしそれに……えーと、大丈夫だから!」


 根拠なんてないかもしれないけど、今のところかがりから殺意は感じないもの。

 だからきっと、大丈夫なはずだ。

 私の言葉を聞いて、尊さんはふっと身体の力を抜く。


「わかったよ、静花」


 あぁ、よかった。

 そう思って私も安心して大きく息を吐く。

 その時、空気を読まない暢気な声が背後から響いた。


「ところで、食事はないのか?」


 その言葉に、私はドキドキしつつ尊さんを上目づかいに見つめる。

 こんな時間に急に来て夕食をねだるのは図々しいとわかっている。だけど屋敷にかがりを連れて行くわけにはいかない。

 じっと尊さんの様子を見ていると尊さんは一瞬、困ったような顔になる。彼はしばらく考え込むような顔をした後、深いため息をついて頭に手をやり、呆れたような顔で言った。


「あぁ、うん。わかった静花」


 そこで言葉を切り、尊さんはすっと目を細めてかがりの方を一瞬見た後、私の方を見つめた。


「かがり、も食事に連れて行けばいいんだろう」


「あ、あ、ありがとう、尊さん」


 とりあえず殺し合いは回避できたみたいで私は心底ほっとして、後ろを振り返る。

 かがりは、食事の事を女中さんたちに伝えると言い、屋敷へと向かっていく尊さんの背中をにやにやして見つめていた。


「面白い」


「何がよ?」


「いいや……まあ、退屈しなくて済みそうだ」


 意味深に呟き、彼はじっと屋敷を見つめた。


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