目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報

24話 幼馴染の令嬢

魔法使いではないという事は私がいなくなった後、嫁入りするわけではない人だ。


「キリアン様その方は?」


紹介していただこうと思った。

絶対に覚えておかねばならない他領の貴族の名前と見た目は覚えていたけれど、この令嬢はいなかった。

ご紹介をお願いしても失礼には当たらないだろう。



「ああ……。

彼女は、当家の騎士団長の娘のジャスミン・クランベルだ」


キリアン様は少し申し訳なさそうにそう言った。

それにかぶせる様にジャスミンと紹介された令嬢は「私とキリアン様は幼い頃からの仲ですの、ふふっ……」と言った。


いわゆる幼馴染なのだろう。

私たちは結婚式というものをしていないので、どの位の仲なのかも分からない。


分かるのはジャスミンという人がとても私を馬鹿にしているという事だけだ。


だけど――

と思う。


キリアン様と仲が良いかどうか以外で私がこの人に馬鹿にされる部分はあるんだろうかとぼんやり思う。

この人が魔法が使えたならこの人が最初からキリアン様と結婚していた筈で。


この人が、今まで私よりも美味しい物を食べていたとしても、私よりも綺麗な風呂に入り、上質な手入れをされていたとしても、たとえ私より沢山の勉強をしていたとしても。

私の実家は魔導伯家で、今は伯爵夫人だ。


王都の同じ様な立場の人たちの中でダンスを馬鹿にされることはあっても、そうでなければ貴族として上の物に対してそんな馬鹿にする態度を取っていいものではない。

勉強をきちんとしていればその位の事分かる筈だから、少なくとも私より沢山の勉強はしていないのかもしれない。



でもきっとダンスは私より上手なのだろう。

それを私になのか、今日の参加者なのかに見せつけたいようだ。


『性格わるすぎー』


精霊がそう言った。

笑いそうになってしまったけれどこらえる。


けれど、態々私の不出来を嘲笑う様にダンスはしないでほしいと思った。


「DOLLは大丈夫だったか?」


キリアン様は私に聞いた。

私はDOLLをキリアン様に渡して無事であることを見せようとした。


「アホですか? あなた」


一瞬ここにいた三人とも誰が言ったのか、何を言ったのか分からなかった。


けれど、すぐに私とキリアン様はそれがDOLLの口から出た言葉だという事に気が付いた。

このDOLLが人の言葉を使えることは正直あまり知られたくなかった。


キリアン様も同じ考えだったのだろう。

DOLLはお人形の様に静かにしていたのだ、今までは。

キリアン様が招待客と挨拶をしている最中もずっと、たまに小首をかしげる仕草をして、「おお、かわいらしい」と言われる以外動いても話してもいなかった。


それにはキリアン様も慌てていた。

とても小さな声で「今日は喋らない約束だっただろう」と言った。


やはりそういう約束を事前にしていたのだ。


「あなた達が馬鹿みたいなことをしない限り、私はお人形のフリをしていてあげるって言ったのよ」


DOLLは同じく小声でキリアン様に言った。

ただし、それはキリアン様を馬鹿にする口調だった。


私は慌ててDOLLをやめさせようとする。

いつもこの調子で話していたのだろうか。


私は実際の事故の現場にいけたわけじゃないし、その辺がよくわかっていない。

けれど、さすがに失礼な態度だと思った。


ジャスミン令嬢は固まっている。


キリアン様は止めようとする私を制して「私のどこがアホだったって?」と聞いた。


「単なる物である私の心配を口にして、奥方が跪いたのに何も言わない事がアホと言わず、何がアホなんでしょう?」


DOLLが口角をあげ、はかなげな笑みを浮かべた。

ただ、言っていることははかなげな表情とは何も関係が無い。


キリアン様は、ぐっと小さな声でうなった後「すまなかった」と私に言った。


「ちょっと、なんですのこれは!?」


キリアン様にDOLLを返すとジャスミンは怒ったように言った。

というか多分怒っているのだろう。


「すまないね、ジャスミン嬢。今日はDOLLのお披露目があるから、私はもう踊らない予定なんだ」


キリアン様はジャスミン令嬢に向かってそう言った。


「腕がふさがっているなら、私が食事を食べさせてあげますわ」


さもいい考えの様にジャスミン令嬢は言った。

誰かが止めるのだろうと思ったけれど、誰も止めない。


私も契約妻だ。キリアン様がどう行動するのかに意見をする立場にはない。


DOLLも今度はまたお人形のように静かにキリアン様の手に収まっているだけになってしまった。


ジャスミン令嬢は立食形式のちょっとした食べ物を皿にのせ、キリアン様に自ら食べさせようとしている。


私は周りを見渡す。

ずっとこうだったのだろう。

慣れているというか、ほのぼのと二人を見守っている感じ。


「私は妻帯者なので、そういうことはやめてほしい」


キリアン様がジャスミン令嬢にそうはっきりと言った。


私はほんの少しほっとしてしまった。

それがキリアン様が妻帯者だと言ってくれたからなのか。

ジャスミン令嬢とそれほどの仲ではなかったのかもしれないと思ったからなのか分からなかった。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?