キリアン様のいう通り料理は絶品だった。
屋敷での最近の料理もとても美味しいけれど、それとは違う美味しさがある。
私は夢中になって、さっき話していた女神様のことは完全に忘れてしまっていた。
ゆっくりとサーブされる料理はどれも美しく盛り付けられており、そして食べやすかった。
マナーは少しずつ覚えているけれど、食べにくいものを外してもらったのかもしれないと思った。
伯爵家でキリアン様のために出された、恐らく彼の好物らしきものも含まれていなかったし。
それをスマートに聞き出す方法は分からないけれど、多分そういう事なのだろうと思った。
食事は食後に出されたりんごのコンポートまですべて美味しかった。
このレストランは湧き水がわいていて、それで冷やしているらしく、冷たくてそれが美味しさを引き立てているみたいだった。
食事を終えた時、キリアン様は「ここは両親が二人でよく来ていた店だから、あなたと来れてよかった」と言った。
契約妻にいう言葉ではないと思い聞き返そうと思ったけれど、彼は普通に次の店行こうとしていた。
そのため、彼が何故そんなことを言ったのかは聞けなかった。
それから、二人で彼が使っている万年筆のお店に行った。
並んでる万年筆は重厚感があり、仕事をしている彼に似合いそうだと思った。
キリアン様は私に初めての人向けの万年筆を買ってくれた。
真紅の色が美しい万年筆だった。
「それで、色々思い出を綴るといいよ」
言われて、これからの短い日々を記録に遺すのもいいのかもしれないと思った。
勿論誰にも読ませるつもりは無いので棺に入れてもらう様にお願いするつもりだ。
キリアン様はインクをいくつか選んでいた。
棚に並べられたインクを見てこれほど色々な種類があるのかと思った。
黒のインクだけでも何種類もあった。
どの分野にもこだわる人はいるのだ。
そう思いながら棚を見た。
赤い万年筆は多分私の宝物になる。
そんな気がした。
最後にキリアン様は私を大きな服飾用の資材屋さんに連れて行ってくださった。
本当は業者向けらしいけれど、領主なので特別という事らしい。
私は大量に積まれた布をみて思わず、「わあー」と声をあげた。
布以外にも皮やそれから、アクセサリーの材料にするのだろう。ガラスもあった。
「うちは服飾用と言いつつ何でもやだからね」
そう店のおかみさんは言った。
私はいくつもの布を確認してキリアン様の元にいるDOLLに似合いそうな服の材料をあれこれ選んだ。
靴も作りたいし、できればアクセサリーも。
キリアン様に、「それは何に使う予定だ?」と聞かれ、「靴です」とか「ヨークの部分を切り替えようと思って」等考えていることを次々に話した。
「もう、人形は作らないのか?」
キリアン様が聞いた。
「それはDOLLを作るようにという命令でしょうか?」
DOLLは多分とても役に立つ。
だから――
そこまで考えたところで「そうじゃない。精霊術を使うのが問題なのだろう」と言われた。
「それであれば、動かない普通の人形を作ればいいのでは?」
キリアン様は言った。
「そんなに人形が好きなら、人形を作ればいい」
私には考えてもいない事だった。
「人形本体に必要な材料は?」
「本体用の粘土と革ひも、それから瞳用のガラス、髪の毛はやったことが無いですが、多分モヘア……、ああ、でも窯が無いので」
一つ一つ作業を思い出しながら言った。
DOLLは髪の毛が勝手に生えるけれど、人形は違う。羊毛を利用したり、よっていない絹糸を使うと聞いたことがあった。
けれど、ビスクドールを焼くための火力も、ガラスを溶かすための火力も無い。
実家ではそれだけは必要な道具として、母親だった人が火の魔石と呼ばれる大きな火が出る石を用意してくれていた。
「窯? ああ。陶芸と似た作り方をするんだったか人形は」
キリアン様が言った。
店の女将が、「ビスクドールですか? そうですねえ。型に流し込んでそうやって作りますねえ。奥様お人形作家なんです?」と聞いた。
キリアン様は「まあそんなもんだ」と答えた。
おかみさんは「陶芸もガラス工房も領地にありますよう。だからこそ材料がここで売られてるんでさあ」と言った。
「なら、そこで焼く作業はさせてもらえばいいかもしれない」
キリアン様は私に言った。
「魔法が無くても、なんでもできるんですね」
私が感嘆でそう言うと、キリアン様はなぜか驚いた顔をした。
魔導伯家の人間が魔法が無くてもなんていうのがおかしかったのかもしれない。
ともかく、人形を作りたいかということへの答えは分からない。
私にとって人形を作ることとDOLLを作ることは不可分だったからだ。
ありあわせの材料でDOLLを作った時からその二つは別々の作業ではなかった。
だから私の好きなことが人形作りなのかは本当のところよくわからなかったけれど、材料だけでもと思い色々買いこんでしまった。
ビスクドール用の粘土もとても良質なもので思わず買いたくなってしまったのだ。
最低限の裁縫道具は嫁入り道具の鞄の中に忍ばせてあったけれど、少しだけ買いたした。
それ以外にも布だけでも何枚も何枚もそれこそ馬車できてよかったという量を買ってしまった。
屋敷にいるDOLLを何回でも着替えさせられる量だ。
それを考えてから、今まで作って来たこ達の着替えも作ってあげたいと思った。
結局、お菓子やしおりは買った時点で護衛の人たちが馬車に積んでくれていたけれど、人形用の資材は別に屋敷に届けてもらうことになった。
「本当にDOLL作りが好きだったんだな」
キリアン様は私に向かってそう言った。
私は上手く答えが言葉にできず、曖昧に笑った。