宿を取っていないと言えば、ダミアンは小屋に泊めてくれるという。
見たところ手洗いはあるが、風呂はないようなので、ダミアンの湯上りを拝めるようなラッキーはないだろう。それでも泊まるということにライムントは期待をしていた。
夜中にダミアンと秘密の話をできるかもしれない。いい雰囲気になって告白できるかもしれない。
いや、告白はやはりライムントがダミアンに少しでも敵うようになってからの方がいいだろうか。
浮かれるライムントに、ダミアンはベッドを譲るという。
ライムントが貴族だからでも騎士だからでもなく、単純に友人だからベッドを譲ってくれようとするダミアン。カサンドラ騎士団の遠征で野宿も何度もしたし、騎士服のマントに包まって眠るようなこともよくあったのだが、ダミアンはライムントにベッドを譲った。
「それなら、ダミアンが毛布を使ってください。わたしはマントがあります」
「まぁ、それならいいか」
買ったばかりの毛布はダミアンに使ってほしい。ライムントの願いは叶えられた。
ソファもない簡素な木のベンチがあるだけの小屋なので、ダミアンは毛布にくるまって床で寝る。衝立の向こうのベッドはライムントの体格ですら狭かったので、ダミアンには更に狭いだろう。それでも平民育ちのダミアンは気にしないのかもしれない。
蠟燭の明かりの中、ダミアンが剣の手入れをしている。騎士学校に入る前から持って来ている剣を、ダミアンはとても大切にしていて、毎日手入れを欠かさないようだった。
真剣な金色の目を見つめて、ライムントは衝立の向こうでベッドに横になる。
「お休みなさい」
「あぁ、お休み」
一応挨拶をしたものの、ダミアンと話ができるのではないかと胸をときめかせていたライムントだが、すぐにダミアンが寝息を立て始めたのでがっかりしつつマントにくるまって目を閉じた。
今はまだダミアンの匂いのしないベッドだが、これからダミアンが使うにつれてダミアンの匂いがするようになってくるのだろう。ダミアンよりもベッドを先に使うことによって、自分の匂いでマーキングできたような気持になって、ライムントは満足だった。
朝になると、ダミアンの起き出す気配でライムントも目を覚ました。
台所でダミアンが唸っている。
「石鹸を買うのを忘れた! 悪い、ライムント、水だけで顔を洗ってくれ」
「気にしませんよ。野宿のときはもっとひどかったですし」
野宿したときには水は貴重だったので顔を洗うこともできなかったことがあった。貴族だらけのカサンドラ騎士団だが、任務のときには貴族も平民もない。同じ扱いで王女のカサンドラですら自分のことは全て自分でしていた。
カサンドラは女性で王女なので天幕くらいはあったが、それ以外のカサンドラ騎士団の団員は外でごろ寝のときも少なくなかった。
顔を洗って口をゆすぐと、ダミアンも顔を洗って口をゆすいでいる。
「朝食も簡単なものになるけど」
「わたしも作るのを手伝いますよ」
「それなら、ベーコンを切ってくれるか?」
塊のベーコンを切って、暖炉の火にフライパンをかざしてダミアンがベーコンエッグを作っている。皿を使うのが面倒だったのだろう。ベーコンエッグはそのままパンの上に乗せられた。
ベーコンエッグを乗せたパンと昨日も入れてくれた濃い目の紅茶。
とろとろの目玉焼きの黄身が垂れないように、ライムントはベーコンエッグを先に吸い込むようにして食べて、残ったパンを紅茶と一緒に食べた。
朝食を終えると、ダミアンは馬で、ライムントは馬車で町まで戻る。
そのままライムントは王都までの道のりを戻ろうと思ったのだが、ダミアンの一言に動きを止めた。
「大衆浴場がある! 風呂に入って行こうかな」
「え? ダミアン、風呂に入るんですか?」
「ずっと入ってなかったし、いい加減臭くて」
石鹸を買うついでに大衆浴場を見つけて入ろうとするダミアンに、ライムントは目を輝かせる。
なにそれ。
ラッキー!
