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ビッグフットをどうにかして!

「だから、ここはアヴァロン国の領土なんだよ」

 境界の森北部。闇夜の焚き火そばで石を椅子にして、ドワーフ族の国境警備隊大隊長は言った。


 ドワーフは、いわゆる一般的な人間である人族の半分ほどの背丈しかない種族である。

 低身長で体毛が濃く屈強で力強い彼らは地下でこそ本領を発揮するが、巨大樹木の森林はある意味で地中と環境が似ていた。小回りがきく彼らには隠れる場所も豊富なので見張りとして雇用され、配置されていたのだ。

 中でもこの隊長は女。ドワーフとはいえ女性にまずひげはないが男に匹敵するような勇ましい顔立ちと体格で、着込んだ鎧の下は別だった。

 それでも、対面している相手ほどではない。


 焚き火を挟み、この森では小さめな丸太に座っているのは、全身毛むくじゃらで二メートル以上の身長を持つ、筋骨隆々としたゴリラのようなもの。直立二足歩行する人族に似た姿勢の、異常事物だった。


「森、誰ノモノデモナイ。【ビッグフット】、ココニ住ム決メタダ

 そいつがしゃべる。

 自らを、北米山岳地帯に住むとされる類人猿系のUMAビッグフットと称する。そのボスだという。


「誰が毛深いだって!?」

「ソンナコト言ッテナイ」

「……そうだねすまない、言葉の最後にケと付けられるとついね。ともかく、突然現れて居座られちゃ困るんだよ」

 ドワーフ大隊長は慎重に難色を示す。

 彼女の両脇にもビッグフットの両脇にも、それぞれの側近たる同族が立っている。さらにドワーフ側の足元には三人の同族、ビッグフット側には一人の同族が横たわっていた。


 誤解からの衝突による四人の死体を経て、どうにか互いに相手が対話可能と理解、やっと設けた会談の場なのだ。


「〝ビッグフット〟イタ世界デハ」ボスは語る。「後カラ来タ人ガ前カライタ人カラ山奪ッテ〝アメリカ〟呼ンダ。オマエ達ガ正シイ理由ハ何ダ」


 北アメリカ大陸の先住民から土地を奪った白人たちを示し、いきなり来て居座るなという相手の言い分への疑問を投げたわけだが、ドワーフが知るはずもない。ただ、意図は伝わった。


「アメリカ? あんたらビッグフットとやらの世界史は知らないけど、ならそっちが正しい根拠はあるの?」

「〝ビッグフット〟ノモノデモナイ、ココニ現レタダケ」

「誰が毛深いって!?」

「〝ドワーフ〟ノモノデモナイ。自然ガ選ンダ」


 自分たちをアストラルのこの地に出現させた、超自然現象の選定だというつもりらしい。

 これは長引きそうだと、聞き間違いの自覚を含んで大隊長は両隣の仲間と苦笑いした。


「国境警備隊ドワーフ大隊長殿」


 そこに呼びかけられて振り向けば、後方の暗がりにはさっきまでいなかったはずの背が高い影たちが来ていた。ドワーフではない。


「失礼、寛いでて」

 対談相手に断って大隊長が席を離れると、残ったドワーフとビッグフットは焚き火で焼いていた木の枝に挿した魚を食べながらの談笑へと移ったようだ。


「……長身族め」暗がりの来訪者たちに接近するや、人族らへの蔑称を交えて大隊長は愚痴る。「やっと来たと思ったらこれだけ? って誰が毛深いだって!?」


 そこにいたのは、武装した人族の一団。十人ほどの兵士からなる分隊だった。

「自らを都市伝説などと称することもある存在への対応に苦慮しているのは、貴方がただけではありません」分隊長は後半をスルーして言い返す。「世界中です」

「ここは魔精と人類との最前線だよ、優先すべき理由はあるはずだけどね」

 さらなる反論で、隊長同士の口論が始まった。


「大人数の派遣も見当されましたが、境界の森の魔精国側上空で不審な光が複数観測され、迂闊に手出しできない理由もできたのです」

「何かの魔法か飛行艇ひこうていの見間違えじゃないの?」

「いえ、異常依頼にあるUFOと呼ばれるもの、中でも空飛ぶ円盤フライング・ソーサーと分類されるものに似ています。あんな光り方も飛び方も他ではありえません。あの種の異常事物は付随する説明文にも、〝宇宙船〟だの〝宇宙人〟だの理解不能な単語が多く――」


