ライムントにとってはダミアンの肌を見ることができた非常にラッキーな大衆浴場だったが、今後もダミアンが通うとなると心配にもなってくる。
ダミアンの素晴らしい肉体を見て心奪われるものがいるのではないだろうか。
騎士学校時代からダミアンに抱かれたいという生徒がいたのをライムントはよく知っている。そういう生徒はライムントが近付いていい顔をして見せると、ライムントの方に心奪われるのだが、時々は絶対にダミアンを好きで堪らないという生徒もいた。
そんな生徒たちがダミアンに告白しないように、ライムントは牽制して、ダミアンのそばから引きはがしてきた。カサンドラ騎士団に入団してからも、ダミアンを思う子息令嬢はことごとくライムントが決闘を申し込み、黙らせてきたのでダミアンは自分がものすごくモテることをしらない。
何よりも、ライムントはダミアンについてずっと思っていた。
ダミアンが抱きたいというのならば仕方がないが、ライムントはできればダミアンを抱きたい。ライムントにとってダミアンは抱く方ではなく抱かれる方の認識だった。
あの褐色の肌が汗や水で濡れると艶を持って光るのが魅力的でならない。
大衆浴場では鼻血を吹いてしまったし、その後も下半身が反応しそうになるのをタオルで隠して必死に平静を装った。
王都に帰るライムントをダミアンは見送ってくれた。
このままダミアンを連れ帰りたい気持ちと、辺境に残ってダミアンと一緒に暮らしたい気持ちが複雑に胸の中で絡み合う。
カサンドラ騎士団でもダミアンは騎士たちに好かれていたが、辺境でも間違いなく周囲の人間に好かれるだろう。その中にダミアンに下心を持つ相手がいないとは限らない。
自分がギンギンに下心を持っているだけあって、ライムントはそういうことに聡かった。
大衆浴場ではライムントの方が注目されていたかもしれないが、ダミアンを見ていた相手も少なからずいたというのは間違いないと思っている。
見送りに来てくれたダミアンに秋の御前試合に来てくれるように頼むと、カサンドラにも挨拶をするつもりでダミアンは了承してくれた。
御前試合では優勝者には王女のカサンドラか王太子のエーミールから花が贈られる。その花を意中の相手に渡すのが優勝者の権利とされているが、ダミアンはずっと意中の相手などいないからその花を二位だったライムントに譲ってくれていた。
ライムントはダミアンから花を贈られた気分になって、その花は誰にも渡さず大事に部屋に飾って枯れるまで毎日水を取り替えていた。
花を捧げると言ったライムントに何気なくダミアンが、ライムントに好きな相手がいないのかと聞いてきたとき、ライムントは鼻息荒く身を乗り出してしまった。
それは、あなたです、ダミアン!
あなたを愛しています。
さすがにそうは言えなくて、「います」と「いません」のどっちか分からない微妙な返事をしてしまったライムントにダミアンは声を上げて笑っていた。
日に当たると金色に光る目を細めて笑うダミアンにライムントの心拍数が上がる。こんなに好きで、ずっとそばにいるのに、ダミアンは少しもライムントを意識してくれたことがない。
ダミアンに聞けばいないという言葉に安心するが、これから辺境でダミアンを狙ってくる相手がいないとも限らない。
できるだけ早くライムントは辺境に移住しなければいけない。
騎士学校を卒業したときに、ライムントは叔父である辺境伯のイグナーツ・ヘルマンから辺境の軍に入ってくれるように頼まれていた。それを断ったのは、栄誉あるカサンドラ騎士団の一員として選ばれたこともあったし、ダミアンも一緒にカサンドラ騎士団に入団すると分かっていたからでもあった。
ダミアンがいなくなるのであれば、もうカサンドラ騎士団には未練はない。
すぐに辞めることは難しいが、御前試合が終わった後に辞めたいと伝えれば、それほど引き留められないだろう。
ライムントの叔父のイグナーツには子どもがおらず、辺境伯家には後継者がいないのだ。イグナーツはライムントの腕を確かめて、辺境を任せられると分かったら後継者にしてくれるかもしれない。
辺境伯の後継者となったライムントがダミアンにプロポーズする。
「いやいやいや、ダミアンは辺境伯の地位に惹かれるような男じゃない」
