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第9話 お風呂場で

 早足でばたばたと部屋に戻る途中、女中さんに呼び止められてしまう。


「お嬢様、皆様お風呂に入られましたので、あとはお嬢様だけですよ」


 正直お風呂に入る気分じゃない。でも入らないといけないことは分かるから、私はぐっと感情を抑えて頷いた。


「……わかったわ」


「お着替えは用意してありますので」


 私の気など知らない女中さんは、微笑んで言い、頭を下げて去っていく。

 その背中を見送ったあと、私は仕方なくお風呂に入りに浴場へと向かった。

 お風呂には檜の匂いや薪の匂いが漂っている。

 お風呂の中でもずっと見合いの事が頭を巡っていた。

 お父様がなんで賛成したんだろう……何か理由、あるのかな。

 私の意思を聞かずにお父様が賛成するなんて、考えられないもの。

 お父様は月に一度しか帰ってこない。それは基本月末だ。

 どうしよう……お父様に手紙を書こうかしら?

 なんで私を結婚させたいのかって。


『ねえねえ桜花』


 お風呂に私がひとりであることをいいことに、小さな鬼の姿をした家鳴りが三匹現れる。

 家鳴りは家の柱などを軋ませて音を立てるという、悪戯好きの妖怪だ。

 子供の頃から私の遊び相手なんだけど、家の中を動き回るから色んな噂を仕入れてくる。

 私に見合いの話があるのを最初に教えてくれたのもこの家鳴り達だった。


「どうしたの、家鳴りたち」


 家鳴りはお風呂のへりに座り、私の方を見つめて言った。


『結婚するの?』


『鉱山のさいくつけん争いしてるって、春子言ってた!』


 春子、というのは義母のことだ。


「採掘権……って何の話?」


 意味が分からず問いかけると、家鳴り達も首を傾げる。

 それはそうか。家鳴りに採掘の話が分かるわけがない。

 採掘ということは、御影家がもつ鉱山がらみの話よね。

 そう言えばしばらく前にお父様が新しい鉱石が発見されたって、嬉しそうに言っていたっけ。

 だけど一部の土地が国有地にかかっていてどうなるか、とか言っていたような……


「まさか、新しい鉱石の採掘権がらみで私が結婚することになったって事?」


 私の考えを言うと、家鳴りたちはうんうん、と頷いた。


『そうそう。内務大臣ってひとの奥さんががなんとか伯爵の妹なんだって』


『それで採掘権のことで国と喧嘩してるんだけど、その交渉を有利にするのになんとか伯爵が力添えするから』


『だから桜花結婚するんだって、春子が話してるの聞いた!』


 そして家鳴りたちはうんうん、と頷き合う。

 だからお父様はこの縁談に賛成したって事?

 内務大臣は採掘にかんする決定権を持っているんだろうな。私、政治関係疎いからよくわかんないけど……

 それで伊佐木伯爵が後妻が欲しいからって政略結婚を持ちかけた、ってこと?

 最低じゃないの、それ。

 私の中にふつふつと怒りがわいてくる。

 でもお父様の苦しい立場もわかる。

 採掘権は重要な話よね。国有地が絡んでいるなら国が権利を主張するのも理解できる。でもそんなに採掘権が欲しいって、どれだけ貴重な鉱石が見つかったんだろう。

 うーん……お父様の立場が悪くなるのは嫌だ。

 どうしたらいいのかな。どうしたら結婚しなくて済む?

 悩む私の頭に、尊さんの顔が思いうかぶ。

 私と尊さんは血のつながりがないとはいえ叔父と姪、なのよね…だから私はこの想いをずっと心に秘めている。

 でも血のつながりはないわけだし……とわずかな希望を抱いてることも否定できなかった。

 だって、尊さんだけだもの。

 私の事を受け入れてくれるのは。誰もが私を気味悪がって遠巻きにする中、彼だけが私に近づいてきて、ねこまたをかわいい、って言ってくれたから。

 十二年前のことは今でもずっと覚えてる。

 その想い出は私の中でキラキラしていて、大切なものだった。


「どうにかして見合い潰せないかな」


『尊と結婚したら?』


『そうだよ、尊がいるじゃん!』


「それが出来たら苦労しないわよ」


 家鳴りたちの言葉に、私はため息交じりに答える。


『なんでだめなの?』


『尊、桜花と歳ちかいよ』


『尊と仲良しでしょ?』


「叔父とは結婚できないのよ。法律で禁止されているし世間的にもよくないの」


 表向きは、だけど。

 でもたまに聞くのよね。

 血を重んじる家系では、親族と入籍しないで内縁関係を結ぶことはあるらしい。


『なんで?』


『なんでだめなの?』


 家鳴りたちになんでか説明したところで意味が通じるとは思えない。

 私は首を横に振って、


「駄目なものは駄目なのよ」


 私だってできるなら尊さんとの未来を考えたい。だけどそれはきっといけないことだし、尊さんはたぶん受け入れないだろう。

 尊さんは私に優しいけれどずっと、どこか一線をひくような態度をとり続けているんだもの。だから私はこの想いを押さえ続けてる。

 彼の重荷になりたくないから。

 だからせめて、この力を役立てたいの。

 少しでも尊さんのそばにいるために。

 私はざばん、と立ち上がって湯船を出た。

 すると驚いた家鳴りがおふろの縁からおちていく。それを拾いあげ、私はお風呂を後にした。

 寝間着に着替えて私は家鳴りたちを連れて部屋に戻る。

 用意されたお茶を飲みつつ、私は家鳴りやほかのあやかしたちに今日買ってきたクッキーを分けてあげた。

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