スケベ心満載なのを爽やかな笑顔で隠しつつライムントはダミアンに告げた。
「わたしも、昨日風呂に入っていませんし、入って行きましょうかね」
「カサンドラ騎士団の共用風呂みたいなきれいな場所じゃないぞ?」
「気にしませんよ。ダミアンも入るんでしょう?」
「おれは慣れてるからな。それじゃ、石鹸貸してやるよ」
買ったばかりの石鹸をライムントに貸してくれるというダミアンにライムントはお礼を言う。
「ありがとうございます」
神様、ありがとうございます。
ダミアンの裸が拝めます。
神に感謝を捧げるライムントだが、これまでもダミアンの裸を見たことがないわけではなかった。遠征で野宿をするときには、川で水浴びをするものもいる。ライムントはあまり肌を晒したくなかったので仲間には入らなかったが、荷物の見張りだと言い張って、無邪気に川に入るダミアンの裸を目を皿のようにして見詰めていた。
それが今回は堂々と見られる。
大衆浴場の入り口でダミアンとライムントは金を払って、タオルを借りる。湯船に入るとき以外はタオルを腰に巻き付けておくのがマナーらしい。
「タオルの幅がギリギリだな」
体の大きなダミアンはタオルを見て苦笑していた。
ロッカーは鍵がかかるようになっていて、貴重品も安全に置いておけるようだ。
スパッと潔く服を脱いだダミアンにライムントは釘付けになる。
下半身はタオルを巻いているので隠れているが、立派に鍛え上げられた胸筋に、割れた腹筋、二の腕も腕もしっかりと筋肉がついていて、首も太い。褐色の肌が眩しいほどにいやらしく感じて、気が付けば鼻から生暖かいものが垂れていた。
「ライムント!? 鼻血!?」
ダミアンがロッカーからハンカチを出してライムントの鼻を押さえてくれる。
「すみません。のぼせたかもしれません」
「まだ入ってないのに!?」
「なんというか、えーっと……」
「想像のぼせ!? 気が早いぞ、ライムント!」
「そんな想像妊娠みたいなこと言わないでください!」
恥ずかしく思いながら鼻を押さえていると、ダミアンが脱衣所の木の椅子にライムントを座らせてくれる。幸い鼻血はすぐに止まったが、ダミアンの上半身裸の状態を見るとまた出てきそうだったので、ライムントはハンカチを水洗いして絞り、手早く服を脱いで腰にタオルを巻き、ロッカーの鍵を閉めた。
「ものすごい美形が入ってきた……」
「かっこいい! 鍛え上げられた体!」
さざめく声が聞こえるが、ライムントはそれどころではなかった。
ダミアンの裸に視線が集中している気がする。それが気のせいで、みんなライムントのことを見ているだなんてライムントは気付くはずもない。
「ダミアン、入るのをやめた方がいいような……」
「ライムントには合わなかったか」
「いえ、わたしは平気なのですが、みんなが見ている気がします」
ダミアンを!
わたしの愛するダミアンを!
強調したかったが必死に我慢するライムントに、ダミアンが声を出して笑う。
「ははっ! そうだろ! ライムントはカサンドラ騎士団で一番モテてたからな」
「わたしじゃなくて……」
「大衆浴場では先に体と髪を洗うんだ。これはカサンドラ騎士団の共同浴場と同じだな」
気にせずに洗い場に向かったダミアンは、風呂の椅子に腰かけて洗面器にお湯を汲む。カサンドラ騎士団の共同浴場と違って、シャンプーもコンディショナーも石鹸も用意されていない大衆浴場に、ライムントは戸惑っていた。
「シャンプーもコンディショナーもないんですけど」
「だから石鹸が必要なんだよ」
石鹸をがしがしと泡立てて髪と体を洗うダミアンに、ライムントは驚愕してしまう。
「石鹸で髪を洗うんですか!?」
「これが普通だよ」
「ダミアンの髪が荒れてしまう!」
「おれの髪なんて臭くなければどうでもいい。ライムントのサラサラの髪がギシギシになるかもしれないな」
笑いながら豪快に湯を被って泡を流していくダミアンに、ライムントは石鹸を借りたが髪は洗わずに纏めて括って湯船に着かないようにして、体だけを石鹸で洗った。
湯船には数人の男性が浸かっているが、ダミアンが潔くタオルと取って湯船に入ると、周辺からひとが避けていく。ダミアンの下半身を凝視してしまいそうなライムントは、また鼻血を出すと困るのでタオルを取ってダミアンから少し距離を置いて湯船に入った。
「あー、極楽」
「おっさん臭いですよ、ダミアン」
「もう二十五なんだ。十分おっさんだよ」
「それなら、二十四のわたしもおっさんですね」
「ライムントはおっさんじゃないよ。そんなきらきらしたおっさんはいない」
「わたし、きらきらしてるんですか? ちょっと髪色は派手ですけど」
そんなことを話しながら湯船に浸かっていると、熱くなってきたのでライムントは先に立ち上がる。ライムントが立ち上がるとダミアンも立ち上がって、脱衣所に戻って行った。
濡れた褐色の肌がものすごく魅力的に思える。
「こういうのをラッキースケベというのでしょうか」
「ライムント、どうした? のぼせたか?」
「い、いえ、なんでもないです」
体を拭いて服を着るダミアンを凝視していたら、鼻血が出そうだったのでライムントはチラチラ見るだけで我慢して、自分も体を拭いて服を着た。