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メリーさんからの電話をどうにかして!

「「!!」」


 後続の二人は戦慄した。


「百物語って口裂け女やサンダーバードが名乗ってたものでしゅよね!」

「間違いない、都市伝説【メリーさんからの電話】だ。捨てられた人形が電話しながら元持ち主に近づいてくるってやつだよ!」


 とはいえそれ以外は普通。折り鶴は速度も変わらず飛んでいるし以降は無言、付いてくるよう指示されていたトラヨシとマリアベルは突飛な行動には出れなかった。


『……こえるか? どうした、急に交信が不安定になったが』

 折り紙の向こうが姫巫女に戻ったので、トラヨシは急いで訴える。


「大変です! 通信がたぶん乗っ取られて――」


『ブランカイン殿とニーナ殿の病状による影響か?』素っ頓狂な返しをされた。『それにはまず詳しく教えてもらわねば助言もできまい』


「じゃなくて!」

 またブツリと通話が途切れた。


 プルルルル、プルルルル。


 という今度は電子的な電話の着信音らしきものが響き、さっきの声に切り替わる。


『もしもし、わたしメリーさん。今、路頭上流にいるの』


 そしてまた無言。


「ち、近づいてましゅね。対処手段はないんでしゅか?」

 焦って問うマリアベルに、トラヨシは脳裏を探る。

「……電話に出ないって手があるけど、相手は魔法だしな」


「水晶通信なら打ち切る方法もありましゅが、式神での交信は東洋の術で、切り方がわからないでしゅ。放置したらどうなるんでしゅか?」

「いろいろだよ。結末が語られないのから、最悪の場合単に殺されるって内容なのもある」

「するとこれまでの都市伝説の傾向からして、即死攻撃と解釈される可能性もありましゅね。妖精魔女のわたちには〝即死無効〟の常時発動技能パッシブスキルがありましゅが、トラヨシさんはないでしょうし。――あっ、メリーさんは少女っぽい声色でしたが口裂け女の時みたいに愛の告白するのはやめてくださいね!」

「なんの心配してんだよ、だいたいんな対処法はなかったはずだし」


 ツッコんでるうちに、三度異音。

 今回は書いたら著作権的に問題がありそうな地球での流行り歌だった。


「あれ、声が変わりましたね。メロディーもついてるし」

「これは着歌のつもりか。――案内の動きに変化はないし、折り紙から離れて逃げるってのは駄目かな?」

「街の人達に被害が及ばないでしゅかね」

「だよな。……なら壊したりしたら、どうだろ?」


「いいでしゅね、〝愚者火炎イグニス・ファトゥス〟!」

 提案した途端、マリアベルに実行された。

 彼女の杖からの炎で、紙は瞬く間に消し炭となる。周りの市民はちょっと驚いたが、それだけで日常に戻っていく。魔法があるアストラルでは、花火程度のものなのかもしれない。

「行き先はわかってるんでしゅ。後で事情を説明すれば、都市伝説を街中に入れるよりはマシでしゅよ!」

「た、確かに」


 少女の行動力にトラヨシが圧倒されていると、途中で合流した別の折鶴がしゃべった。

『……どうした!』姫巫女だ。『式神の一つがやられたようだが!?』


「はい! どうやら大変なことになってるみたいで!」


『ブランカイン殿とニーナ殿がか? どう大変なのだ、早く症状を――』


「その話じゃないっての!」


 しつこい相手に苛ついたとき


『もしもし、わたしメリーさん。今、神代にいるの』

 途中で合流したほうの式神へと、都市伝説も移った。


「くそっ、街まで来た!」


 ボウッ!

 有無を言わさず、マリアベルは無詠唱の愚者炎で余った折鶴をも葬る。

「自己申告が本当なら移動速度がとんでもないでしゅね。退治するために探した方がいいでしょうか?」


「か、かもな。どっちにしろ連絡手段がなくなったから、まずは報告した方がいいかも――」

 隣人の対応力に感心しながらも提言したとき、


『もしもし、わたしメリーさん。今ね――』


 真上からの声。

 とっさに仰ぐと、新たな折鶴が空から降りてきてしゃべっていた。


「しまった!」今さらながらトラヨシは気づく。「複数の式神で探してたみたいだったな。他にもあったか!!」


 遅かった。メリーさんはもう折り紙からではない方角から、宣言したのだった。


「――あなたたちの、後ろにいるの」


「ひぃッ?!」

「だめだ! 振り返るとよくない結末が多い!!」

 見返ろうとしたマリアベルの肩を掴み、トラヨシは制する。次いで即座に唱えた。


「都市伝召喚、〝異世界エレベーター〟!」


 呼び出せるのは、〝アストラルで遭遇した意思のない近現代都市伝説に関連するもの〟。

 異世界エレベーター自体で来訪したので、この世界で遭ったものと判定できるかが微妙だった。だが、アストラルに着くやエレベーターが消滅するところは目撃している。間違いなく、この世界に存在した瞬間ならあったはずだ。


