夕闇の冒険者ギルドへ帰ったトラヨシ一行を迎えたのは、魔法と火による照明下を満たす蛇の群れだった。
「鑑定士、これでしょツチノコ!」
「それはアンフェスバエナじゃな。双頭の蛇だろ、全然違う」
などと、蛇系の魔精をペットケージのような小さな檻に入れて持ち寄った冒険者たちが満ちているのだ。
見せられているのは、カウンターに立つ片眼鏡を掛けた探偵じみた格好の老人。探索収集系の依頼で回収されたものを見極める、ギルドの鑑定士である。
「こっちこそツチノコだ!」
別の冒険者も魔精を突き出す。
「そりゃコカトリスじゃ、ニワトリの身体におまけ程度に蛇の尻尾がついとるだけ。どこに目をつけとる」
鑑定士は否定する。
「ならこいつで決まりね!」
「アオダイショウ、ただの蛇じゃ。おまえら未知の魔精だからってわしを誤魔化す気満々だな」
また別の冒険者とのやり取りだった。
「これだろ、間違いなく新種だ! いきなり仲間に毒液吐いてきて危なかったよ、解毒草が効いてよかったが。とっさに反撃しちゃったけど」
「むう、これは確かに見知らぬ魔精。じゃが死んどるし、わしもツチノコ知らんからな」
「あんたも知らなきゃ意味ねーだろ!」
「そいつは【モンゴリアン・デスワーム】だね」
割り込んだのは、ギルドに入るやこの混沌で茫然となった仲間を置き、一人何事か把握しようと探りながら接近していたトラヨシだった。
「地球のゴビ砂漠に伝わる
と、掲示板からついでに剥がしてきたそいつを披露する。
『モンゴリアン・デスワーム退治 報酬:解毒草1年分』
挿し絵として添えてあるものともそっくりだった。
ミミズのような身体で先端は胴とほぼ同じ幅に開いた円形の口、周に沿って内側に向けた鋭い牙がずらりと並んでおり、目も鼻も耳もない。体調1メートルほどの気味悪い生物の死骸だ。
「おお、本当だこっちの方が似とる」
と、虫眼鏡もプラスして鑑定士は両者を見比べた。
「解毒草一年分が報酬?」モンゴリアン・デスワームを仕留めた冒険者は不満げである。「解毒魔法も使えるし、そこまでいらねーんだが。……まあ売れば目当てほどじゃなくても、【死体洗いのバイト】とかいう不気味な異常依頼より高額にはなるか」
「そういえば」トラヨシは、鑑定士にか冒険者にか曖昧に尋ねた。「これら都市伝説的な依頼の達成報酬はどうやって支払われるの?」
「――た、達成して最寄りのギルドに戻ると」
震え声を投げてきたのは、カウンターの奥に引っ込み丸まっているエルフの受付嬢だった。
「〝
空間収納魔法――〝
依頼を引き受けると遂行中は発信器のようにも作用し、任務達成を判別もできる。なので本来の鑑定士は、利用者がこの仕組みに細工を施し詐欺を働いていないかを見極めることの方が多い。
「自動で判別されんなら鑑定士いらねーじゃん!」
空間に開けた穴に顔を入れ、報酬を確認するも冒険者がツッコむ。
「そう言うな」鑑定士が繕うた。「嬢ちゃんは蛇が苦手だそうでな、わしは半分受付代理みたいなもんじゃ」
「エルフって森で暮らしてるんだろうに。んな奴もいるんだな」
呆れる冒険者だった。
やがて、未知の依頼書は魔精同様に蒸発。モンゴリアン・デスワームと一緒に、霊的な煙となって天井をすり抜けて去った。
エルフ受付嬢が恐る恐るカウンターに出てきていたのに気づいて、超常現象研究家は彼女へと尋ねてみる。
「ところで、この騒ぎはいったいなに?」
「あれよ!」
受付嬢は掲示板へと顎をしゃくった。
そこには拡大して活版印刷されたある依頼書が、他を隅に追いやってでかでかと掲げてあるのだった。
「そういえば目立つな」
さっき掲示板からモンゴリアン・デスワームの依頼書を持ってきたくせに、今さらなトラヨシである。
もはや板のほとんどを占有している貼り紙にはこうあるのだ。
『ツチノコの生け捕り 報酬:2億
トラヨシの心情を表すがごとくギルド内にベートーヴェンの交響曲第5番『運命』が響き渡った。
とはいえ人々のほとんどは蛇騒動で気にも留めていない。ツチノコの衝撃と共にただ一人トラヨシが驚いて着目すると、ピアノを女性
傍らに以前はまだ出現していなかった依頼書もあり、『目が動くベートーヴェンの肖像画からの楽曲学習 報酬:どこでも〝運命〟を鳴らせる
「やったー!」彼女はばんざいして喜ぶ。「肖像画が持ってる楽譜の記号が同じだったから、視線から曲を解読して学べましたよ!」
誰も聞いちゃいなかったが、一人嬉しそうな弾唱詩人の傍らで、壁のベートーヴェンと依頼書は満足げに幽星となって白煙へ消える。
「……と、ところで」
見入っていると、いつの間にか肉薄していたエルフ嬢が耳打ちしてきた。
「あなたたちも口裂け女討伐に成功したみたいね。ツチノコの件で、話があるのよ。今日はもう遅いから、明日にでもね」
彼女は持っていた口裂け女討伐依頼書が蒸発する様を披露し、入り口付近の仲間たちの内からは、密着する受付とトラヨシへとなぜだか膨れっ面でマリアベルが目線を投げかけてきていた。