辺境へ続く道の途中、寄った町ではダミアンの噂が流れていた。
「褐色肌に黒髪の長身の男性? うちの羊の串焼きを買ってくれたお兄さんじゃないかな? いい食べっぷりで、あまり美味しそうに食べるから、他の客が寄ってきて助かったよ」
「うちの果実水も一気に飲んじゃって。いい客寄せになってくれたからお礼に一杯おごったよ」
カサンドラ騎士団でもダミアンは愛されていたが、どの町に行ってもこんな風に愛され受け入れられているようだ。
町の警備兵にライムントは確認する。
「わたしより長身の男性はこの町で降りて移住するというようなことはなかったか?」
「馬車に乗ってまた出て行ったのを確認しております」
町への出入りは警備兵が厳重に確認している。犯罪者や野盗の仲間などが入ってこないように警戒しているのだ。
この町も違った。
次の町に馬車を走らせるライムントだが、野盗が出たという話を聞いて途中の警備兵の詰め所に足を伸ばした。
警備兵の詰め所にライムントが入ると、警備兵たちが敬礼で迎えてくれる。
ライムントの格好は赤に黒と金を添えたカサンドラ騎士団の騎士の制服で、腰には見栄えもよく使い勝手もいい剣を下げている。
「カサンドラ騎士団のライムント・ベルツだ。カサンドラ殿下の命により、カサンドラ騎士団を辞めた騎士の行方を追っている。何か情報はないか?」
警備兵に問いかけると、上官らしき警備兵が敬礼を崩して答えてくれる。
「数日前に野盗の一味が出現しましたが、辺境行きの馬車に乗っていた長身の男性が全員捕らえてこちらに渡してきました」
「その男性の容貌を覚えているか?」
「黒髪に褐色の肌で服も地味でしたが、金色の目をしていたように思います」
顔立ちが地味で、服装も私服は非常に地味だったので目立たないが、ダミアンは日にあたると金色に光る目をしている。その金色の目をライムントはとても美しいと思っていたが、他の相手にとってはダミアンは平凡な顔にしか映らないようだ。
「その男性に対してどう対応した?」
「野盗討伐の懸賞金を渡して、馬車まで送って行きました。馬車で辺境に行くと言っていました」
やはりダミアンは辺境に向かっている。
確信を得てライムントは馬車を速めた。
馬を休ませる必要があるし、夜道は危ないので町で宿を取って休んだが、最短距離で辺境まで行くと、乗合馬車の停留所に足を向ける。
寄り合い馬車の停留所では辺境に今日来た馬車が馬を休ませて、馬車を掃除していた。
「カサンドラ騎士団のライムント・ベルツという。この馬車に元騎士の黒髪に褐色肌、金色の目のわたしより長身の男が乗っていなかったか?」
ライムントもこの国の中では長身な方ではあるが、ダミアンはそれよりも更に長身だった。人々の中にあって頭一つ抜ける長身のダミアンは非常に目立つ。
「元騎士の方なら乗せましたよ。ここで降りて、住居を探すと言っていました」
「どれくらい前だ?」
「馬車が着いたのが午前中でしたね」
今は夕方になりかけているので、行動力のあるダミアンはもう住居を決めているかもしれない。
礼を言って馬車の停留所を離れると、乗ってきた馬車を警備兵の詰め所に預けて、馬の手入れもしてくれるように頼んで、ライムントはダミアンを探し始めた。
ダミアンがいなくなる前日、ダミアンは申し訳なさそうにライムントの部屋に来て、貴族の令嬢から渡された香水臭い手紙をライムントに届けた。
あのとき、近付いていた秋の御前試合の話をしたが、ダミアンはあまりいい返事をしなかった。
もうそのときから様子がおかしかったのだと気付かねばならなかった。
騎士学校からずっとダミアンのそばにいたのに、ダミアンの異変に気付けなかったことをライムントは後悔していた。
とぼとぼと町の中を歩いていると、馬を引いた長身の男性の姿が見える。
「お兄さん、これだけ荷物を乗せて、お兄さんも馬に乗ったら、馬が潰れちゃうよ」
「そうだな。買いすぎたかもしれない」
店の店員に笑われている男性は、ダミアンに違いなかった。
カサンドラ騎士団の騎士たちは貴族が多く、きらきらしい服を着て美容にも気を付けているので、美しいものが多い。そんな中、ダミアンは平民と変わらない服を着て、飾らないところが素敵だとライムントはいつも思っていた。
