そこから、姫巫女は以前路頭上流へと向かう馬車内でエレノアに説明した内容を客人たちへも簡潔に伝えた。主に、魔精と人類が共同戦線を張ることを中心にだ。
「魔精と手を組むでしゅって?」
もはや席についていたトラヨシの隣席で、マリアベルは立ち上がって抗議する。
「冗談じゃないでしゅ、彼らに何人殺されたか。ましてやそいつは勇者様の仇でしゅよ! エレノアさんたちは納得したんでしゅか!?」
件の老婆を指差しながら追及する魔女に、ギルド副総長は重たい口を開く。
「……もちろん時間は掛かったわよ。わたしだってエルフ族を何人も失ってる。けどこっちも魔精を殺してきたし、冒険者ギルドは彼らとも仕事はしてきた。外では人の依頼を仲介して魔精を葬りながら、内では中立と称しつつも人類発祥の組織として人狩りの依頼は省くという立場でね。彼らとて不満はあるだろうに、堪えて申し出てるのよ」
「キヒヒ。魔精国内のギルドでは従業員全員を人類にはできんかったろう」老婆が、ニヤつきながら余計な言及をする。「裏では魔精の職員によって人狩りの依頼も捌いておったのじゃがな」
「うっ!」
眉を顰めるエレノア。
「アレクサンドリア殿!」
ラインハルトが、隣で老婆へと叱責した。
「無闇な挑発をよさぬか。助けを求めてきたのはそちらだろう!」
「キヒヒ、すまぬな。されどいずれ明るみに出ること、後から揉めるよりマシであろう」
アレクサンドリアと呼ばれた老婆は、たいして悪びれた素振りもなく言い訳する。
「……どこがやねん」
殺気立つ会議に脱力するトラヨシの呟きをよそに、一転してアレクサンドリアは真剣な付言ももたらした。
「……都市伝説を共に葬った暁には、これまで人類に与えた損害に対して、相応の償いはするとは約束しよう。魔皇サタナ・イルの名においてだ。無論、わしの名にも誓おう。これで如何かな」
彼女は胸元で空に円を切る。
ニーナもよくやっていた祈りの仕草だが、あちらが右周りなのに対しこちらは左周りだった。
場はしんとした。
エレノアも落ち着き、マリアベルさえも大人しく座り直す。アレクサンドリアによる宣誓は、サタナ・イルを神と崇めもする魔精皇国で最大のものだったからだ。
「……え、えーと」
ようやっと訪れた静寂に、トラヨシは挙手して発言する。
「空気読まないようで悪いんですけど。彼女が誰かから教えて欲しいですね」
静かになってようやく判明したが、室内には円卓の誰のものでもない女性の啜り泣く声が木霊していた。
「ふむ、頭が悪いのだったな仕方ない」姫巫女は解説する。「国会議事堂開かずの間がダンスホールだった当時、アメリカの進駐軍と恋に落ちた国会議員の女が、男の帰国で失恋したのを苦にここから飛び降り自殺して幽霊となり、泣き声を響かせるようになったそうだ。異常依頼によればな」
「いや失礼だな、そこは知ってるし。泣き声の方じゃなくて」
超常現象研究家であるために熟知してたトラヨシは、アレクサンドリアを指差す。
「彼女ですよ! ヴクブカキシュと同じ魔将精ってのは流れで耳に入りましたけど」
「同じか、キヒヒ」
指名された当人は、おもしろそうに明かした。
「わしは七魔将精、〝
「別名、〝
エレノアが付け加える。
「元魔王!?」
「1000年前までのな」
驚嘆するトラヨシへと、姫巫女は教授しだした。
「わらわら、高天原の民の半分は
エレノアが継ぐ。
「加えて、転生後は大陸東端の国〝
頷いて、ラインハルトは結論づける。
「経歴だけならば、此度の会議には適任といったところだな」
「……知ってます、知ってはいますけど」マリアベルは苦悩していた。「以前の仲間、勇者ヤステル様を殺した張本人でもあるんですよ!」
