カサンドラ騎士団から解放されたダミアンは気が楽だった。
辺境までの道のりは数日かかる。
途中で休憩に停まる町の市の露店で買い食いをして、自由に過ごしていた。
「お兄さん、ものすごく美味しそうに食べるね。もう一本どうだい? 安くしとくよ」
「もらうもらう!」
羊肉の串焼きを食べていると、露店の主人から声がかかる。今日は露店で夕食にするつもりだったし、串焼き一本では足りないのでもう一本を安く売ってくれるというのは嬉しい申し出だった。
「お兄さんが食べてると、美味しそうだから客が寄ってきてくれるんだ。ほら、おまけしとくよ」
「ありがとう」
食べ終わった串を捨てて二本目の串焼きを受け取り、負けてもらった上に肉が一つ多いそれをもぐもぐと食べる。
カサンドラ騎士団は王家の覚えめでたい花形騎士団だったので、王都でこんなことはできなかった。非番の日でも鍛錬をして、宿舎の上品な食事を口にしていた。
「喉乾いてくるな。一杯飲んじゃおうかな」
「それなら向かいの店がお勧めだよ」
「行ってくる」
露店の主人に教えられて向かった先は果実水の店。酒はトラブルのもとだし、町中で飲まれると酔っぱらいが増えて困るので露店では売っていない。果実水を頼むと、素焼きの壺から汲んで渡してくれる。
素焼きの壺は常に表面から少しずつ水分が蒸発しているので、中身が冷たくなるのだ。
「これは美味いな。串焼きも果実水も最高だ」
「お兄さん、いい飲みっぷりだね。もう一杯どうだい?」
「もらおう」
果実水の露店でもおまけしてもらって、ダミアンはホクホクしながら馬車に戻った。
客の中で金があるものは町に宿を取ってそこで休む。馬車の経営者とも提携して、宿を格安で手配してくれる馬車もある。この馬車はそうではなかったので、ダミアンは馬車で眠ることにした。
金のない客は馬車で休んでいる。
騎士団の遠征では立ったまま休むこともあったし、座って休めるだけまだましだと思って目を閉じる。よく眠れなくても、明日の昼間に馬車が走っている間に眠ればいいだけだ。
ぐっすり眠って起きると馬車が動き出す時間だった。
次の町に向けて馬車が走る。
朝食は食べないことにして、昼食は前の町で買った保存のきく干し肉や堅パンを食べる。
馬も休ませなければ走れないので、街道の途中で休憩に入ったところで、外が騒がしくなった。
「野盗だ!」
「逃げろ!」
客が騒いでいる。
「動くんじゃない! 金目の物を全部出したら、逃がしてやる!」
人相の悪い汚く臭い男たちが馬車に乗り込んでくるのに、ダミアンは立ち上がった。
腰の剣をすらりと抜いて人相の悪い男たちをタックルで馬車の外に押し出し、外で戦闘に巻き込む。
踊るように滑らかに剣を動かし、男たちの持っている刃物を落とさせて、動けないように足も傷付けると、御者が感嘆の声を上げた。
「さすが、元騎士様。強いんですね」
「これくらいはな」
全員倒れているのを確認して警備兵に引き渡すと、剣の血を拭って馬車に乗り込む。
「お兄さん、騎士だったの?」
「もう辞めたけどな」
「辺境でも騎士になる予定?」
「いや、おれはジャガイモを育てる」
「騎士様がジャガイモを?」
助かったと分かって緊張が解れた乗客に話しかけられて、ダミアンは自分の夢を語る。
辺境でジャガイモを育てつつ、森で獣を捕らえて、肉と皮を手に入れて、肉は食べて、皮は売って、暮らしていく。
騎士のように華やかな暮らしはできないだろうが、もうヒステリックゴブリン令嬢にもナルシストオーク令息にも会うことはない平和な生活ができる。
「ヒステリックゴブリン令嬢? ナルシストオーク令息? なんだそれ?」
「おれに美形の騎士との橋渡しを頼んできて、断ったら奇声を上げて威嚇してくる香水の臭い貴族の令嬢と、発情したオークのように荒い息で臭い体臭をまき散らしながらおれに美形騎士への手紙を押し付けてくる三国一自分が美しいと勘違いしている令息のことだ」
