巨大植物が陽光を遮るように茂り、昼間でも暗い森林。キャメロット近郊、境界の森だ。
「なんだって、オーガがこんなとこに出るんだ?」
そこで、頭部以外を隠す豪奢な西洋鎧を着込んだ、筋肉質で顔のいい青年ブランカイン・カサノヴァが愚痴る。
武具類での白兵戦に特化した戦士系上位職――
体毛がなく三メートルから五メートルの身長がある、青肌で筋骨隆々とした鬼のような魔精である。
「まったくだぜ、皇国内の
チャイナドレスよろしく腰元までスリットが入り、グラマラスな容貌を包むはち切れんばかりの修道服姿で葉巻を吸う、十代後半ほどの美少女ニーナ・カレリーナ・フォコンが愚痴る。
回復、補助魔法に特化した僧侶系の上位職――
「国境を越えやがったってことは、魔精皇サタナの派遣だろうな」
「国境警備ドワーフ大隊が、北部に出現した異常事物の対応に追われているからでしゅかね」
立派な三角帽子に露出多めの洒落たローブを着用した、十歳くらいの可愛らしい少女マリアベル・ベルベットが不思議がる。
攻撃魔法使いな魔術師系の上位職――
「来てよかったでしゅね。こちら側の警備が手薄になってしまったからこそ、わたちたちの依頼請け負いも見回りを兼ねて歓迎されたのでしょうが」
「四人ひと組か」
超常現象研究家を称したトラヨシは二体のオーガを、一見日本刀だが両刃である優美な剣で同時に斬り伏せて推測する。
「ドラクエ3辺りから定番になった、こっちと同じ基本的なパーティーだから目的も共通で偵察ってとこじゃないかな」
わけのわからない単語が混じるも、倒れたオーガたちを一行が観察する。
確かに連中は彼らと似た装備で、戦士系の二人と魔法使いと僧侶の役職にあるようだ。
そんな遺体も、死んだ魔精特有の作用で
彼らは輪廻転生を繰り返し、いずれ別の魔精となって復活するとされるのだ。
「ドラクエスリーが何者か知らんが、偵察ってのはいい線かもな。元々の魔精関連依頼はなくなってて、活動も停滞してるってのは受付嬢らギルドの見解でもあるし」
戦斧の血を振って払い背負った鞘に納めながら、戦士ブランカインは顎の無精ひげを搔きつつ問う。
「ときに妙なことばかり口走るおまえこそ何者だ。一時的かもしれんが仲間になったんだ、教えろよ。髪や目肌の色、
件の正体不明な〝異常事物〟の〝異常依頼書〟について、トラヨシは即席のパーティーを組んで調査に乗り出すと申し出た。
警戒する冒険者達の中でも、僅かに同行を志願した数人。そこから見繕われたのが、キャメロットまで共に旅してきたというこの三人だった。
今は、中でも距離的に間近な魔精国との国境に跨がる〝境界の森〟の南部に出没するという〝口裂け女討伐依頼〟を試しに受けてみた形だ。ちなみにベートーヴェンの肖像画の方がそばに出現したわけだが、依頼書はまだなかったので放置である。
「君らよりは詳しいだろうけどこっちも調査中だし、言ってもわからないと思う。からむしろ、簡潔にありのままを伝えておくよ」
一行の先頭を歩きながら、トラヨシは説明する。
「おれはこことは異なる世界、地球から来た。あっちで科学では解明できない超常現象を研究してたんだ。当然、向こうで流行ってた異世界転生転移もののフィクションも、そんな現象が本当にあるなら興味の対象だった。
ただ、そこで伝え聞く異世界っていうのはどうも中世ファンタジー風に偏っててね。つまり中世頃までの超常現象が多かったんだよ。だから疑問を持ってたのさ。なんで、近現代の都市伝説的なオカルトがないのかって。その過程でこの事態に遭遇したんだよ」