「よく憶えておるとも」
アレクサンドリア・トリスメギストスは認める。
「されどわしは魔精国の魔将精。仕える魔皇を討とうとする敵に応戦したまで、仕掛けてきた者が覚悟すらないなぞと申すなよ」
「……うっ」
マリアベルは怯み、トラヨシには疑問が浮かんだ。
「ええと。なんか今の評価だと、あなたは人類と敵対したくなさそうみたいですけど」
「キヒヒ、国が一枚岩じゃとでも?」アレクサンドリアは堂々と応対する。「むしろわしが重役に留まり抑制を働かせておったからこそ、この程度で済んでいたのじゃ。サタナの好きにさせていれば、人類はさらに広い領土を失っていたろう」
「……あなた達、魔精国内ではどうなんでしゅか。反対はないとでも?」
今度は己を律して問うマリアベルへと、相手も誠実に答える。
「わしが考えを別にするサタナと共にいるように、魔皇の決定は大きい。力こそがあの国では重要なのだ。とはいえ、やはり反対派も多かったがのう」
そこで、彼女は悪魔のような微笑を復活させる。
「特に強固な反対派の重鎮であった将精の二人、巨魔兵長ヴクブカキシュと
「孔明の罠みたいな!?」
謎でしかないトラヨシの反応をよそに、戦慄する室内。みなまで言わずとも、軍師王と呼称される彼女の策略である可能性が脳裏をよぎったのだ。
女の啜り泣きが反響する中で、滑った雰囲気になったトラヨシはどうにかさらに尋ねる。
「ほ、他の人類の国々はどんな姿勢なんですか?」
「大陸の六割を占める十の大国にも水晶を通じて伝達済みだ」
明答したのは姫巫女だ。
「これら
「じゃあ、ほぼわたちたちだけが難題ということでしゅか」
「……おれとしては、アストラルの事情は熟知してない」再び悩む妖精魔女の傍らで、トラヨシは心情を吐露する。「実際魔精には襲われもしたけど、こっちが返り討ちにもした。平和に解決できるなら同盟もいいってところだ。でも、マリアベルたちは仲間だ。何があったのか把握してないけど、彼女たちの意見も尊重したい」
長い沈黙。
注視はマリアベルへと集まり、女幽霊の啜り泣きだけが響き渡る。
「……わかりまちた」やがて、魔女は決意した。「個人的にはアレクサンドリアは許せませんが、魔精国との同盟には同意しましゅ」
「平気なの? ブランカインやニーナにも意見を求めたほうがいいんじゃ」
「あの二人は、わたちほど魔精を憎んではいませんから。きっと大丈夫でしゅよ」
ようやく空気が和らいだようだった。幽霊は相変わらず泣いているが。
「ふむ」
姫巫女は嬉しそうに、話題を移した。
「では難題のもう一つ、都市伝説の一部と組めるかだ。これも君ら以外とは賛成多数でまとまっている」
「へ?」
「と、都市伝説とでしゅか?」
驚きだけなら、トラヨシとマリアベルにはさっきよりも大きかった。
「俺ミタイナ奴トダ」
唐突に、これまで唯一一言も発していなかった人物が口をきいた。アレクサンドリアの隣席に座す、毛むくじゃらな存在だ。
「あ、あなたは魔精の誰かじゃないんでしゅか?」
妖精魔女の認識はそうだったらしく、超常現象研究家も予測の一つは同じだった。
けれども異なり、都市伝説なのだとすれば大きな心当たりがある。
後に捏造だともされたが、パターソンフィルムいう山道を振り向きながら歩く映像。そこに映っていた生き物に瓜二つなのである。
「……も、もしかしてビッグフットとか?」
急激に高まった可能性を口外すると、相手は誇らしげに名乗ったのだった。
「イカニモ、俺ハ都市伝説。千夜一夜物語ノヒトツ、〝ビッグフット〟ノ〝サスカッチ〟。最モ毛深イ女ダ!!」