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第16話 ふたりの時間

「カステラとチョコレート。帰りに買ってきたんだ。一緒に食べようと思って」


「そうなんですか? ありがとうございます」


 尊さん、今日は私が嬉しい言葉ばかり言ってくれる。


「ねえ、静花。内務省で杉元内務大臣にお会いしたんだ」


「内務大臣……あ……」


 それが誰であるのか、すぐに思い出す。

 私の見合い相手の妹さんが嫁いでいる、という大臣だ。

 そして、お父様がもつ鉱山の採掘権のことで争っている相手でもあるはず。


「え、でもなぜ?」


「僕の仕事。僕は祓い師だ。あやかしやら幽霊やらはどこにでも現れる。彼らには人間の地位など関係ないからね」


 それはそうだ。

 ということは政府の建物内で何かあったのかしら? それとも大臣の家で、とか?


「彼の家で怪異が起きているとかで相談を受けていたんだよ。子供が夜中に突然起き上がって走り回るとか」


 なにそれ怖い。


「それって何かに憑りつかれている……?」


「たぶんね。それで奥様が寝込んでしまったそうで、今夜彼の屋敷に行く予定なんだけど。前にも内務省内で起きた怪異で彼を助けたことがあったんだ」


 尊さんはゆっくりとカップを持ち上げ、とても優しく微笑む。


「そこでね、例の鉱山の採掘権の事、手をひかないともっと不幸なことが起きるかもしれないって、そんな話をちらっとしてきたんだ」


 今さらっと怖い事言った?


「ねえ静花。言葉ってね、時に呪いになるんだよ。何の関係もない事でも、じつはあれは関係あるんじゃないか、呪いなんじゃないかと思いこむと、全てが疑わしくなってくる」


 確かに、そんな呪いはなくても言葉ひとつで人を動かし縛り、疑心暗鬼にできてしまう。

 もしかしたら呪いって元々はそういうものなのかも。

 ただの言葉なのに、その言葉に人が勝手に迷い惑わされ最悪の選択をしてしまうっていう。

 つまり尊さんはそれをやった、ということだろう。


「……でも、なんで……って、あ……」


 もしかして、私の見合いを潰そうとして?

 そういうこと?


「尊さん……あの……」


「静花。カステラ食べよう。チョコレートもきっとおいしいよ」


 とても柔らかい笑顔で言われて、私は何も言えなくなり頷いて、ティーカップをソーサーに戻した。

 お皿を手に持ち、添えられたフォークでカステラを切る。

 黄色の生地はふわっとしていて甘い匂いが漂ってくる。

 でも私の気持ちはずっと尊さんの話に持っていかれている。

 国と私のお父様が鉱山の採掘権でもめている。今朝、尊さんがお屋敷を出る前にその話をしたし、おしえてくれてありがとう、なんてことも言われたけれど。

 これで私のお見合いの話、なくなるのかな?

 そうなったらうれしいけど……

 なんだか聞いても答えてくれなさそうで、何にも言葉にできない。

 私のために、尊さんは動いてくれたのかな? だとしたらすごく嬉しい。私にできること、なにも思いつかなかったから。

 悩んでいると尊さんの方が口を開いた。


「あぁ、静花。明日だけど、朝からうちにくる?」


「は、はい。大丈夫なら朝から来ようかなって」


「なら明日は出かけようか。ウエノの動物園に」


「ほ、本当に?」


 尊さんがお出かけに誘ってくれている? しかも私の誕生日に。やだ、どうしよう。何着よう?

 今日は和装だったから、明日は洋装にしようかな?

 あぁ、考えただけで心が躍っちゃう。

 頭の中に持っている服や着物を思い浮かべて、あれこれと考える。


「あの、何時にお伺いしたらいいですか?」


「今日と同じくらいでいいよ。行きは送ってもらって帰りは電車を使おうか。ウエノのデパートに寄ろうと思うけれどどうかな」


「喜んでいきます!」


 ウエノの動物園かぁ。

 ゾウにライオン、キリンなどがいるのよね。

 小さい頃お母様とお父様と一緒に行ったな……

 懐かしい想い出と共に悲しい記憶も甦る。

 その後、病気が流行っておじい様たちとお母様が死んじゃったから。


「静花? どうしたの」


 思った以上に近くで声が聞こえて、驚き顔を上げると尊さんの顔がいつの間にか目の前にあった。

 真っ黒な双眸に、目を見開く私の顔が映っているのが見える。


「え、あ……えーと、子供の時の事を思い出して。ほら、お母様が生きていた時、お父様と一緒に動物園に行ったことがあって」


「あぁ……静留義姉さん」


 そう呟いて尊さんは離れていく。


「でもその後に病気で死んじゃった。だからあれが、お母様たちと一緒に出かけた最後のお出かけだったなぁって」


 そのお葬式で、私は尊さんに出会ったのよね。

 ひとりでねこまたを抱えてじっと、人の心無い言葉を聞いていた時に。


「あれから、十二年経つんだね」


「はい。私、あの時尊さんに会えて本当に良かった」


 じゃなかったら私はきっと、ひとりでずっと耐えていなければならなかったから。


「そう」


 と、短く答えた尊さんの表情は、喜んでいるのか違う感情があるのか全然分からなかった。

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