キリアン様の復興に向けての挨拶が終わり場内は割れんばかりの拍手がなった。
キリアン様は「今日は楽しんでいって欲しい」そう言ったのに合わせ、給仕たちがワインを中心とした飲み物のグラスを配りはじめ、音楽が奏でられる。
「ニコル」
名前を呼ばれる。
そっとキリアン様に手を差し出され、そこに手を乗せる。
お互い手袋をしているので伝わるのはほのかなぬくもりだけだ。
お願いしてある楽団には最初私がステップを踏める曲を演奏するようにお願いしている。
少しゆっくりとしたテンポの懐かしい曲らしい。
ファーストダンスをキリアン様と踊る。
生まれて初めてパーティで踊る曲でもある。
練習用のドレスよりももっとふわふわとしていて、下は見ても無駄なのは分かっていた。
だからキリアン様を見る。
ふわり、とキリアン様が微笑む。
大丈夫だからという様に。
少しそれで緊張が和らいだ気がした。
同じステップを繰り返すだけのダンスだ。
けれどホールに入って来る光がドレスのビーズに反射してキラキラと輝いている。
それにキリアン様の金髪が淡く輝いている。
楽団の音は楽しむほど耳には残念ながら入ってこない。
ただ目の前の人をみて踊り切る。
一曲目が終わったところでダンスを終わる。
スカートをつまみ礼をして端に出る。
すぐにキリアン様の従者がDOLLを連れて私たちの元に来る。
DOLLは静かにキリアン様の腕に乗った。
するとその場にいた人達が目の色を替えるのが雰囲気で分かった。
最初に私たちの元に来たのは恰幅の良い貴族だった。
キリアン様に一礼すると「それが貴領を救ったというDOLLですか?」と聞いた。
「はい。本日お披露目をしようと思いまして持参いたしました」
キリアン様は貴族の顔をしてそう言った。
その貴族は私には目もくれずしげしげとDOLLを見ていた。
DOLLはその貴族に視線も合わせないでただ静かにたたずんでいた。
「これは見事な……!!
芸術品としても素晴らしい出来ではないですか!!」
そう言われて、そういうものなのかと思った。
「このDOLLの活躍で事故の初動が上手くいったのですが、こういった場にもふさわしい逸品だと私も思います」
「いやはや、うらやましいものですな」
その言葉を聞いて、私のことを強く見つめる視線がいくつもあることに気が付く。
実際近くにいた精霊が『なんかあのおっさんたち超見てくるんですけどー』と言っている。
多分私がこのDOLLを作ったことをきちんと理解している人たち。
それで、私がこれを作って地位を作ることが気に食わないか、逆にもっと作らせようとしている人たちだと気が付く。
どちらにせよ、私にはあまり、いい人達じゃないのかもしれない。
それに地位なんて築き上げられる筈が無いのだ。
私に遺された時間は短い。
そうして何人かとキリアン様があいさつをするのを横に立ってニコニコと聞く。
それが夫人として大切なことだと知っている。
本当は必要なタイミングで私も話をする方がより良いのだけれど、今の私には難しいだろうとのことで基本どうしてもというとき以外はこうしてニコニコしている。
それに誰も私には話しかけてこない。
名実ともに、お飾りの妻という感じがする。
ダンスの時の高揚していた気持ちが少しずつしぼんでいくようだった。
そんな時だった。
「キリアン様~!!!!」
甲高い声が響く。
貴族の作法として正しくないだろう行為なのに、周りの目はやれやれという穏やかなものだ。
その声の主、若い貴族の女性は私にも目もくれずキリアン様に抱きつく様にその胸に飛び込む。
キリアン様はドールを持っていてそれが見えている筈なのに。
キリアン様は思わずドールを取り落とす。
本来は大丈夫なはずだ。
DOLLはこの位の高さであればそのまま綺麗に飛び降りるように着地できる。
けれどその時そのことは全く頭になく私は思わずDOLLに手を差し出す。
DOLLは無事私が受け止めることができた。
けれど、跪く様な体勢になってしまった。
私を見下ろしてキリアン様に抱き着いた貴族令嬢は、「あらぁ」と嘲笑するような声で言った。
キリアン様はその令嬢を引き離すと私に手を伸ばそうとする。
それを止める様に令嬢はキリアン様の袖を引いて興味をひこうとする。
そして、令嬢は私を無視して話を始める。
「キリアン様、お久しぶりですわ」
赤を基調としたドレスはその令嬢の華やかさを引き立ててとても似合っていると場違いなことを私は考える。
私を無視して令嬢はキリアン様に話しかける。
まるで私がいないみたいに。
私は屋敷の使用人でもあった、給仕の手を借りてよろよろと起き上がる。
「ねえ、キリアン様私とも勿論踊ってくださるわよね。
あんな下手くそな踊りじゃなくてもっと楽しめるダンスをしましょうよ」
令嬢はチラリと私をみて嘲笑う様な笑みをうかべた。
どうやらこの方はキリアン様の知り合いで、私の事が気に入らないみたいだった。
けれど、私が契約妻だとは教えられていないし、多分魔法も使えないひと。