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第11話-舞い込んできたのは、彼だった

「あれ、またピアス開けたの? てか他のピアスは?」

「はい、ちょっとその……衝動的に」


 翌日出勤すると、すぐに気付かれた。やはりジュエリーショップなだけあって、皆そういった点には気づきやすいらしい。

 外したピアスは、どうしてもつける気が起きなかった。峰からもらったピアスなど、もってのほかだ。


「いいじゃん、髪型的にもピアスよく見えるしきらきらしていい感じ。うちのピアッサーだよね」

「はい、前社販したやつで」

「うん、なら良し。あー、俺ももう一個開けようかな」


 店長の呑気な言葉に、安堵の息を吐く。

 元々髪色やネイルが自由な職場なだけあって、自社製品ならどれだけ飾ってもいいという規約にはとにかく助けられていた。


「ていうか元々ピアッサーについてるやつとはいえ、千尋くんが色石付きのピアスしてるのなんか新鮮だね。しかもピンク?」

「あ……これ、誕生石シリーズのやつで」

「そういや誕生日10月かぁ、まだ先だね」


 こうした、とりとめのない会話が今となっては本当にありがたい。ぼーっとしていると、どうしても峰のことを考えてしまう。


「そういやちょっと目が腫れてない? 開けながら泣いちゃった?」

「あ、あはは……そんなところです」


 ピアスを最初に開けたのは、大学時代だ。遙と一緒にいる頃は自身を装飾するなど言語道断だったし、そもそも興味も無かった。

 峰のことを考えていると、どうしても胸が苦しかった。当時は卒業後会える、という見せかけの希望があったのもありまだ耐えられていたが……それはそれとして、寂しくて仕方なかった。

 そんな時、たまたま仲良くなった大学の友人がピアスを開けているのを見た。そして、開ける時の痛みのことも聞いた。


『何かね、ピアス開けた瞬間だけ何か思考がトぶんだよね。だから辛い時とかよく開けちゃうんだよ』


 試したら、実際その通りだった。まるで閃光に焼かれるかのような痛みは、脳の中の苦痛も焼いてくれた。というよりは、痛みで他に思考が向かわないと表現した方が正しいのかもしれない。

 それ以来、峰のことを思い返して辛い時に衝動的にピアスを開けるようになった。いわば、この穴たちは千尋の衝動の数そのものだ。

 実際昨日も勢いで開けた11個目は、痛みやら手入れやらでその瞬間だけは峰のことを忘れさせてくれた。ただ、一瞬にしかすぎなかったのだが。

 それでも、この痛みは……遙から受け続けた暴力と違って、どこか心地よかった。中毒性すら感じるほどに。


「あ、俺ちょっと店長会行ってくるわ。何かあったら電話して」

「はい」


 テナントの裏口から店長が出ていくと、店内には一人になる。そもそも今日は平日の昼間なので、このモール自体に人が全然いない。いたとしても、ただでさえシルバージュエリーの店は他のアパレルに比べ入店が少ないのも事実だ。

 ひとまず、店内に展示してある商品を一つ一つ磨く。シルバージュエリーは放置するとすぐ変色するので、毎日日課のようにこの業務に当たっていた。そもそもコツコツとした作業は、千尋の得意とするところではある。


(……また、来てくれたりしないかな)


 指輪をクロスで磨きながら、ため息を吐く。

 とはいえ、また会えたところで何を話せばいいのか分からない。何しろあの時、あの場から逃げ出したのだ。

 そもそも顧客名簿を見たとはいえ、勝手に家まで行ったのだ。そもそも顧客名簿を利用した時点でバレたら大問題だというのに。


(完全に詰んでるよな、これ)


 重いため息を吐きながら、指輪を陳列棚に戻す。そして新たな指輪を手にとって、表面を眺めた。


「うわ、ひどいなこれ」


 すでに、斑点のように黒い変色が起きている。最初見た時はカビだと思って驚いたが、今となっては冷静に対処できるようになっていた。

 指輪のタグを外し、「シルバーポリッシュ」と書かれたボトルの蓋を開ける。中の液役を、備品の紙コップの中に少しだけ注いだ。そして、その中に指輪を落とす。


「臭……」


 変色がひどければひどいほど、化学反応で硫黄のような匂いが発生する。しかし、その分綺麗にもなるのだ。

 朝のうちに汲んできた水の入った小さなバケツに、ピンセットでつまんだ指輪を移す。かき混ぜるようにすすげば、斑点は綺麗に消えていた。水気を切って改めて磨けば、入荷当初のような輝きを取り戻した。

 最初こそは条件で入社したようなものだったが、ピアスのこともありジュエリー自体は嫌いではなかった。だからこそ、今の所は辞めようと考えるまでもなく続いている。

 大学には行ったもののとくにそこでなりたいものを見つけたわけでもなかった。正直、「遙から逃れるため」「峰に褒められたいがため」に進学した……といっても過言ではない。

 ふと、気配がした。慌てて顔を上げてテナントの入り口へ「いらっしゃいませ」と声を投げて、固まる。


「よう」

「先生……」


 姿を見ただけで、心臓が締め付けられそうになる。そんな千尋に気付いているのかいないのか、彼はずかずか店内に進んできた。


「全然客いねえじゃねえか」

「なんで、仕事は」

「今日は今の学校の創立記念日」


 あまりに想定外の展開に、息が出来なくなる。言いたいことがあるはずなのに、浮かばない。

 峰は千尋に、「休憩とかあるのか」と問いかけた。その目線は、どこか気まずそうだった。


「あ……あと、二時間くらいしたら」

「分かった、適当に時間潰しておくから休憩になったら言え。俺の連絡先分かるだろ、前顧客名簿に書いたし」


 その言葉にどきりとしたものの、頷くしかない。峰はそれを確認するかのようにちらりと見て、テナントを出て行った。


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