「……〝キングオブユーマネッシー〟だと? たいそうな名前だな」
首無し騎士は、大淫婦と何やら目配せを交わしたあとに反復した。
「違う、ネッシーネッ」
即座にネッシーは訂正するも、
「〝ネッシーネッ〟が名か」
「ネッは語尾だ、いらないネッ」
「すると〝シー〟が名前だというのか、発音しにくいな」
「ネッ、のあとのシーはいる。ふざけるのもたいがいにしとくネッ!」
ついに怒ってネッシーがヒレ状の足で地団駄を踏むと、スリーピーホロウは小脇に抱えた頭でほくそ笑んで明かした。
「半分はふざけていたが、あとの半分は策略だ」
途端だった。
地を踏みつけていたヒレ状足から、力が抜けていく。
「なに? これは……」
強烈な喉の渇きを覚たときには、UMAの満身が襲われていた。水分が失われ、乾き、やせ細っていく。
「〝聖杯よ〟」スリーピーホロウの傍らでは、バビロンが黄金の杯を掲げて祈っていた。「〝第四の封印を解き、死の騎士をもってかの者に渇望をもたらせ〟!」
そして、いつの間にか杯に満たされていた煌めく液体を飲み干す。
呼応するように、たちまちミイラ化していくネッシーへと彼女は明かした。
「悪いけど、あたくしたちは貴方たちを
さらに誇る。
「あたくしはサタナ・イル様を除けば魔精国最強の支援魔法使い、バビロン。味方や敵にとって有利にも不利にも働く環境を整えることも役割、天候制御なんてお手の物なの」
確かに、水棲爬虫類の末裔ともされるのがネッシーだ。七不思議の彼は、まさしく指摘通りの性質を持っていた。
「……シーにだけ
抵抗しようとするも身体を支えきれなくなり、ゆくっりと崩れながら竜は鳴く。
「あまり動かない方がいいわよ。アソコと同じで、乾いたままじゃ痛いでしょ」
バビロンにからかわれる恐竜へ、馬を跳躍させて首無し騎士は斬りかかった。
「そしてわたしは、魔精皇を除けば国最強の剣術使いスリーピーホロウだ。貴様のミイラ、解剖してくよう!」
勢いよく振り抜かれた
しかも、骨と皮だけだったはずのそれは水分をたっぷり含んだ肉体を取り戻している。
「!」
「〝ウォータージェット〟!」
いつの間にか満身が健康体に戻っていたネッシーは、開口。口から細い線状に凝縮された水を、レーザー光線のように放つ。
騎士は腕に装着していた小盾で防ぐも、貫通。鎧の端を砕かれる。
「くっ!」
相手の身体を馬に蹴らせて離れた騎士。けれども間に合わず、馬上でさらに跳ねて交わすことになった。
馬は真っ二つにされ、骨に戻り、幽星となって消滅する。
「高水圧で発射された水は、鉄なぞ容易く切り裂くネッ」
「自ら水分を生み出せるのか」
大淫婦の隣に着地し、スリーピーホロウは問う。
「
得意げに、ネッシーは語りだす。
「一つは〝幽星濃度〟。我々のいた宇宙ではアストラルと比べて幽星が実体化し難くてネッ。そんな中でも実体化できた時点で、全体的に魔精なんぞより濃度が強くなる。どんなに貧弱な〝
謎の単語が交じるも、時間稼ぎにはいいのでバビロンは会話に乗ってみる。
「だからみんな、分解されずに幽星奈落内部から現れるってわけね。とすると貴方たち、やはりサタナ・イル様が目撃した世界で生まれたってことかしら。全員がそこまで濃いにしては、個々の戦力に異常な差があるけど」
「詳しく知る必要はない。貴様らに教えてやれることは、これから死ぬ理由だけネッ」
「その割によくしゃべる」
騎士による小声でのツッコみをよそに、怪獣は続ける。
「都市伝説二つ目の強さの要因は〝設定〟。ようするに単純な、その者が持つ能力として語られるもの。これは単に未確認の生物とされるシーはさほどでもないネッ」
言いながら、恐竜はどたどたと走って突進してきた。実際のろく、スリーピーホロウとバビロンは容易く左右に避ける。
「三つ目、〝解釈〟。自らの意思による〝設定〟をどこまで拡大解釈できるか。これがシーの最も大きな強さの秘密ネッ。〝千夜一夜物語〟は、意思がなかったり複数で出現したがために自分一人では設定を自由にできない都市伝説のこと。個体で実体化した〝百物語〟との違いだネッ」