「ぶっ! お兄さん、その言い方!」
「なにそれ! お兄さん、不敬じゃない?」
笑い出した乗客たちに、ヒステリックゴブリン令嬢とナルシストオーク令息がどれだけ酷いか語って聞かせていると、乗客はすっかりと笑いの渦に巻き込まれていた。
「いやー、お兄さんのネーミングセンス好きだわー!」
「騎士様ってこんなにとっつきやすいのね」
好感を持たれたようなのでダミアンは腕を曲げて、力こぶを作ってみせる。
「この馬車はおれが守ってやるから、ここから先も安心してくれ!」
「かっこいい! 騎士様!」
「騎士様、ありがとう」
その後、馬車で休憩を取るとお菓子を分けてもらえたり、ドライフルーツをもらったりして、ダミアンは平穏で楽しい旅を送れた。
辺境に着くと、数日の間だったが仲良くしていた乗客たちが、ダミアンに挨拶をしていく。
「わたしはパイのお店で働く予定なの。気が向いたら来てよね」
「おれは、宿に就職予定なんだ。一階は食堂になってるから、お兄さんが来たらおまけしてやるよ」
「ありがとう。気をつけてな」
「お兄さんもね!」
「また会おう!」
知らないひととも仲良くなれるのはダミアンの特徴の一つでもある。遠征でどんな町、どんな村に行っても、ダミアンはそこの人々と仲良くなれた。
辺境に行ってダミアンが一番にしたことは、住処を決めることだった。
辺境の中でも森に近く、畑がある場所がいい。
土地や家の売買を行っている店に向かうと、ダミアンは店員に条件を伝えた。
「今すぐに移り住める家を探している。森に近くて、畑があるところがいい」
「これから冬になりますよ。冬支度で獣が出没します。森に近い場所は危険かもしれません」
季節は秋。
ジャガイモの種付けをするにはもう遅い時期になっている。
森の獣たちが冬支度で出てくるというのならば、それを狩ってしばらくの収入とするのも悪くないかもしれない。
「森の獣は狩るから大丈夫だ。そういう条件の場所があるのか?」
「今からお時間は大丈夫ですか? 少しここから遠い場所にありますが」
「何もすることはないから時間は平気だよ」
店員は馬車を用意してくれて、簡素な馬車で辺境の外れまで連れて行ってくれた。
連れて来られたのは一軒の小屋だった。
風呂がないのは難点だが、手洗いもあるし、近くの川から水も引かれている。
「元は猟師が住んでいた小屋です。高齢になって町に住むということで最近売りに出されました」
新しい小屋ではなかったが、ベッドもあるし、家具も揃っているのでダミアンは文句はなかった。
「ここにしよう」
「それでは契約を結びますので、一度町に戻りましょう」
「町で買いたいものもあるから助かるよ」
馬車で町に戻ったダミアンは、店員と契約を結び、小屋の代金を払って、もう一度町に出た。あの距離だと移動に馬も必要だろう。これから冬になるので食糧も買い込んでいかなければいけない。
最初に馬を手に入れようと町はずれの牧場に行けば、若い牝馬が数匹育てられていた。
「馬を一頭ほしいんだが」
「一頭でいいのかい? 馬車は一頭じゃ引けないよ?」
「馬に乗れるから一頭で十分だ。おれが乗って、荷物も乗せても平気そうな丈夫な馬をお願いするよ」
騎士団で支給されるような脚の細い美しい馬ではなかったが、足が太くて丈夫そうな若い馬を牧場主は紹介してくれた。
「性格は少し荒いが、慣れれば乗りこなせるようになるだろう」
「いい馬だな」
鬣を撫でると馬が顔をダミアンの体にこすりつけてくる。
鞍など乗馬のための一式も揃えて買って、ダミアンは馬を引いて町の中を歩き始めた。
馬がいれば一度に運べる荷物の量も増えて効率がよくなる。
馬の世話はカサンドラ騎士団で慣れているので安心だ。
馬のための餌と自分のための食糧を買って、弓と矢も買ってダミアンは小屋に帰った。