闇夜の魔精国、ゲヘナ大荒野。石と土と砂と僅かばかりの草花が見渡す限りに広がる地は、半分が武装した魔精たち数百万体、余った半分が都市伝説たち数百万体に満たされていた。
当初は双方一千万体いたが、戦闘によって両軍数百万の兵力を損失。魔精軍の方が押されている。
「冒険者ギルドから敵都市伝説の情報を発見しました。【シャドウピープル】かと思われます」
魔精軍本陣、大荒野に面した首都に最も近いゲヘナ大砦最上階。
玉座に掛けて大窓から戦況を窺っていた、身長二メートルで完全武装にマントと多数の勲章を身につけた首無しの騎士スリーピーホロウ。
彼へと、同じ首無し騎士だが甲冑は地味でマントも勲章もない小柄な魔精デュラハンが寄り添って跪き、報告した。小脇に抱えた頭部から。
「〝突然現れ消えもするが物理的接触も可能〟と、故に魔法しか効かんのにあちらは一方的に物理攻撃をしてくるわけか」
同時に差し出された異常依頼書を受け取って、テーブルに乗せた頭部全体を覆う兜の前に翳して読みながら、スリーピーホロウは分析する。
「〝静電気のような痛みをもたらす〟と。雷電系魔法を使えるのはこのためということだな」
シャドウピープル。
アメリカを中心に世界中で出没するという人と同等サイズの影のようなUMA。それが、現在敵軍を構成している全てだった。
武器などでの物理攻撃は身体をすり抜けるのみで効果がなく、向こうは殴る蹴るはもちろんこちらの装備を奪っての反撃を可能とする。さらには不定形な身体を刃のように変形させての刺突や切りつけも行い、雷並みの威力がある電撃すら常に纏い発する難敵。
こうした特性に気付くまで、魔精軍は多大な犠牲を被った。
魔精は幽星が僅かでほぼ物理的な人類とは違い、基本的な能力のどこかが常時物理法則を外れた幽星によって構成される魔法生物である。魔精国内の一般的な兵力であるオーガのように魔法が苦手な種もいるが、その肉体は幽星でできているため、殴る蹴る等の肉弾戦でも魔力を含む。それでも幽星濃度が微弱なので、相手の濃さによっては完全に無意味となってしまう。
シャドウピープルには、全く効かないレベルだった。
ために、そうした魔精からなる部隊はほぼ全滅。現在は生き残りたる魔法が得意な種族で対抗しているが、シャドウピープルは向こうからも干渉できなくなる代わりに魔法すら受け付けず視認もできなくなることさえ可能とするので苦労していた。
もはや都市伝説側は7〜800万体ほどの兵力に対し、魔精側は3〜400万体。劣勢は明らかだ。
「……それと将軍」
スリーピーホロウが異常依頼書を読んでいると、傍らのデュラハンがは口にしにくそうに付言した。
「西方の〝空飛ぶ円盤〟と百物語の一話を伴う敵軍を引きつけていた巨魔兵長ヴクブカキシュ様は、……相手を巻き添えに玉砕されたとのことです」
「なんだと!」
思わず、スリーピーホロウは立ち上がった。無念がるように頭を振り、嘆く。
「……これで二人もやられたというのか。人類との百年の戦争で受けた損害を、たった四日で被るとは」
かくいうスリーピーホロウも、今や九魔将精となった一角。〝
「……
どうにか自身を落ち着けて問う騎士団長へと、デュラハンは答える。トラヨシたちの乗っていたUFOだとは知らずに。
「幽星奈落で消息が途絶えました。彼らは都市伝説の出現地点が判明する前にヴクブカキシュ将軍支援を目的に離れたため、敵を追い詰めるつもりで奈落で蒸発してしまった可能性があります。同時に、百物語サンダーバードの介入で付近にいた部隊も全滅しましたので、調査もままならないかと」
「敵本拠地を攻めて注視を逸らすのも限界か。元より、我々ではどうすることもできないと見越して守備が手薄いのだろうがな。巨躯混沌竜たちの死を無駄にはさせんぞ」
そう、都市伝説たちは幽星奈落から湧いてきているのだ。そこにサタナ・イル以外の魔精は踏み込めないが、ある作戦のために彼らは攻めて包囲していた。
意外な程に防御は甘かったが侵入できないのを読まれていたなら当然といえた、それでも時間稼ぎになればよかったが。
「撤退の方は完了したのか?」
ほぼ覚悟を決めて将精は最後に問い、デュラハンは言いにくそうに報告する。
「あと一時間ほど猶予が欲しいとのこと」
「間に合わんな」スリーピーホロウは目前のテーブルを踏み、卓上を駆け出した。「直接出向いて時間を稼ぐしかあるまい!」
自分の頭を石礫代わりに投げ、正面の大窓を割る。
そのまま上階から飛び降り、空中でキャッチするや自由落下しだした。