馬車を走らせながら、最短距離で王都に帰りつつ、ライムントはぶんぶんと首を振る。
プロポーズはもっとロマンチックに。
まずは告白してお付き合いを始めるところからだ。
御前試合で優勝して花を贈るときにダミアンに告白するのはどうだろう。
ずっと好きだったのだと伝えればダミアンは絆されてくれないだろうか。
まだダミアンに勝ててはいないが、御前試合での優勝というのは少しでもダミアンにライムントの力を示せるのではないか。
真剣に考えるライムントに野盗が襲ってきたので、ついでに殲滅して近くの警備兵の詰め所に連れて行っておく。
野盗ごとき十人来ようと、二十人来ようとライムントの敵ではなかった。
思い出すのは五歳のとき。
ライムントは侯爵家の子息として兄たちと共に剣を習いに師匠のところに行った。そのときに出会ったのが褐色肌に黒髪、金色の目のダミアンだった。
ダミアンは剣の師匠の遠い親戚で、双子の弟妹が生まれたので剣の師匠のところに預けられていた。
「わたしはライムント・ベルツ。あなたは?」
「ダミアン・アーレだよ」
気軽に答えられた名前を胸に刻んでいると、ダミアンが練習用の木の剣を手に取った。
「しょうぶだ!」
飛び掛かられて、ライムントが初めて持つ木の剣で応戦しても、一つ年上のダミアンには全く敵わないし、すぐに負けてしまった。
負けても怪我をしないようにはしてくれたので泣かなかったが、そのときダミアンは言ったのだ。
「おれはつよいやつにしかきょうみないからなぁ」
その幼い言葉はライムントを雷のように貫いた。
強くならなければいけない。
一か月くらいはダミアンは剣の師匠のところにいて、毎日ライムントと手合わせをしたが、そのうちに王都にある家に戻ったという。
それ以後剣の師匠のところでダミアンに会うことはなかった。
「あのこ、げんき?」
何度かライムントは剣の師匠に聞いたことがあった。
「あー……まぁ」
師匠の返事ははっきりしたものではなかったが。
それでも、ライムントはずっとダミアンを目標にしていた。いつかまた会えると信じていた。
そのときにはこの胸の内を打ち明けよう。
十一歳のとき、辺境から出て王都の騎士学校に入学したライムントはダミアンも入学していることを聞いた。
「平民の特待生でものすごく剣技が強い奴がいるんだって」
「剣の腕では入学生の中で一番じゃないかって言われてるよ」
噂を聞きつつ、ダミアンを探し当てた入学式の会場で、ダミアンは輝く笑顔で言ったのだ。
「初めまして、おれ、ダミアン・アーレ!」
初めまして。
全然初めましてじゃない!
ライムントは五歳のときにダミアンと会っているし、そのときからダミアンのことが好きで、ずっと追いかけてきた。
それなのに初めましてと挨拶されてしまった。
ライムントは心の中で膝から崩れ落ちる。
覚えているかと聞いて、「誰それ?」なんて言われたら立ち直れない!
「わたしは、ライムント・ベルツというのですが……」
名前!
名前聞いたら思い出してくれない?
「ライムント様って呼んだ方がいい……ですか?」
「いえ、ライムントで結構です。敬語もいりません」
そう言うとダミアンが白い歯を煌めかせて微笑む。
ライムントの願いも虚しく、ダミアンはライムントを思い出してはくれなかった。
剣の師匠もはぐらかすはずだ。
ダミアンはすっかりとライムントを忘れていたのだ。
「じゃあ、よろしくな! ライムント!」
初めましてではないのに、ずっと好きだった忘れられない相手に覚えられていなかったことはライムントを酷く落ち込ませた。
その後でダミアンとは親友になれたし、寮の部屋も無理やり同室にしてもらって一緒に過ごせたのでよかったが、それでも「初めまして」の言葉はライムントの胸に突き刺さっていた。
後で聞いたら剣の師匠は言っていた。
「ダミアンが『誰、それ?』なんて言ってたのなんか言えるわけないじゃないですか……」
完全にダミアンはライムントを忘れ切っていたのだ。
やっぱり、ダミアンは強い相手でないと覚えていないのかもしれない。
強くならなければいけない。
ダミアンを倒せるくらい強くなったら告白しよう。
ライムントが初恋をこじらせてしまった瞬間だった。