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異世界エレベーターをどうにかして!

 トラヨシ・コウセンは、超常現象肯定派の父と否定派の母との間に生まれた。それ以外は良好な夫婦の下で、自然とオカルトに興味を抱く少年に育ったのだ。

 そしてどういうわけか、実際に不思議なモノとよく遭遇した。当然、「精神系の病気なんじゃないの?」と心配した母に病院へも連れて行かれたが、異常はなかった。


 とはいえ幻覚でもない。なぜなら、大昔から世界中で報告されている〝空からあり得ないものが降ってくる〟超常現象【ファフロツキーズ】等にも遭遇し、物証を残されたりもしていたからだ。

 昼の青空に遥か上空から落下して庭へ落ちても無傷で生存する日本にはいない魚だったわけだが、母は「科学的に未解明なだけ!」と頑として怪異だとは認めなかった。


 かといって父と共感できたわけでもない。こちらは盲信者ビリーヴァー的なオカルティストで、既存の解釈に囚われていたからだ。

 例えば、「幽霊は死者の魂、未確認生物UMAは謎の生き物、未確認飛行物体UFOは宇宙人の乗り物に決まってる!」と断言するような人だった。


 え? 何がおかしいの。という人がいるだろうが、全部あくまで正体に関する仮説でしかなく確定はしていない。解明されていたら科学の範疇で、未解明だからこその超自然現象という面もある。


 両親の影響か、トラヨシはこの辺りの思考も柔軟で、それは経験によって補強されてもいた。

 例えば、「服着てる幽霊の襟裏には洗濯表示のラベルとか付いてんのかな?」と疑問を抱き実際確認したら付いてたし、「恐竜の生き残りとされながら探しまくっても見つからないUMAって種の保存を満たせる数いなくないか?」と疑問を抱くも実際に恐竜そっくりの生物を目撃したり、「宇宙人がパンケーキをくれたとかいう遭遇談もあるけどさすがに馬鹿げてるよね?」と疑問を抱くも実際自宅へUFOでやってきた挙げ句台所でクッキーを作って帰った、いわゆるグレイタイプという宇宙人にも遭遇している。


 こうした信じ難い体験を経て、いつしか彼はある仮説に到達したのだった。

 全ての超自然現象には、〝自然現象を超え人に認識される〟という共通点がある。ならば、実は全部が同一の〝何か〟が変化することによって引き起こされているのではないかという、〝超大統一理論〟だ。


 以後この仮説証明のために、幽霊UMAUFO等あらゆるオカルト現象の検証を重ね、うち一つとして〝異世界エレベーター〟を試したのが今回の事態の発端である。


 ネット掲示板に書き込まれてただけがソースという極めて信憑性が薄いものだが、できることは試さなきゃいられないのが彼だった。

 3から10階以上までの建物にあるエレベーターに乗り、特定の順番で移動したりすることで異世界に辿り着けるという触れ込みの都市伝説だ。


「――この手段では、途中でエレベーターに異世界の案内人が乗ってくるっていう過程もあって、それで手に入ったのがこの伊都之尾羽張イツノオハバリ。そしてアストラルへの移動にもこうして成功したわけ」

 と。口裂け女討伐の帰り道、境界の森でトラヨシは自分の刀を示しながらこれまでの経緯を説明し終えた。


「……相変わらずわからねぇ単語だらけだぜ」首を傾げながらもどうにか聞いていた三人の仲間のうち、新しい葉巻をくわえてやっと最初の感想を洩らしたのはニーナだ。「とりあえず魔精みたいな奴らの調査が好きで、地球って異世界から来たのがあんたってわけかい」

 彼女はロザリオからの回復魔法で、隣のブランカインを癒しながら歩いていた。


「そう、魔精だよ!」

 トラヨシは後ろにいるニーナの理解が嬉しくて、振り向きつつ話す。

「オハバリ――伊都之尾羽張イツノオハバリに聞いた話じゃ、魔精は輪廻転生を繰り返して別の魔精に生まれ変わるんだろ。おれが全ての超常現象の原因って考える、〝変幻自在で自然現象を超え人に認識される何か〟って、魔精じゃないかな。現に、口裂け女も小さいおじさんも魔精みたいになってたし」


「だとすると〝幽星ゆうせい〟と呼ぶのが適切でしゅね」トラヨシの隣で口を挟んだのはマリアベルだ。「魔精を織り成す媒体で、彼らが蒸発したあとの白い煙のようなものが幽星でしゅから。幽星は、魔法的なもの全ての源でもあるんでしゅよ」

 彼女はキラキラした眼差しで、興味深げに超常現象研究家を見上げていた。トラヨシが半生を語っている間、一番楽しそうに傾聴していたのも彼女だ。


「アストラルの創作神話みたいだな」

 ブランカインも口を開く。

「伝説によれば、あらゆるものは幽星で創造されたそうだ。ただ、万物に変えることが出来たのは太古の神々だけで、そいつらはもうこの世にいないらしい。人力では魔法的なものにだけ変えることが可能で、幽星から自然進化したのが魔精なんだと」


 鬱蒼とした森林を出て、草原に延びる砂と石灰の道に至っていた。昼前から探索に出ていたのに、もう夕日が草花を照らしだしている。

 四人は、ニーナが作って空間収納魔法キジガケ・ボックスに持参していたサンドイッチ等を食べながらの帰路だった。

 それこそ地球ではサンドウィッチ伯爵が発明したからこその名称という都市伝説じみだものもあるが、マリアベル曰く「砂漠サンド魔女ウィッチが発明したのでサンドウィッチなんでしゅよ」とのこと。そもそもアストラルだのキャメロットだのも地球の伝説に語られるので、この世界に元からあったという言葉の意味は深く考えてもしょうがなさそうだと受け入れることにしたトラヨシである。