兜に包まれた頭部の切断された首横の隙間から、口元に手を差し込む。
指笛が吹き鳴らされた。
呼応するように、真下の地面から骨が湧き出る。それらは組み上がり、肉と装備を纏った生きた黒馬となると目を光らせた。
鞍に跨る格好で降りたスリーピーホロウは、手綱を操って馬を走らせる。
助走をつけ、崖上から恐るべき跳躍力で飛んだので、ほとんど自軍の頭上を超えた。
騎乗した人の騎士に似るが馬も当人も白く半透明な幽霊じみた魔精――
勢いのままに、スリーピーホロウは空間収納から
首を天高く放る。
上空から戦場を俯瞰し、突き、切り、引っ掛け、叩くという四種の機能をフル活用して敵を数十体は蹴散らす。魔将精としての幽星濃度の高さで、物理攻撃を無効とするシャドウピープルも形無しだった。相手は電撃を纏うため触れるだけで生物は感電するが、アンデッドであり中身は骸骨な彼には無効でもある。
「おいおい幹部様のお出ましか」
妖精騎士と影の戦地に、違った容貌の奴がいて吠える。
ディナシーの喉笛を鎧兜ごと噛みちぎり、跳び退くや空中回転して着地。頭部を首の上に載せて受け止めていたスリーピーホロウを睨み据えたのは、柴犬だった。
ただし、ハゲかけの頭髪で太ったむさいおっさんの顔を持つ。
「百物語92番、【
愚痴りながらも飛び掛かった彼の動きはかなり素早かった。なにせ、高速道路で車を追い抜いたという噂もあるくらいだが、
次の瞬間には、おっさんと犬は分離していた。
さっきの獲物にしたように首筋を狙ったが、直前まで相手を視認していなかったのが災い。首無し騎士が再度頭をはずしたために空振り、自らが首を撥ねられたのだった。
「ちくしょう、ほっといてくれりゃいいのによ!」
「こんな奴が向こうの幹部とはな、所詮は数だけか」
哀愁漂う断末魔で蒸発する人面犬の煙を背に、スリーピーホロウはハルバートを振って吐き捨てる。
そんな彼は見落としているのか、背後でも複数の妖精騎士がシャドウピープル以外に倒されていた。
やはり次々と飛び掛かかり、鎧兜ごと噛み砕く者。ただしこちらは、長い舌と牙を突き刺すことで相手の血を吸い付くす怪物。
そいつは人面犬がやられたのを察するや、背中に無数にある棘を逆立て翼のように変換して短距離を飛翔。将精の背に襲い掛かった。
「90番代を倒したくらいで調子に乗るな! この百物語75番チュパカブラがトマトジュースにしてやる!!」
が、
スリーピーホロウに届く前に、横から強酸性の毒液をぶっかけられて融解。奥にいたシャドウピープルの数十体もまとめて溶かされ、片っ端から煙となって蒸発させられる。
「魔法が有効な敵は任せておけばいいのに」毒液が浴びせられた方向から、妖精騎士たちの間をしゃべりながら歩いて来る者がいた。「前線に出てくるほど戦況は芳しくないの?」
黄金と宝石で飾り立てたほとんど半裸な赤紫の衣をまとい、金色の杯を握る美しい怪女。
九魔将精が一角、〝
「その割によそ見とは油断が過ぎるわね」
と横に並んで皮肉る美女へ、首なし騎士は小脇に抱えた後ろ向きの頭部を示して反論した。
「身体の向きで判断するな、上に投げた首で一帯も俯瞰済み。おまえがいることを見越しての判断だ」
「あら、信頼されたものだわ。気があるのかしら」
妖艶な笑みで、バビロンは前方を見据える。
「けどこの
「古臭い騎士道にのっとり、貴婦人のために戦うのも悪くない。なるべく多数の百物語を道連れにしてやろう」
「ロマンチックとは程遠いデートプランだけど、付き合うわ。個々の強さは、向こうの幹部より将精の方が上みたいだしね」
二人が一時的に退けた前方の空白を埋めるように湧くシャドウピープルへと、将精たちは迎撃を覚悟して構えたが。
「百物語ごときを幹部扱いとは舐められたものだネッ」
シャドウピープルの群れが左右に分かれ、道を作る。奥底の暗闇から歩み寄ってくる何者かを通すために。
「連中はボスモンスターといったところだ。本当の大幹部は、百物語の上位7番までだネッ」
間抜けな口調と裏腹のとてつもない幽星濃度の高まりに、スリーピーホロウとバビロンは身を引き締める。
やがて全貌が鮮明となるほどに接近したそいつは、体長十数メートルの恐竜。水生爬虫類の首長竜に酷似した怪物であった。
「百物語とは別格の強さ故に、シーたちはこう呼称される」
ヒレとなっている四本足を目近で止めると、将精二人を見下ろして恐竜は名乗った。
「〝
おそらく最も有名であろう未確認生物が、そこに鎮座していた。