「都市伝説が概念にも影響するっていうの?」
朝を迎えた高天原。和風駅馬車の車室内で、背面側の席に座す副ギルド長エレノアは問うた。
「さよう」
対面する御者席を背にして座る青龍姫巫女が答える。
「異世界人とやらを試す際、主も不必要に都市伝説を元にした面接を真似てしまったと述べたろう」
「ま、まあ」当時の奇行を恥ずかしがりながらもエルフは認める。「試すには一つで充分と思ってたのに、どういうわけかやり過ぎちゃった感はあったわね。けど、そんなものまで都市伝説の仕業だなんて」
「都市伝説の本質は情報だからのう。情報は幽星に通ずる、魔法の源であり、行使には精神力を消耗する。すなわち心という情報に波及するのだ。ギルド総長は
「みーむ?」
聞き慣れない言葉に首を傾げるエレノアだった。
彼女たちは路頭上流に向かっていた。
転移魔法でも行けたが、姫巫女がエレノアへ話しておきたいこともあるとして一番近い港街に移動後、護衛の馬車や鎧武者や式神の折り鶴を引き連れた列での移動だった。重役はこの二人だけである。
「とかく」
そんなわけで姫にして巫女は続ける。
「概念や現象として影響する実体のない都市伝説は明確に敵対はしておらん。存在自体が危険なものもあるがな。例えば、〝耳から出てきた糸を引っ張ることで失明する〟〝海辺で転んで怪我をすると体内でフジツボが繁殖する〟〝クモに噛まれた痕からクモの子供が発生する〟なぞが新種の病として確認されだしておる。これらは〝自然種〟として適時対処した方がよかろう」
「キモい事例ね」
「一方で意志を持つ都市伝説でも必ずしも敵対はしておらん。主の報告ではベートーヴェンの肖像画、小さいおじさん、ビッグフット、などだな。元から凶暴な場合なぞは対立することもあろうが、これらも〝野生種〟として別に対応すべきだろう」
「……タクシー、乗せてください」
そのとき、第三者の場違いな声が車外から聞こえた。
田園風景を背景に、道端に立って片手を挙げ、馬車の斜め前方辺りで呼び掛けてきた女性である。色白で青い着物を纏った、薄幸の若い女だった。
「いたか。あの娘も、野生種の実例だ」
事情を知る馬車たちは構わず通り過ぎようとしたが、姫巫女は席を立って客車横のドアを開け、すれ違いざまに外の娘の腕を無理やり引っ張り上げて乗せる。
「都市伝説【タクシーの後部座席から消える女性客】だそうでの。モデルとしてはかつて路頭上流の沖で溺死した娘の面影があるそうだが、おそらくは別人だろう。解決してもすぐ同じ依頼が現れ、移動距離に応じたミダス貨幣も報酬として支払われるのでな、冒険者たちにとってわざと遠回りして送迎する人気の稼ぎどころと化しだしておる」
「せこいわね。まずタクシーからわからないけど」
「地球の乗り物らしい」
女性客とやらを入り口付近に立たせたまま、自分の席に戻って姫巫女は継続する。
「ここにはない故、代わりに馬車を停めて乗せてもらおうとするようだ。いずれ消えるから注視しておればよい」
「路頭上流までお願いします」
女性客はか細い声で頼んだ。
「向かっておるから安心せい」
姫巫女は袖の中から異常依頼書を抜き出し、エレノアに向けて示す。
『タクシーの後部座席で消える女性客を目的地まで送迎』とあった。
「地球の高天原に似た国以外では〝自動車内で消えるヒッチハイカー〟ともされ、昔はそれこそ〝馬車で消える乗客〟としての話もあったそうだ。馬車、自動車、タクシー、ヒッチハイク、これら人の文化の発展に付随して姿形が変わっていることを考えると〝自然種〟ともいえよう」
「馬車以外わからないんだけど」
エレノアをスルーして、姫巫女は言う。
「どうにせよ自然種や野生種への対策は危険なものだけにして、優先すべきはアストラルの住人を明確に敵視し襲っておる〝フォークロア〟と称する連中だな。ここまで耳にして、何かとの類似に気づかぬか?」
エレノアはちょっと考えて、口にする。
「説明不足があり過ぎだけど、やっぱり幽星や魔精と似てるってこと?」
例えば魔法は意思を持たない幽星の変化形態、都市伝説でいうところの〝自然種〟といえるかもしれない。魔精にも都市伝説の〝野生種〟同様、進んで人に危害を加えるわでない者も多い。魔精皇サタナ・イルに従う魔精皇国だけが明確に敵対する、いわばフォークロアといったところだろう。
「さよう」姫巫女は断言する。「都市伝説は幽星と全く変わらん。生まれたのが地球なだけだ。それが文化や法則、概念まで含め、何らかの要因でアストラルに流入して広がっておる。世界自体を塗り替えるかの如くな」
「何らかの要因って?」
「まだわからん。ギルド総長が魔精皇と共に調査中だ」