後続の三人は顔を見合せ、戦士は結論づける。
「うむ、全くわからん」
「だろうね。ともかく、こっちには元々いなさそうな……ああいう奴らの都市伝説がある世界から来たんだ」
トラヨシが森の一点へと目配せした。残る一行がそちらへ着目する。
獣道の端の巨木の根元に、掌に乗れるくらいの中高年男性ばかりからなる小さな人々が一列になっていた。七人、白雪姫的などっかで聞いた歌を口ずさんで歩いている。
「……小人族、でしゅかね?」魔女マリアベルは編み込みのある白い長髪をかき上げ、屈んでまじまじと列を見つめた。「こんなところにいるとは聞いたことがないでしゅが」
紫煙を吐き、ライトブラウンの長髪下から覗く顔を顰めたのは尼僧ニーナだ。
「にしちゃ身なりが妙だぜ、まるで道化師だ。連中のサーカスか?」
「【小さいおじさん】っぽいね」
トラヨシは双方を否定して言う。
「いや小さいおじさんばっかだが」ブランカインはダークブラウンの髪をいじりながら苦笑する。「答えになってないよなそれ」
彼と向き合って、今度はトラヨシが苦笑いする番だった。
「じゃなくて、おれがいた世界の都市伝説で〝小さいおじさん〟っていう固有名詞で呼ばれてた存在なんだよ。21世紀初頭頃から話題になった、神出鬼没でいたずらみたいなことをする連中だ。あんなファッションはこの世界にないはずだろ」
「言われてみりゃ、おまえの変ななりと似てなくもないな」
実際のところ、〝小さいおじさん〟は令和の日本にもあるような格好だった。工事現場の作業員、通勤途中のサラリーマン、自宅で寛ぐオヤジ、地下アイドルのオタ、コミケのコスプレ、チー牛な根暗、明らかにカタギでないヤクザ。といった感じの面々である。
よく観察しようとしたブランカインが一歩踏み出し、小枝を踏んで折ってしまった。
途端、七人の小人もといおっさんはトラヨシたちに感づいて仰天。漫画みたいにそろって飛び跳ねるや走り去る。
「逃げちゃいましたね」
四人の進んでいた方向に先行する形で猛ダッシュした七人のおじさんたち。そちらには霧が満ちていたが。
「ワタシキレイ?」
濃霧の向こうからの透き通る声。何かを目撃したおっさんたちは、またもそろったオーバーリアクションで叫ぶ。
「「「「「「「ぎゃー! く、口以外なら綺麗です!!」」」」」」」
ジャキン!
白いヴェールを裂き、目にも留まらぬ速度で刃物が地面スレスレを走った。
早すぎて刃の正体を把握する間も与えず、七人のおじさんは上半身と下半身を分断され、勢いで吹っ飛び、そのまま煌めく煙となって霧中に溶ける。
「な、何が起きたってんだ?」
ブランカインは斧を抜き出して構えた。
「今の死に様、あいつらも魔精だってのかよ!?」
小さいおじさんたちへと空に円を切って祈りつつ、ニーナは不思議がる。
「じ、じゃあこの霧は?」
マリアベルは身を縮こまらせて警戒した。
「いろんな考察は、後回しになりそうだな」
トラヨシも立ち止まり、さっき納めたばかりの剣を再び抜く。
行く手には、鬱蒼と繁る森にぽっかりと空いた地があった。
さっきの斬撃で霧まで裂かれたのか、視界が真っ二つに拓けていく。
露わとなった奥に、真っ赤なワンピースを纏い長髪を振り乱し、背丈ほどの巨大なハサミを手にして顔下半分を覆うマスクをした身長二メートルの幸薄そうな美女がいるのだ。
「あれが、昭和終わり頃の日本を中心に登下校中の子供らが遭遇するとして恐怖された現代妖怪。【口裂け女】だよ」
厳かに、トラヨシは紹介した。