「異世界の案内人っていう剣のオハバリさんは、いろんな答えを知ってるわけじゃないんでしゅか?」

 ちょうど悩んでいたようなことについて、面白そうにマリアベルが尋ねてきた。


『某は案内人として、トラヨシと主らアストラル人が存じているべき平均的な知識しか持たぬようだ。尋ねられぬ限り、想起もできん』

 回答は、トラヨシが腰に帯びている剣当人がした。

『本来は地球の日本神話に語られる刀剣だ。こやつに召喚されて〝異世界案内人〟の役割も担ったに過ぎぬ、気付いた時にはエレベーターという箱の中にいた』


「おれが、〝もし異世界に着いたらどうするか〟を考えてたかららしいよ」

 補足したのはトラヨシだ。

「『とりあえず身を護る道具が欲しい、日本の創造神イザナギほどの存在が身に着けてた剣くらい頼もしいのがいいな』って。結果、〝異世界エレベーター〟で〝案内人〟が乗るとされる過程で彼が乗ってくることになったそうだ」

『某も、幽星によって地球の伝説が具現化したようなものなのだろう』

「さすがは、日本神話の神でもある剣だよね。戦いでも身体を神懸り状態にして勝手に動かしてくれるから助かるし」

「なんだよ」ブランカインが肩を落とす。「あの身のこなしは実力ではなかったのか」

「ただのオカルトマニアな高校生だしね、だから君らを雇いもしたんだ」


「でも変じゃないでしゅかね」マリアベルが疑問を挟む。「オハバリさんは〝日本神話の剣神けんしん〟でもあって〝異世界案内人〟でもあるっていう、二つの要素を持つわけでしょう?」

『そこは、トラヨシのチートスキルで呼び出された存在でもあるからだろうな』

「また謎単語増やしやがるぜ」ニーナが呆れる。「いちおう聞いとくが、チートスキルってのは?」


「地球の日本で流行ってた転生転移もののフィクションで、異世界に移動した人物が身に付けることが多い特別な能力だよ」

 はつらつとしてトラヨシは答えた。

「どうやら、おれはこの世界に来たことで幽星に〝異世界人〟って性質を与えられたらしい。で、特別な能力として授かったのが『意思のない近現代都市伝説を一度に一つだけ実体化できる』っていうチートスキル【都市伝召喚としでんしょうかん】なんだってさ。口裂け女との戦いでべっこう飴やポマードを取り寄せたのも、ファフロツキーズ現象によるものだよ」

『最初に呼ばれた某は偶然にも〝異世界案内人〟がエレベーターに乗るべき機会と重なり、元が人格も宿す剣ゆえ、幽星により双方の性質を得た形だ。でなければ都市伝召喚の性能上、ただの武器となっていたろうな』


「ということはトラヨシも、あの都市伝説みたいなもんだっていうのか」ブランカインは何かが引っ掛かった。「なのに、おまえだけは元地球の人間で、他の超常現象を召喚する能力まで持っているって?」

「らしいね」

「……アストラルに来たのはいつだ?」

「昨夜だよ。到着したら、キャメロットの街の入り口だった。エレベーターはすぐ消えちゃったけど。異世界人の特性か、文字も会話も日本語として理解できて助かったね。この世界のお金が降ってくるっていうファフロツキーズにも着いて早々遭遇して、宿屋で一晩世話になれるぐらいの額が手に入ったのも幸運だったし。朝になって本格的に調査してみようとしたら、冒険者ギルドが騒がしかったんで寄ったんだ」

「都市伝説とやらの依頼が出始めたのは今朝からだからな。とすると、もしかしてだ……」

 マリアベルがはっとしたような様相を示したのをきっかけに、旧知の三人は気まずそうに顔を見合わせた。

 城塞のような堀と壁に囲まれ自然の高台と一体化したキャメロットの外観が、もはや目近に迫っている。


「どうしたの?」

 不思議がるトラヨシへと、遠慮がちに言及したのはニーナだった。

「いや。都市伝説とその依頼が出始めたきっかけが、おまえじゃなきゃいいんだがな。言葉が通じて金が降ってきて一泊できた翌日から目当ての異常依頼に遭遇って、神のご加護並みに望み通りになっちゃいねぇか?」


 最後の一口だったサンドイッチを食べる手を止めて、トラヨシは深刻な表情になる。

「……た、確かに。だったら嫌だな。地球にいた時から超常現象には遭遇しやすかったから深く考えなかったけど。迷惑はかけたくないし」


「そ、そうと決まったわけじゃないでしゅよね?」

 心配するマリアベルに、ブランカインは助言した。

「もちろんだし、例えそうでも自覚はないんだ。悩むのは事態がはっきりしてからだな。望むと望まざるとによらず何者かになっちまうのが人ってものだしよ」

「そういう意味でも、幽星みたいなものか」希望と不安が入り交じった内心で、異世界人は思考した。「場合によっては、早めに地球へ帰った方がいいのかもね。いちおう帰還方法の都市伝説もあるけど、今は使えないんだ」

「なにも幽星みたいってのは、おまえだけじゃねぇぜ」ニーナは付言する。「あたしら全員だ。神話でも万物は幽星で作られたって語られるが、誰もがなりたいものになれるわけでもねぇ」

「フォローありがとう、励みにはなるよ。なりたいものになれたら、いいんだけどね。……ごちそうさま」

 ようやくサンドイッチ最後のひと欠片を食べ終えて、彼は前を見据えた。

 この日最後の帰還者を察知して、夜間のために跳ね橋を上げ城門を閉めるべく、門番たちが動きだしていた。

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