 腰元で握り締めていた伊都之尾羽張イツノオハバリの消失で確信、次の一手を講じるべくようやく後方を確認する。


「え、なによこれは?」

 そう戸惑ったのは、真後ろの空中に浮くドレス姿の可愛らしい西洋ビスクドールだった。

 虚無にぽっかり現れたエレベーター内部だけからなる空間内で。


 もっとも視認できたのはごく短時間。開閉を知らせる電子音と共に扉はすぐに閉まる。

 もはや閉まったドアだけが虚空に認識できる状態だ。


「ちょっとお! なによこれ反則でしょ、開けてよぉ!? 楽に死なせてあげるだけだからぁ!」

 同情を誘う様な涙声で内側からそれを叩き、恐ろしいことをほざく。


「開けさせる工夫もない頼み方だな! 都市伝召喚、〝伊都之尾羽張〟」


 呆れたトラヨシはすぐにエレベーターを消し、代わって戻った刀に手を掛けて身構えた。

 エレベーターだけ消滅してメリーさんが残ったら意味がないからだ。ただ、エレベーターは地球のものなので入ったからにはもう別の世界に隔離したと判定して欲しかった。


 幸い、当たった。


 エレベーターが蒸発した向こうには、なにもなかったからだ。

 双方とも幽星化したのかはたまた異世界へ送られたのか。ともかく煌めく煙は、幽星奈落の方角へと飛んでいった。


「さ、さすがでしゅねトラヨシさん!」

「今回はぎりぎりだったね。……いつもか」


 〝駅で携帯電話に掛かってきて、電車に乗った途端に後ろにいると伝え、直後にドアが閉まってメリーさんがホームに取り残される。〟そんなネタをメリーさん対策としてネットのどこかで目にしていた経験が役立った。


 周囲の人々はさすがに突然出現したエレベーターに驚愕したのか、立ち止まっている。


「……にしてもトラヨシさんはあれでアストラルに来られたってことなんでしゅよね。すると、メリーさんっていう都市伝説は地球に行っちゃったんでしょうか?」


「いや、〝異世界エレベーター〟に戻り方は語られてないからな。エレベーターが蒸発しての幽星に混じってなければ、さらなる異世界にでも旅立ったのかも。どっちにしろ、世界を超えて電話を掛けてくるって噂はないから大丈夫だと思うけど」


 ふと、ざわめきで周りを認識する。


「と、とりあえず天津社寺に向かいましゅか」

「そ、そうだね」


 環視を集めていることに気づいて、二人はそそくさと歩みを再開した。

 幸い魔法があるので大道芸的なレベルの出来事と解釈されたのか、市民たちもまもなく往来へと帰っていった。


 以降の道中では、なおもいくつか街に散っていたであろう折鶴に出会って先導されたが、どちらにせよもう迷うことはなかった。

 鎧武者の門番も折り紙を確認するまでもなく、事前に魔法で転写されたトラヨシとマリアベルの容姿を見知っていたので、ほとんど顔パスで通してくれる。


 巨大な両開きの扉が開くと、太鼓橋が掛かった巨大な池があった。蓮の花に彩られ、錦鯉の泳ぐ水面に浮かぶ神社と寺を足したような高層木造建築物。

 それが、天津社寺だった。



 ちなみに。メリーさん撃退からここまで、新たに加わった折鶴は都市伝説との遭遇なぞ問いただすこともなく、むしろそれによる通信障害にかこつけて、延々と例の調子でブランカインとニーナの病状ばかり問い質し続けてきていたことは補足せねばなるまい。

『ようこそ天津社寺へ。ところで、複数の式神がやられて通信が途絶えた理由は、やはりブランカイン殿とニーナ殿の病状のせいか? なにしろ詳細をいっこうに明かしてくれんのでな、分析のしようがない』


 なぞと迎えたのは、橋を渡った先の社寺入り口前で待っていた人型に折られた小さな折紙だった。やはり浮いていて、姫巫女の声色である。折り鶴たちは別の役割があるのか、バトンタッチするように飛び去った。


「どんだけ知りたいんだよ!」疲れ果ててトラヨシはツッコむ。「つーか人混みじゃ口にしにくいと理解してて嫌がらせしてんのかってレベルだわ。こっちはそれどころじゃない報告をしたいんだけど」


『人混みはなくなったし、何事かあったなら正体不明のブランカイン殿とニーナ殿の病状を怪しむのは自然ではないかのう。さあ、早く――』


「……つ痙攣でしゅ」


 トラヨシの隣でうざ過ぎる追及に苛立ち、わなわなと震えだしていたマリアベルだった。

 実際人目はもはや遠くの門番くらいしか見当たらなくなったからか。彼女は拳を握り締め、真っ赤になりながらも式神を睨み据えて絶叫した。


「【膣痙攣ちつけいれん】でしゅ!!」


『……え?』

 表情がなくてもきょとんとしてるのが伝わってくる紙人形の前、引き攣った顔のトラヨシの横で、ヤケクソのように大声で暴露する。


「ブランカインさんとニーナさんは恋人同士で、三人旅になってからはわたちに気を遣ってご無沙汰で、最近も都市伝説どうこうで忙しかったんで、久々にヤッたらあそこがくっついて離れなくなったんでしゅよ。で、恥ずかしくて助けも呼べないで朝までもがいてたらわたちが起こしに行って鉢合わせしちゃったんでしゅ!!」


 怒りからか照れからか、取り残された二人をおいて、魔女はだんだんと足を踏みならしながらさっさと扉を開けて天津社寺内へと入っていった。


『……ようわかった。なんかすまんかったな』

 弱々しく姫巫女は謝ったが、

「おせーよ!」

 トラヨシは吐き捨てた。






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