「弁明はたくさんよ!」

 傍らの木を殴って、大隊長は遮った。

「要警戒なそいつらの目近で働いてるのがおれ達なんだ。大軍を連れてきな!」

「大軍って、を排除するつもりですか?」

「バカ言わないで!」分隊長の解釈に、大隊長は焦りを孕んで否定する。「ビッグフットは友好的だ、敵にすべきじゃないよ。ただ話し合いに時間が掛かるから、魔精国に隙を突かれないよう援軍が欲しいんだ。特に南部はガラ空きだからね」


「お言葉だが」分隊長の後ろから、魔術師らしき人族が出てきて文句を加えた。「貴方がたこそちゃんと確認したのか。暗くてよく窺えんが、魔精を異常事物と勘違いしている可能性は?」


「おれ達は地下で暮らすドワーフ族だよ、貴様らより暗所がよく見えるさ。国境警備大隊長として、あんな種族は覚えがない。似てるのならいるが、ビッグフットは誓って別物だよ」


「黙って聞いていれば」意地悪そうに、魔術師は笑った。「ビビってるだけじゃないのか?」


「なんだって!」

 つかみ掛かろうとした大隊長と魔術師の間に、付近にいた双方の人員が入って制する。にもかかわらず、術者側は継続した。


「なにがビッグフットだ、背丈も筋肉もオーガ以下だろう。おまけに素っ裸で石器すらなさそうだ、棍棒と石しか窺えん。蛮族以下の装備じゃ、ゴブリン程度じゃないか」

 魔術師は、手にしていた木製杖の先端に光を宿す。

「獣臭さも好かない、暗闇で光る目から見積もっても数十体か。ゴブリンならあんな数、無傷で一掃できる。試してやろうか?」

「「よせ!」」

 大隊長と分隊長が声をそろえて阻止しようとしたが、


 瞬間、猛烈な勢いで飛んできた石礫。

 そいつは魔術師の杖をへし折り、勢いのまま奥の樹木にめり込む。

 ボスの傍らにいたビッグフットによる投石だと気づき、分隊の兵士が剣を抜こうとしたが。


 ぶおん!


 その前に振るわれた棍棒に弾かれ、剣は鞘ごと吹っ飛んで茂みに転がった。

 いつの間にか接近していたボスのもう一方の側近たるビッグフットが、剣をなくした兵へと棍棒を突きつけている。


「……誤解ナラ謝ル」

 遠くから、ボスが言及した。


 焚き火のそばにいたドワーフたちも、新たに訪れた分隊の兵士たちも愕然としている。侮って油断していたとはいえ、人類最前線の戦士たちが先手を打たれたのだ。


「いや、こちらにバカがいたせいだよ。すまないね!」

 慌てふためいて、大隊長は頭を下げながらビッグフットらへと謝罪する。


 そばに来ていたビッグフットは引き返し、焚き火そばのボスたちも、嘘のように食事しながらの談笑へと戻る。対面するドワーフたちは引き攣った笑顔だった。


「……焚き火の、向こう側とこちら側の足元に四人見えるかい?」

 ビッグフットが離れたのを見計らって、大隊長は分隊へと小声で告げる。示されたのは、焚き火そばに寝かされている四人の遺体だった。

「最初に魔精と勘違いして交戦してしまい、死んだ数だよ。ビッグフット一人相手に、ドワーフが三人だ。仕掛けちまったのはこっちなのに、死者が多いからと停戦を呑んでくれた」

 そして教えた。

「連中は一人一人が巨大鬼ギガス並みさ。おまけに隠れるのがうまい、現にこの話が筒抜けだと気づけずの失言だろう。周りの木陰を確認して、足りなきゃ探索魔法フラップでも唱えてみるんだね」


 2〜3メートルがせいぜいの体格のビッグフットを、3〜5メートルの体格のオーガどころかそれを数十メートルサイズにしたような魔精である巨大鬼ギガスと同等だと評するのだ。

 分隊の全人員が周囲を見回し、彼らを囲む巨木全ての陰にさっきまではいなかったはずのビッグフットが棍棒と石で武装して待機しているのを確認した。

 魔術師も怯えながら、一定範囲の探したいものを把握することができる探索魔法フラップを小声で唱えた。即座に、分隊が数百人のビッグフットに包囲されていることを自覚する。

「い、いつのまに、まるで気配消去魔法ファントムだ」

「……理解しました」

 魔術師の発言を受けて、けれど分隊長は弁解もする。

「しかし余裕がないのは事実。こちらとて、手を拱いていたわけではない。ギルドにも協力を要請しているし、貴方がたが別件で救援を求めていた森南方の手強い異常事物は口裂け女という都市伝説と推測され、冒険者が派遣されています。内一人はこの事態に詳しいとも聞いており、戻り次第相談してみるつもりです」

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