避けたはずの二人の将精を水鉄砲が襲う。原泉は、射出口なぞないはずのネッシーの脇腹だった。
接近戦が得意な首無し騎士はどうにか兜の端を砕かれるだけで済んだが、大淫婦は脇腹を貫かれる。
「バビロン!」
スリーピーホロウは案じたが、仲間は膝を着きながらも分析した。
「……あたくしたちアストラル人は誰しもが幽星を己が身に持ち、濃度の低い人類はそれを魔法として発揮できるわ。より濃い魔精は生来の身体が常に魔法的性質を持つ。さらに濃い都市伝説は、身体構造や才能自体を魔法的に変容させられるってこと?」
「そう、知名度と設定の拡大解釈によって膨大な幽星を強さに変換できる割合が個体差を生むのネッ」
ネッシーはバビロンの方を向いて認めた。
「シーは恐竜の生き残りともされるが、生息するネス湖は当時氷河に覆われていて存在しなかったという地質学的調査があってネッ。かつて繋がっていた海からやって来て住み着いたとの仮説も海水が流入した痕跡がないとして、否定されているのネッ。なのに水棲恐竜だとの根強い信仰があることとの矛盾を解消するために生み出されたのが――」
怪獣のあちこちから、
「この、水を生成し操作する能力ネッ!」
バビロンを狙ったが、スリーピーホロウが前に出て
「こいつはドワーフに作らせたオリハルコン製だ。さすがに、水流ごときじゃ壊せないようだな!」
積極的に向かってくる方へと、未確認生物は標的を変えた。
弾幕のごとくあらゆる部位から水の光線を放ち、スリーピーホロウを追い詰める。騎士は武器で捌き、時には走り、跳ねて交わす。
目標をそれた水流はディナシーやシャドウピープルを巻き添えにしていたが、両者指揮官の決闘を見守り、せいぜい防御を試みる程度で文句もない。力こそ全ての魔精国軍と、意思が薄弱な千夜一夜物語がゆえに。
さらにバビロンは、僅かな違いを見出していた。シャドウピープルに当たる水の光線は短いのだ。
ようやく肉迫して刺突をくらわすスリーピーホロウも、分析した。
「表皮全体から噴出させられるようだが、貴様は自身から創造しに繋がる水しか操縦できないらしいな。隙ありだ!」
額の真ん中に命中したが、全く刺さらずに相手は称える。
「観察眼は鋭いネッ。さすがと褒めたいところだけど、大気中の水分を忘れてる」
ドオオオッ!
背後からの轟音にバビロンは振り返り、スリーピーホロウも肩上に乗せた生首だけ後ろを向けて確認する。
豪雨が、背後に控えていた
悲鳴を上げて倒れゆく味方たちから、ただの雨でないのは明白。とてつもない速度による、濃い幽星を含んだウォータージェットの雨だった。
「視認できないサイズの水分子も放出できるのネッ」恐竜は勝ち誇る。「そいつで雨雲を形成し降らせる散弾で、部下たち諸共に蜂の巣になるといいネッ!!」
背後から迫る大雨はしかし、魔将精のもとまでは届かなかった。
「愚かな早漏ね」
言ったバビロンの真後ろで雨は凍った。
「教えたばかりでしょ。天候制御で環境を変えるのは、支援魔法使いとしてのあたくしの役割」
降ったものが積み重なり、雨雲まで凍らせて彼女に届く前に止む。さすがにくらってしまった部下たちの命は戻らず、幽星となって蒸発しだしていたが。
「せっかくスリーピーホロウがヒントをあげてたのに、見落としていたのもおバカさん」
「なに?」
さらなる挑発にネッシーが長い首を傾げ、ようやくバビロンは明示する。
「〝貴様
相手の態度に、ネッシーは嫌な予感で頭上を仰いだ。空一面が、半透明の膜に覆われている。
空中に築かれた湖だった。
「水は電気を通すからでしょ。欲しけりゃくれてやるわ、何百万体分の雷付きの洪水をね!!」
大淫婦は空に掲げた杯をひっくり返した。
煌めく液体が溢れ、呼応するように湖は落下。大荒野の半分、敵陣側、ネッシーとシャドウピープルを鉄砲水が飲み込む。
数百万の影たちが纏っていた雷並みの電撃は洪水を伝って駆け巡り、ネッシーへと何百万もの落雷をくらわしていった。