「ダミアン!」
「ライムント!? なんでここに?」
驚いている様子のダミアンに抱き着きそうになって、ライムントはぐっと我慢する。まだ気持ちも伝えていないのだ。抱き着くのはよくない。
辺境伯の甥ではあるが、ライムントの地位は子爵だった。生家の爵位は侯爵であるが、ライムントは騎士として手柄を立てて、子爵位を手に入れていた。
「急にカサンドラ騎士団を辞めて、みんな心配していますよ。カサンドラ殿下から、あなたを連れ戻すように言われています」
「残念だけど、おれは戻る気はないんだ。もうここに住処も買ってしまった」
王女殿下にこれだけ心を傾けられているということがどういうことか分からないはずはないのに、ダミアンはあっさりとそれを断ってしまう。
ダミアンでなければ、あんな風に急に辞めてしまった団員を追いかけさせるなど、カサンドラもしなかっただろう。
それだけダミアンはカサンドラ騎士団の全員に愛されていた。
「戻る気がないのならば、定期的に王都に顔を出して、手紙でも近況を知らせるように言われています」
「王都に顔を出す? 手紙で近況を知らせる? なんでおれが?」
「カサンドラ騎士団の一員として、あなたが大事な仲間だったからですよ」
ライムントが言えば、両手いっぱいに荷物を持ったダミアンが「そうか」と言って嬉しそうに笑う。
馬には薪が積んであるし、ダミアンの両手には食糧の入った袋が大量に持たれていた。
「ライムント、すぐに帰らないといけないのか?」
「いえ、そんなことはないです。あなたを説得する時間も必要だとカサンドラ殿下には許可を得ています」
「おれの新居の一人目の客にならないか? まだ足りないものもあるけど、少しはもてなせると思うよ」
簡単にダミアンはこんなことを言ってくる。
新居の一人目の客など、なりたいに決まっている。
ライムントは常にダミアンの特別になりたいし、ダミアンを特別に思っているのだから。
「それではお邪魔しましょうか」
「助かるよ。もう少し買い物をしたかったから、荷物持ちが欲しかった」
「わたしはあなたの荷物持ちですか。いいですけどね」
「いやー、ありがたいよ、ライムント」
ひとを頼るのに躊躇のないところも、ダミアンの好かれる点である。
そのまま町を巡って調理用具や調味料なども揃えていくと、ライムントも持ちきれない寮になる。
これ以上買ったら間違いなく持ちきれないし、辺境の外れに買った小屋まで行くのも大変になる。
ライムントは提案することにした。
「馬車を借りてきています。荷物は馬車でわたしが運んで、ダミアンは馬で並走してください」
「それならまだ買えるな! 今日の寝具をどうしようかと思ってたんだよ」
「本当に遠慮がないですね、あなたは」
「ライムントならいいと思って」
頼ってくれるのは嬉しかったし、ライムントはダミアンに心行くまで買い物をさせて、警備兵の詰め所から馬車を取ってきて荷物を馬車に積んだ。御者台に座って馬車を操るライムントに、ダミアンが馬に乗って並走する。
連れて来られたダミアンの小屋は狭かったが、居心地がよさそうだった。
家畜を飼っていた痕跡のある厩舎にダミアンの馬を入れ、ライムントの馬車を引いてきた馬は厩舎の外に繋いで、水と餌を与える。
小屋に入れてもらって、ライムントは木で作られた簡素なベンチに座らされた。
「簡単だが夕食をご馳走するよ。お茶も入れてやる」
「ダミアンのお茶は美味しいですからね」
「茶葉を王都から買って来ればよかった。こっちのお茶が美味しいかは保証できないぞ」
そんなことを言いながらダミアンがお茶を入れて、暖炉に火を入れて温めたチーズをパンの上に乗せて出してくれた。
蕩けたチーズが噛むと長く伸びる。チーズは素朴な味だが悪くはなかった。
ベンチに二人並んで座ってチーズパンを食べて、お茶を飲んでいると、ライムントは部屋の奥の衝立の向こうが気になる。
そこにはベッドがあるはずだ。
ダミアンは今日泊って行けと言うのだろうか。
泊まるとすれば、ライムントとダミアンはどのようにして眠るのだろうか。
一緒になんて言われたら理性が崩壊しそうな気がする。
ライムントの美しい顔の裏で、下心が生まれているのにダミアンは気付いていない様子だった。