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第12話-爆発したのは、僕だった

 店長が戻ってきてすぐ、千尋は彼に休憩に出させてもらうよう頼んだ。普段よりは早いものの、平日で客入りもないためかあっさり了承された。

 テナントを出てバックヤードに入ると、千尋は震える手でスマートフォンに峰の電話番号を入力した。するとすぐ繋がり、コール音が二度も鳴らないうちに『はい』と声が聞こえてきた。


「あの、先生。今どこ?」

『二階の本屋。お前、飯は』

「ま、まだ……」

『店の前に居ろ、迎えにいく』


 そうとだけ言って、電話は切れた。ひとまずバックヤードを出て、テナントの前に出る。すると、数分足らずで峰の姿が見えてきた。彼は千尋に「来い」とだけ言うと、歩き出す。千尋は慌てて追った。


「飯行くか、どこがいい」

「えっ……あの、一階のレストラン街ならどこでもモールの社員割効くけど」

「へえ、便利だな。じゃあ蕎麦でも行くか、アレルギーは?」


 首を振ると、峰は頷いた。そのまま、千尋の一歩先を行く形で進み続ける。

 ……一体どうして、また現れたのだろう。あのままフェードアウトしても、おかしくなかったのに。

 聞き出せないまま、蕎麦屋に到着した。平日で空いていたのもあり、あっさり席に通される。いざ対面になると、一気に心音が大きくなり始める。なんせ、あんなことがあってからの今日だ。あまりにも、緊張する。


「昨日、何でうちに来た」


 そんなさなか、爆弾が投げ込まれる。慌てて峰を見ると、彼もまた千尋の顔を見つめていた。その目を、6年間欲し続けていたのに。今となっては、心臓を射抜く矢でしかない。


「……その、どうしても、会いたくて」

「家は何で、って顧客名簿か」

「ごめんなさい、その、それは本当に、ごめんなさい」


 声が、どもる。この不安感は、知っている。遙の折檻を受けている時と同じだ。あの、次に何が来るか分からない焦燥感。


「別にいいさ」

「え」

「お前だしな。他の人間なら見逃さなかったが」


 そのまま、峰は様子を見に来た店員に自分の蕎麦を注文する。慌てて千尋も同じものを頼み、店員は会釈して去って行った。


「というか、何で家に来たんだよ。先に連絡とかすればいいだろ」

「あの、その……知らない番号から出ないとか、あるかなって」

「なるほどな、まあそれなら仕方ないか」


 思いの外許されている気がして、安心する反面もう一つの疑問が湧いてきた。というよりは、不安での抑えがなくなったと言う方が正しいのか。


「あの、昨日一緒に居た人は……」


 恐る恐るの問いに、峰は「ああ」と茶を飲みながらつぶやいた。


「ちょっと前から面倒を見てる、いや見てもらってる……という方が正しいか」


 峰にしては、やけに歯切れの悪い言い方だ。それが気になって口を挟めずにいたら、峰は茶をテーブルに置いた。


「何人かいるんだよ。俺のそばにいる代わりに何でもする、って奴が」


 何を言ってるのか、意味が分からなかった。ただ、一つ読み取れたのは。


「じゃあ……恋人ではない、ってこと?」

「恋人は作らない主義なんだよ、俺は」


 それを聞き安心する反面、心臓が握りつぶされた心地がした。

 だとすれば、あの時の告白は。


「……僕とも?」

「ん?」

「じゃあ、何で。何であの時、あんな、期待を、きた、期待を持たせるような」


 声が、漏れる。手足どころか、全身の震えが止まらない。

 峰の口が、重いため息を吐く。


「俺が約束したのは、大学卒業後また会うってことだけだ。付き合うなんて一言も言ってない」


 決定的な一言だったからこそ、衝撃が強かった。

 ばしゃん! と大きな音を立てて峰の顔に茶がぶちまけられる。峰の「熱っ」という言葉よりも、千尋が湯呑みをテーブルに置くガンッ! という音の方が大きかった。


「あんたさぁ! どこまで僕のこと裏切るんだよ! 人のこと、期待っ、させてっ……!」


 また、耐え切れなくなる。だから、逃げ出すしかない。

 体が、椅子から離れる。そのまま、足を踏み出そうとした。なのに、動けない。


「待て」


 峰の手が、千尋の手首を掴んでいた。その時初めて、彼の手は千尋の手首など簡単に掴めるくらいに大きいのだと知った。

 店員が慌てておしぼりを持ってきて、その瞬間峰の手が離れた。それでも、千尋は逃げ出せなかった。そのまま、すとん、と腰を下ろす。


「何かお前のお茶やけに熱くないか、こんなの飲めないだろ」


 そう言いながら、峰は手際よくおしぼりで顔を拭く。そんな峰に、千尋は絞りだすように「ごめんなさい」と言うことしかできなった。

 顔を拭き終わるとおしぼりをたたみ、テーブルに置く。その所作すら、てきぱきとしていて綺麗に見えた。


「ったく、ここお前の職場も入ってるだろ。誰が見てるか分からないんだし、衝動的にこんなことするのはやめろよな」


 まるで他人事のような説教だとしても、事実なせいで頷くしかできない。

 とはいえ、まだ腹の虫は治らない。


「じゃあ、何で期待を持たせるようなことばかり言うんだよ」


 漏れ出した言葉を峰が拾う前に、二人分の蕎麦が運ばれてきた。さっきの出来事のせいか、店員はそそくさと離れていく。


「とりあえず、これは食っていけ。話を聞くかは任せるから」


 湯気の向こうの峰の言葉に、ひとまず頷いた。


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