「サタナ・イルと!?」
「そこが本題さね」
にやりとして、姫巫女は言及した。
「都市伝説は魔精より幽星濃度が濃く平均的に強いそうだ、そいつらが魔精も人類も区別せずアストラルの民を襲っておる。ギルド総長はこの問題を解決するために、人類と魔精が手を組む必要があると捉えておってな」
「いや無理でしょ!?」
エレノアは文字通り頭を抱えた。
「わたしたちだって、キャメロットを魔精に襲われて命からがら逃げてきたばかりよ!」
「だからまず、他を差し置いて君へと相談したのだがね」
「……そりゃ」
自身への信頼を説かれて、副総長も多少落ち着こうとする。
「冒険者ギルド副総長としては、大局を見極めるわよ。魔精に殺された同族もいるけど、アストラル自体の危機なら私情を抑えもする。けど、わたしだって我慢が必要なくらいなら、人類にも魔精にも反対者続出でしょそんなの」
「そこが困りどころなのさ」
深く座席にもたれて、姫巫女も難しそうな顔をした。
「自覚があるからこそ、サタナ・イルも魔精国内にもあるギルドを仲介者として選定し、
高天原は魔精と最も共存している国である。彼らは種族的性質も相まって、亜人含む人類種も魔精も〝八百万の神〟の民と捉えて明確な分類をしなかった。
魔精国との戦争にも、そこから最も遠い大国として唯一直接的な介入をせず、せいぜい支援物資のやり取りで人類に協力する程度だ。ためか単に遠方だからか、魔精国も彼らに積極的な攻撃は加えていない。
そして五人いる姫巫女のうちこの青龍姫巫女は、エレノアよりもギルド総長と親しく長い付き合いがあるのだ。
「異世界VS都市伝説、都市伝説には異世界ぶつけんだよ!! といったところか」
唐突な巫女の宣言に、やや唖然としたあとでエレノアはツッコむ。
「……なにその、何かのキャッチコピーみたいな文言は?」
「さあな。時たまこうして言動にも自覚なく妙なものが交じるようになってきた、地球から都市伝説と共にそれを成立させうる思想的遺伝子が流れ込んでいる影響らしい。ギルド総長曰くな。主とて、キャッチコピーなる発言は微妙ではないかな」
「そ、そうかも」
二人して互いの言動を不思議がっていると、馬車が速度を落とした。
「着いたな」
姫巫女は途中で乗せた女性客に目をやって告げる。エレノアも窺うと、乗客は次第に透明となり間もなく幽星となって消滅した。
馬車も止まる。ちょうど路頭上流の入り口だった。
二人は砂浜の手前、まだ土が残存する辺りで降りる。
辺りには、着物を纏った
オーガの同類だが、全体的にそれより痩せていて角が生えており、肌の色は青だけでなく赤や緑など様々な種だ。高天原の人類と共存する魔精である。
砂浜には、波打ち際から地面を削っていくらか進み、半分埋まった物体があった。
――ロズウェル事件のUFOだ。
鬼たちはそれを調べたり、破片を回収したり、乗組員を救助しようと試みていた。無論、姫巫女の指示である。
「高天原で漢字の読みを変えると〝ロズウエル〟となる土地は路頭上流だけだからのう」
姫巫女は一連の光景を眺めて言い及ぶ。
「都市伝説の影響が現地を変化させつつある性質を考慮すれば、〝ロズウェル事件の調査〟とやらの異常依頼はここを現場として改変するのではないかと睨んだのだ。鬼たちを派遣していたが、正解だったらしい」
またも、空間収納魔法のように何でも出てくる袖から問題の依頼書を出すと、そいつが幽星となって蒸発することで確認した。
「さて。おそらく鍵となる異世界人トラヨシとやらにも、さっきの事情を打ち明けねばならんだろうね」
鬼たちは墜落し半壊したUFOにある楕円形の搭乗スペースは開けることができずにいたが、異常依頼書の消滅と同時にそれ自体も蒸発を始めた。
まもなくUFOは消え、後には墜落の衝撃で気絶した四人だけが取り残されていた。
トラヨシとブランカインとマリアベルとニーナ。うち、異世界人だけが辛うじて意識を取り戻し、覚束ない足取りながら立ち上がろうとする。
倒れそうになった彼の両手を、鬼二体がそれぞれつかんで支えた。
「トラヨシたち!? 報酬は情報だったけど、本人がいるなんて。無事だったみたいね、よかった!」
遠目にも姿をとらえて確信したエレノアが喜ぶ。
鬼たちはこれによって、主人たちの方に向き直った。
オーガ並みの巨体である二体の鬼に両側から腕を掴まれて立たされるトラヨシ。
その姿は、1950年3月29日にドイツで発売された週刊紙のエイプリルフール企画に掲載されたが後に事実かのようにも語られた、墜落した空飛ぶ円盤からトレンチコートを着た男二人組に
「【捕まった宇宙人の写真】の都市伝説みたいだな」
そう連想して、青龍姫巫女は笑った。