お昼を外で食べて私たちは尊さんのお屋敷に帰った。
ガレージに車がある、ということは尊さん、帰宅しているのかな。
そう思うと足取りが軽くなってくる。
「お前はわかりやすいな」
なんていうかがりのからかうような声が、背後から聞こえてくる。
「そ、そんなこと……ないんだから」
そう言いかえすものの、説得力の欠片もない。
だって私、顔があっついんだもの。
かがりの手をひき門をくぐり、玄関へと入ると女中さんが私たちを出迎えた。
「お帰りなさいませ、お嬢様。尊様が書斎の方でお待ちですよ」
「わかりました、ありがとう」
草履を脱ぎながら私は微笑み返事を返す。
「かがり様にはおやつをご用意しておりますので、こちらにどうぞ」
「へえ、ありがとう」
意味深に笑い、彼は私の方を向いて手を振る。
あの笑い、ひっかかるけど相手にしている場合じゃない。だって尊さんが待っているんだもの。
私はかがりと別れて尊さんの書斎へと向かう。
途中、お庭が見える窓の前を通り掛かって、私は思わず立ち止まる。濃いピンク色の花をつけた木、あれはハナズオウだろうか。それに黄色の花、ヤマブキかな。
もうしばらくすれば紫色の藤が花をつけるだろうな。
私は窓の前を通り過ぎて奥へと進む。自然と足が軽くなり鼓動も早くなっていく。
目の前に茶色の扉が現れた。
扉にハマっているひし形のガラスには紫色の藤の花が描かれている。
私は扉の前に立ち、胸に手を当ててふう、と息を吐く。
胸がどうしても高鳴ってしまうから少しでも落ちつけようと思ったんだけど、難しいな。
私は扉をゆっくりと叩いた。
「尊さん、失礼します」
「あぁ、どうぞ」
中から返事が聞こえ、私はドアノブを握りゆっくりと回した。
扉の向こう、尊さんの書斎の両方の壁には本棚があって、たくさんの本が詰まっている。
部屋の中央にはひとり掛けのソファーが、テーブルを挟んでふたつ。正面には大きな窓ガラスと、その前には大きな書斎机が置かれている。
その机の向こうにある椅子に腰かけている尊さんの姿が目に入った。
彼は白いシャツに黒いベストを着ている。
尊さんは私を見ると、微笑み立ちあがった。
「あぁ、待っていたよ」
待っていた、という言葉に私が出かけてちゃんとここに戻ってくる、というのが読まれているとわかり、私は嬉しくなる。
当たり前よね、尊さんは私の事を一番理解しているんだもの。
尊さんはソファーへと歩み寄ったので、私も彼の向かい側のソファーに近寄る。
「ただいま戻りました」
そう私は挨拶して、ソファーに腰かけた。
「静花。術を使ったね」
尊さんが足を組みながら、静かに言った。
笑って言ってるからこれ、怒ってはいないわよね?
術を使うとなぜか尊さんにばれてしまう。それがどんな術であろうと。
私は苦笑して頷き言った。
「はい……あの、神社に花を見に行った帰り、幽霊に出会ったので」
「幽霊?」
尊さんの表情が一気に硬くなる。
「はい。えーと、とても未練の強い幽霊でした。とてもはっきりと姿が見えていたし」
「そう。静花、そういう幽霊は危険だよ? 下手をしたら君まで連れて行かれてしまうから」
「で、でもそんな強いものではなかったし、小さな神社の鳥居ですらくぐれなかったから……だから護符でなんとかなりました!」
両手の拳をぎゅっと握りしめて、私は強い口調で言った。
すると、尊さんは小さく息をついて微笑む。
「そう。頑張ったね」
尊さんに褒めてもらえて、思わず顔がほころんでしまう。
「でもね、そういう幽霊を見かけても深追いしてはいけないよ。今回はまだ幽霊になりたてだったんだろうね。だから大した力はなかったんだろう。でもそういう幽霊は、その辺の雑念を吸収して怨霊になりかねない。君は自分の身を守る事を考えるんだ」
諭すように言われ、私は何も言い返せなくて黙って頷く。
確かにそうなのよね。怨霊に成り果てたら……人への強い恨みを抱くようになってしまったら私でも手におえないだろう。
今の、私では。
でも。
「でも私だって、そういう怨霊も相手にできるようになりたいんです」
「危ないよそれは」
それは繰り返し言われている言葉だった。
わかってる。わかってるけど。
「せっかくあやかしや幽霊が見えるのに、この力もったいないもの」
と、思わず反発する言葉を漏らしてしまう。
でもきっと、尊さんだってわかってると思うの、私の気持ち。だけど危ないからだめって言われてしまうのよね。
「そうだね。せっかく持っている力だから使いたいって思うよね。でも、死に急ぐことはないんだよ、静花」
死、という直接的な言葉を言われると重いなぁ……
そんな私の想いを打ち破るかのようにドアを叩く音が響いた。
「尊様、お茶をお持ちいたしました」
という、女中さんの声が聞こえてくる。
「あぁ、どうぞ」
尊さんの柔らかい声が聞こえ、扉が開かれる。
ワゴンを押した女中さんが中に入ってきて、私と尊さんの前にソーサーにのったティーカップを置いた。
桜の柄が描かれたカップだ。
それに、お菓子がのった白いお皿が並ぶ。
黄色のふわふわの生地。これはカステラだ。それにチョコレートが添えられている。
「ありがとう」
女中さんに礼を伝え、私はティーカップを手に持った。