峰の家で手料理を振る舞ってから、早くも一週間が経過した。あれ以来、峰は忙しいのか連絡をしてこない。
暇さえあれば、スマートフォンで峰からのメッセージを確認してしまう。意味がないとは分かっていても、やめられなかった。
(無視……ってことはないんだよね、既読はついてるし)
できるのであれば、自分から連絡をしたい。しかし、もし自分から動いて彼の機嫌を損ねたら……と考えると、なかなか動き出せずにいた。
仕事の休憩時間ですら、ひたすらスマートフォンをチェックしてしまう。峰からの連絡が来ていないかを確認するのはもちろん、単純に彼とのやりとりを見返していた。
会えなかった間は、ひたすら卒業アルバムを見返すことしかできていなかったのに。そう考えれば、今の状況はあの時に比べれば全然ましだ。
(それに僕は、特別だから)
話を聞く限り、彼は自分の世話をする者に対してわざわざ時間を割いたりはしない。きっと、寄りついてきた者を自分の都合いい時にだけ利用しているという感覚なのだろう。
正直、峰がそういったことをしていること自体にショックが無かったわけではない。ただ、つけ込む隙を見つけた喜びの方が勝っていただけだ。つくづく、自分でも性格が悪いとは思う。
ただ、いくら幸せな時間を懐古しても寂しさが募ることには変わりない。
(いっそまた会いに行けたらいいんだけど)
特別なのであれば、それくらい許してもらえないのだろうか。もし許してもらえないのであれば、どうすれば許されるようになるのだろう。
こんな考えになると、決まって脳内に現れるのが……あの金髪の男だ。
あの男のことを問いただしたい気持ちは大いにあるが、そんなことをすればそれこそ峰の機嫌を損ねる気がする。いくら一途に思い続けてきたとはいえ、彼の地雷は未だに把握しきっていない。もし探るとすれば、そこからになる。何だか遠い道のりに感じて、思わずため息が出た。
店舗に戻ると、数名の客が入っていた。慌ててタイムカードを切り、仕事道具の入ったポーチを腰に巻く。
シフト上現在は自分と店長しか店頭に立っていない。店長の方を見ると、彼は団体客を一人で回しているようだった。千尋に気づくと、目線である一人の男性客を示してくる。頷き、男性客の方へ向かった。
「何かお探しでしたら……」
そこまで喉から出て、止まった。相手もまた、こちらを見る。
綺麗な金髪だった。千尋の銀髪と対を成すかのような色味で、しかもそれがあまりに似合う。しかし、問題はそこではない。
彼は千尋の胸元の名札を見て「みーつけた」と笑った。
「初めまして、新入りくん。つーかマジで髪銀色じゃん、すげぇ。俺も次それしよっかな」
ずいぶん軽薄な雰囲気で話しかけられてきて、面食らう。それでも必死に、震えを隠した。
「あなたは……」
千尋の震えた声の呟きに、彼は首を傾げた。
「あれ、俺のこと知ってんの?」
それを聴き、頭にカッと血が上る。それでも、ここは店頭だ。表に出してはいけないことくらい分かっている。
「……先生の、お知り合い、ですよね」
棘まみれの言葉を渡してやれば、彼は一瞬きょとんとする。しかし、本当に一瞬だけだった。しかしすぐにけたけた笑いだす。
「あーそうそう、お知り合いお知り合い。田中椿っていいます、よろしくね」
「……金森千尋です」
まさか、ここで会うとは。正直顔を合わせることはないと思っていたし、合わせたくもなかった。
ずっと自分は、この男に対して悶々としていたのに。それでもこの男は、そもそも千尋のことを覚えてすらいなかったのか。いや、一瞬姿を見ただけなのでこの男が認識していないのはさしておかしくもないかもしれないが。それでも、無性に腹が立った。
「あの、何しに来たんですか」
どう足掻いても、刺々しい響きになる。幸い、店長は自身の接客で忙しいのかこちらを気にしている様子はなかった。
千尋の顔色を見てまるでほくそ笑むようにして、椿は手首を顔元にやった。
「これね、磨いてもらおうと思って。ここで買ったって聞いたし、やってくれるんでしょ?」
手首に輝いていたのは、忘れもしない。あの日峰が千尋へのピアスとともに購入した、あのブレスレットだった。それを見て、泣きそうになる。
「お預かりいたします」
「ありがと、いくら?」
「シルバークリーニングは無料です」
何とか冷静に口にすると、椿はにやりと笑って手首からブレスレットを外した。そして、千尋の手のひらに置く。その手は、ぞっとするほど冷たかった。
「このブレスレット、可愛いよね。このブランド、名前しか聞いたことなかったけどこういうのもあるんだなって思ってちょっと好きになっちゃった」
「……ありがとうございます」
「じゃ、俺その辺見てるからよろしくね」
そう言って、椿は千尋から目線を外した。そして彼をいないものとでもするように、商品を眺め出す。
(何なんだ、この人……)
綺麗な顔立ちだとは思う。 それに愛想よく、笑顔も爽やかだ。しかしなぜか、底知れない胸騒ぎがする。これは、千尋にとっての印象のせいだけではない……明らかに、あちら側から発されている圧だ。それは千尋を見ていない今でも、ひしひしと感じる。被害妄想、の一言では片付けられない。
一方通行とはいえ見ていられなくて、まるで逃げるように千尋は椿に背を向けたのだった。